「はあ、何か楽しいことってないかしら?」

と、友人が呟くのを聞いたあと、私は彼女に視線をやって。
……驚愕する。

今、人が、落ちた……。





Love you01






「ひ、人が落ちた!」

は行き成りの音に吃驚して友達の質問の答えも言わず、彼女の隣に駆け寄ると、すぐさま窓を開け外を見た。女友達は落ちる瞬間、窓際に背を向けていたので、見てないらしい。は?と彼女の素っ頓狂な声が上がる。けれどもは答えることもでぎずに、ただ周りを見渡した。ここは1階。窓の外を見下ろせば動かなくなった、それ。はそれを瞳に捉えて、嫌な予感でいっぱいになった。

「し、死んだ…?」

思わずそんな不吉な考えが頭を過ぎる。動かなくなった、その男の子。うつ伏せになっている身体からは出血の痕は見られないものの。打ち所が悪かったらそれこそ一大事。それこそ最悪の場合、死んでしまうだろう。そんな恐怖が、ふつふつと湧き上がりの頭の中を駆け巡る。サァ…と自身の頭から血の気が引いていくのには気づいた。瞬きも忘れてそれを見つめている。の顔色は真っ青だ。

、どうしたの?」

そんな彼女を案ずる声が聞こえた。その声の主はさっきまで一緒に話をしていた女友達。心配そうな友人の声がの耳に届いたが、何も言い返さなかった。いや、言い返せなかったと言ったほうが正しいか。は未だに倒れてびくともしない少年に釘付けだ。
すると、後ろとは別に上から、おーい、と云うあまりにも元気な声がの耳に届く。はその声に反応し窓から頭を出すと頭上を見上げた。そうすれば、整った顔立ちの男の子。彼は平然と見下ろしたあと―この男の子と知り合いなのだろう―男の子の名前らしき言葉を口にした。

「おーい、リーマス!」

何度か横たわる彼の名前を呼んだ後、彼は一度窓から顔を引っ込めた。そうして数秒した後に、また顔を覗かせたと思えば、箒に乗って1階まで降りてくると彼の横に見事降り立ち、箒から下りてしゃがみこむ。それからまた何度か名前を呼んで。

「死んだふりすんな、阿呆」

バシンと、彼の頭を思い切り叩いた。そりゃあもう小気味いい音を立てながら、だ。当然それを目撃したは状況に一人困惑する。パニックだらけだ。

「な、何やってるの!」

次の瞬間、は思わず叫んでしまっていた。見ず知らずの女子――に怒られて、少し吃驚している黒髪の男の子。それでもそれは一瞬の出来事で、次の瞬間にはさっきの表情…つまりは笑顔に戻った。それがなんだかの気に障った。ヘラヘラ笑ってる場合じゃないはずだ、と。一般人なら誰でも思うことだ。だって彼はたった今、二階から落ちたのだから。常人ならば笑っていられるはずがないのだ。増してやそれが自分の友達なら尚のこと。

「笑ってる場合じゃ…!」

はまだ笑っている彼に言おうとした。けれどもがその後の言葉を口に出すことは無かった。それはと彼ではない声が聞こえてきたからだ。いたた…と、小さく呟くような声。は横たわっていた男の子に目を向ける。そうすれば彼は身体を起き上がらせ後ろ頭を摩っているところだった。

「酷いよ、シリウス。本当に容赦ないんだから」
「当たり前だろ」

え?ちょ、まっ…へ…?

そして、またはパニック状態に陥る。今の光景が信じられなかったのだ。まあ、言葉を失ってしまうのも無理は無い。なぜならさっきまで横たわっていた鷹色の髪の少年が笑っているのだから。それから目の前には平然と言ってのける黒髪の少年。さっきまで横たわっていたはずの彼は、今や笑顔なのだ。それどころか普段と変わらず当たり前のように会話をしてしまっている彼には一人言葉を失う。

え、だ、突き落とされたはず、なのに…!

何度か瞳を瞬かせたは目の前で繰り広げられる話を呆然と聞いていた。しかし、すぐに我に返ると落ちたほうの少年、リーマスに声をかけた。

「…ちょ、大丈夫なの…?」

もし、打ち所が悪かったら死んでいたかもしれない。そんな不安からなのだろう。するとようやくリーマスは近くに別の人がいることに気づく。

「え、…先輩…あ、大丈夫ですよ。ちょっと腕が痛いだけで」

それからにこにこ、と言う言葉が似合いそうなほどの笑顔をに向けた。その神経にまたはぽかんとしてしまう。その所為で、名前を呼ばれたことなんかに、気にかける余裕も無く。

「じゃあ早く医務室行かなきゃ!」

言ったのと行動は同時だった。は足を窓枠にかけると、そこからジャンプして外に出た。勿論見事に着地成功。すたっと彼らの前に立つと、座っているリーマスに手を差し伸べた。ほら、と言えばリーマスはきょとんとした顔。鳩が豆鉄砲食らったときのような表情だ。隣でシリウスと呼ばれた黒髪の少年の笑っている顔がの視界に映って見えた。リーマスのほうは何を言われたのか驚くばかりでを黙って見つめるだけ。けれど、の言った言葉の理解が出来たらしい。またへらりと笑う。

「あ…良いですよ。大丈夫です」
「駄目。もし骨折でもしてたらどうするの?」

そう、例え今平気そうにしているとしても、だ。だって彼は二階から、落ちたのだ。無傷のほうがおかしい。骨折(解からないけど)で済んだのは本当に奇跡と言っても過言ではない。も譲らない。もしここで引いて、後日何かあったら目覚めが悪い。そんな事を考える。ほら、ともう一度声をかけて差し出した手をもっとリーマスのほうへ寄せた。リーマスはやっぱり呆然とその手を見つめるだけだ。リーマスは視線をと、そしての手に幾度か向けた。それからその行動を何度か繰り返し行ったあと、またヘラリ、と笑う。それから言葉を続ける。

「でも」
「行って来いよ、リーマス」

けれどもリーマスの言葉は全部出されることはなかった。リーマスの言葉を遮ったのは、あの黒髪の少年、シリウス。素っ気なさそうに返すシリウスをは一度視界に映した。すると、シリウスものほうを見る。それから少しだけ笑って。

「すんません。俺はちょっとやることがあるので…先輩、お願いできますか?」

少し申し訳なさそうに。はその言葉を聞いて、勿論。と答えた。それから、窓からずっとたちを黙って見物している友人へと顔を向けて。

「そういうことだから、ちょっと行ってくるね?」

はごめん、と友人に謝ると、彼女は行ってらっしゃい、と笑う。手を振る仕草も一緒に、だけれどそれは少しやる気がなさそうにも見え、どうでも良さそうにも見えた。ひらひら、と何度か左右に動く彼女の手を見て、は相変わらずだなあと小さく苦笑する。それからまたリーマスを見て。

「と、言うわけだから、行くよ」

半ば強制的にそう言えば、言われた本人リーマスは苦笑を浮かべて、何とか承諾した。ようやくリーマスは自身の左手をの右手に乗せる。…右手を、怪我してしまったのだろうか。そんな些細ではある仕草を不審に思う。それからは少しだけ力を入れてリーマスの手を引っ張った。

「…すみません、先輩」

それから一言に謝ると、リーマスはすっくと立ち上がった。は小さく「ん」と返すと、リーマスの手を離して歩き始める。シリウスと呼ばれた少年のほうにもう一度視線を送ると、彼はひらひらと手のひらをたち側に振っていた。その姿が彼女の目に入る。は笑顔の彼を見て少し違和感を覚えたものの、それが何かわかるはずもないので、さして気にせずリーマスと共に医務室へと向かった。




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