は少年の手を取ると、医務室へと急いだ。
Love you02
「に、しても、なんでマダム・ポンフリーはこういうときにいないのかしら」
医務室へと着いた達。けれどもそこにマダム・ポンフリーの姿はなく、医務室はもぬけの殻と化していた。それでも手当てせぬわけには行かない。適当に周りを見渡して使えそうなものを杖で呼び出す。は文句を言いながら手当てをしていると、黙っていたリーマスは口を開いた。
「すみません、先輩」
迷惑かけて。リーマスはそう続けると、しゅん、と目に見えて落ち込んだ。そんな後輩の姿を目で捉え、は慌てて弁解をする。貴方の所為じゃないわ、と。それでもリーマスは気にしているようで、でも…と言葉を続けようとするのではストップと言わんばかりに自身の手をリーマスの顔の前に突きつけた。目の前に現れたの手のひらを見て、リーマスは言葉を失くし、ただ、瞳を瞬かせるだけだ。リーマスは数度瞬きをするとの顔を見つめた。
「もう謝るのはやめましょ?」
ね、と優しくは微笑んだ。その笑顔にようやくリーマスの顔にも笑顔が浮かぶ。そうして今度は「有難うございます」と感謝の意を表した。そんなリーマスの態度を見て、模範的な優等生だなあ、なんては思う。
幸い、リーマスの怪我は軽いものだった。骨折ではなく打撲程度で済んでいたらしくもほっと安堵する。最後に包帯をぐるりを巻き終えると、ポンポン、と軽く包帯部分を叩く。終了の合図だ。
「はい、終わりっと」
ふわ、と安心させるように微笑めば、リーマスもまた穏やかに笑った。心地よい空気が流れる。何だか安心感に包まれ、はリーマスの前のベッドに腰掛けた。それから、湧き上がる不思議。そう、の名前を何故知っていたのかについて、だ。さっきまでは怪我のことがあってなんとも思っていなかったのだが、ふっと思い出したのだ。考えたら聞く。単純明快にその結論に達したは直に目の前の彼―リーマス―に質問することにした。
「ところで、どうして私の名前を知ってたの?」
ネクタイを見れば、同じグリフィンドール生と言うのは明確だ。だから知っていたとも思えるが、生憎名前を覚えられるほどは有名な生徒ではなかった。どちらかと言えば優等生よりではあるが、成績がトップクラスだとか学年一美人だとかそういうわけではない。本当に平均的でどちらかと言えば目立たないような人間だと自分自身自負しているほどだ。そんなの名前を何故、後輩(らしい)彼が知っているのか。キョトン、と首を傾げながら何気なく問いただすと、さっきまで笑顔だったリーマスの表情が一変し無表情へと変わった。
けれどもそれは一瞬の出来事で、また笑みを作る。
あ、れ?
けれども、何かが違う、と感じた。先ほどまでの温かなどこか安堵させるような笑顔ではないことをは直感で捉えた。そう、言うなれば…冷たい、笑顔だ。何かを企んでいそうな、心の中を見透かされているような冷笑にも似た笑い。ドクッ…心が大きく揺さぶられるような感覚だ。
「それは、僕が先輩のこと好きだからですよ」
「……え?」
ぎし、とベッドがスプリングする。さっきまで座っていたリーマスが立ち上がったのだ。それからの前でしゃがみこむとその瞳に彼女を映す。
「ずっと見てたんです。先輩の事。…僕、先輩の事なら結構知ってると思いますよ?」
「えっと」
「明るく天真爛漫で、ちょっと子どもっぽいけど、こうして手当てしてくれる優しい人…」
そうまで言われては、悪い気しないだろう。先ほどの笑顔に怯えていただったが、褒められているのだと解ると、ようやく強張った表情を柔らかくした。「あ、りがとう」と初めての告白にお礼を言い頬を染める。そんなを見て、クスっと笑みを溢したリーマスはまた彼女に詰め寄って、頬を撫でた。
「そして…どうしようもなく、お人好し」
にこりと笑っている筈なのに。…は思わずその言葉に呆けてしまった。めちゃくちゃよいしょされてどん底に叩き落されたような感覚だ。いや実際に叩きのめされたと言っても過言ではないだろう。言葉を失ってしまったは唖然とリーマスを見つめると、リーマスは手を彼女の頬から徐々に下げて行き、肩のほうに置くと、トン、と体を押した。
トサ、とベッドが軋む音がして、はっと気づく。呆気に取られている間にいまやの視界に映るものはリーマスの顔と背景に見えるのは真っ白な天井と同じく白いカーテンだ。
「え、ええ、え?」
「先輩ったら、僕の計画通りにいってくれるから凄く笑い堪えるの苦労したんですよ?」
「ど、どういうこと?」
「…解りませんか?……僕が落ちたのは、アレは事故じゃなくて故意的。勿論、先輩が見てるって解ってる上でやったんです。落ちる瞬間を見たら、きっと先輩のことだから心配してきてくれるだろうって。それで医務室に連れて行こうとするのは解りきってたし」
あまりにも予想通りに行き過ぎるからちょっと拍子抜けしちゃった。と悪気の無さそうに語るリーマス。そう、全ては全部嘘だったのだ。人の良いの性格を利用したものだった。そう言ったリーマスの台詞を混乱している頭でどうにか理解することに成功するとは言い知れぬ怒りを覚えた。
「だま、したの?」
「聞こえは悪いけど…そうですね」
しれっといいのけるリーマスに、思わずは泣きそうになった。だって自分は本気で心配したのだ。誰だって心配するに決まっている。それが人ってものだ!はそう思っていたのだ。それなのに、それを利用されたとあっては溜まったもんじゃない。思わず泣きそうになるのを堪えては振り絞るような声で言葉を紡いだ。
「…どい、酷いよ!」
掠れた声でそれでも反論を示すと、は拳を振り上げた。けれどものそういった行動さえリーマスの予想の範疇だったのだろう。振り下ろした掌は呆気なくリーマスの手につかまれてしまい、反撃のチャンスは無となった。それが悔しくては思い切り相手を睨むけれども、怖がってないと言うのは明白だ。騙されて怒ってるはずなのに、リーマスの涼しげな顔が凄く癪で、涙が出そうになる。けども此処で泣いたら完璧負けだ。弱いところなんて見せたくない、これ以上。
一瞬で良い。一瞬あれば杖を取り出してどうにか出来るのに。
強くは思った。けれどもその一瞬が無い。隙が無いのだ。多分勝てない。弱気になってしまう自分には心中で自身を叱咤させた。そして再度睨みつけると、
「ほんと最低!こんな事して良いと思ってんの?有り得ないでしょうが!人を騙すって言うのはね、人間として一番最低な最悪な事なんだからね!さ、された人間がどんな気持ち、かなんて…」
そうまで言って、の瞳に涙が溜まる。思い出したら悔しいやらやるせないやら情けないやらで涙が出そうになってきたのだろう。ああもう最悪、と自身思う。寝転んだ体勢の所為で目に溜まった涙は目じりを通り、下へ流れるように落ちた。すると先ほどまで笑顔だったリーマスの表情がほんの少し、強張る。
「先輩」
「名前なんて呼ばないでよ。もう最悪、ほんと、あっち行ってよ。アンタの顔なんて見たくなんかないんだから。早くどっか消えてよ。それで笑えば良いよ。お人好しなバカだって。あの男の子と一緒に笑いものにすれば良いのよ」
ぐず、と鼻を鳴らしては俯いた。すると、急に陰が落ちてくる。何かと思い顔をあげようとした、瞬間だった。の体をふわりと包むそれ。リーマスに抱きしめられたのだと解り、は激しく動揺した。「な、にするの!」押し返そうとしてもの力ではその抵抗は無に等しい。勿論リーマスの腕は緩むことは無く…逆にきつくなる一方だ。
「最低だって、罵られても…それでも一緒にいたかったんだよ。…の、ね」
ぽそりと、耳に囁くように紡がれた台詞に、は抵抗することを忘れてしまった。力なく垂れた掌が良い証拠だろう。え、と掠れた声がの口から零れた。そうすれば、ぴったりとくっついたお互いの身体が離れる。そして、覗き込まれる顔。あとちょっとで鼻がくっついてしまうんじゃないかと言うくらいの至近距離に、は不本意ながらときめいてしまうのが解った。そして、不意のキス。触れるだけのそれだったが幾度か繰り返すその仕草に、は無意識のうちに目を閉じた。…安心、したのだ。どこかその行為に。
短い口付けを数度落とされた後、リーマスはゆっくりと顔を離し、そしての頬に手をやった。包み込む大きな掌にドキドキする。
コイツは…私を騙してたのに。
そう思うのに、憎めない。その意味が解らないはただ黙ってされるがまま。そしてまたリーマスの顔が近づいてきて、耳元に聞こえた、それ。
「!」
「逃がさないから」
そう言って笑ったリーマスの顔はまるで、天使のような悪魔の笑み。でも先ほどリーマスが言ったように逃げられないのだと、は心の中で白旗をあげた。
今日、あの瞬間まで存在すら知らなかったと言うのに…どうやら、彼と同じ気持ちになってしまったらしい。
耳元で囁かれた言葉は。
『I LOVE YOU』の一言。
― Fin
あとがき
もう何も言うまい。本当はもうちょっと長くさせる予定で…こんなすぐに真っ黒リーマスを登場させるつもりはございませんでした。うん、でも連載にしたら終わらない気がしたので(笑)(珍しく懸命な判断)