Good old days-----02






『この世には、星の数ほどの出会いがある。それはかけがえの無い、幸せな奇蹟に近しいこと。だが、出会いがあると同時に、辛くもあるが必ず別れがやってくる』と言う。
それは決して変わることのない地球上の、この世に生を受けた時からの定義である。此処で、経った今大切な大事な親友の子どもを祝っている時、何処かで別の誰かが死と向かい合っているだろう。あたしはそれを哀しいとか、苦しいとか、辛いだとか思うわけじゃないし、勿論怖いと思うわけでもなく、けれども絶対に幸せだとか、嬉しいだとか思うわけでもない。いつ何処で誰と二度と会えなくなっても、この時代別段不思議なことではなく。そしてもしそれが他の誰でもないあたしがここに二度と帰れなくなってしまっても、少しも不思議なことではない。
――結局人は…いや、この世に生を受けた者は皆、いつも死と隣り合わせなのだから。それは決して代わらない理。

だから、そういう事を理解し、そして――覚悟しているつもりだった。きちんと向き合っているつもりでいた。



でも   ねえ   だからって  ねえ               …神様。



「これは、…いくらなんでも………無いんじゃない、の?」

ハリーが産まれて、一週間も経たない、良く晴れた夏の日。の両親、そしてたった一人の妹が――この世を去った。少し自分の家から離れた別段目立たない小さな教会で厳かな葬儀が行われた。はその間、最後まで一言も泣き言を言わず、また涙すら流さずひたすらに、手を合わせに訪れてくれた人々に『有難う』と何度も頭を下げた。
今にも消え入りそうな、か細い…小さな掠れた声で。それでも彼女は泣いてはいなかった。

ヴォルデモートの魔の手によって、人がこの世を去っていく中、まるで当たり前のように、そしてそれは余りにも突然にの両親たちが死んでいった。は成人していて数年前に家を出て一人暮らしをしていた為、助かることが出来たのだが、どうやらヴォルデモートの狙いは本人だったらしいことを知らされた瞬間、初めては悲痛な呻き声を上げて泣き崩れた。――声が枯れるほどに。

「どうしてっ、どう、してよ!あたしは生きてる!あたしを殺しに来た筈なのに…!なのに何故、どうしてあたしのトコロには来ないのよ!むざむざ殺されるわけにはいかないけれど、でも…っ、どうして…!何でなの!なんでお父さんもお母さんも妹も静かに、幸せに暮らしてただけなのに!アリアだってやっと、ホグワーツを卒業するところだったのよ…!あたしを殺したいならあたしのトコロに来れば良いじゃない…!なのに、なんで!」
!落ち着け、落ち着くんだ!泣いても、叫んでもどうにもならないってわかっているだろう?」

リーマスの切羽詰った、静かだが悲痛な声がにかけられる。彼女の両肩に自身の両手を置いて、どうにか彼女を落ち着かせようとした。それに過剰に反応したのは誰でもない、だった。

「っ、離して!触らないで!言わないでよそんなこと!…離してリーマス!お願いよ!」

の心とは裏腹にカラリと晴れ渡った太陽の下の墓場には真新しい、三つの十字架。
太陽が夕陽に変わり始めた茜空の下で、は悲痛に叫んだが、リーマスは断固として聞かなかった。はリーマスに肩や腕を掴まれ、は握り締めた掌で空を掻くように暴れながら泣き喚いた。

棺に収められたの両親達の最期の顔は恐怖に満ち溢れ、どれだけの事を味わったかと言う事を、痛いぐらいに物語っていた。

お父さん、お母さん、アリア。
痛かったですか、辛かったですか、哀しかったですか、苦しかったですか、…怖かったですか?

こんな言葉でしか言い表せない自分が、のうのうと暮らしている自分が、何も知らずに生きていた自分が、――憎かった。痛かったに決まってる。辛かったに決まってる。哀しかった、苦しかったに決まっている。そして、…何より怖かったに決まっているじゃないか。訳も判らぬまま死が近づいていくだけを感じて、怖くないなんて…思えるわけがないじゃないか。

「なんで、なんであたしのところに来ないのよ!あたしは此処で生きているわ!なんでよ、どうしてよ!なのに、どうして、なんでお父さん達が殺されなくちゃならないの!あたしの代わりに殺されたの!?あたしは、あたしはこんな結果望んでない!だったらあたしが死んでやるわよ!…まだ、」

……――まだ、生きられたのに。
声にならない声がの口から上がり、顔を歪ませ見開いた大きな瞳からは大粒の涙が零れ続ける。その視界から突然、後ろから両腕を掴んでいたリーマスの顔が飛び込んでくる。の両腕を痛いほどに掴んだリーマスは怒りを含めた真剣な瞳をに向けた。は一瞬、痛みの所為なのかリーマスの表情で、なのか…微かに瞳を揺るがせたが、ギっと眉を顰めてリーマスを睨みつけると悲痛な声を上げて叫んだ。

「離して、リーマス!もう、あたしに構わな」

パンッ

それはの声を遮るように、その場に乾いた音が響いた。突然の事態に彼女の言葉はそれ以上発されることは無かった。

「…落ち着くんだ、

静かにリーマスは呟くように、しかし、しっかりとに言い聞かせるようにそう告げる。ザーー…と夏の暖かな風が、静かにの透き通るような少し緑の入り混じった銀髪の髪の毛を浮かせて、弄ぶように通り去る。

「……」

は黙ってジンジンと熱を帯びて痛む頬に指を滑らせ、沈黙の後…小さな、至極小さな押し殺したような泣き声を漏らしてから震える唇を笑みに変えた。頬に掛かっていた銀髪の髪を乱暴に振り払い、自嘲にも似た笑みを浮かべたは乾ききった笑い声を立てた後、やりきれない様子で右の手の甲を顔にやり、搾り出すような掠れた声で前に立つリーマスにそっと告げた。

「ごめん、リーマス…それから……有難う」
「謝られる事も、また感謝される事も覚えにないけど?…寧ろ、僕のほうこそ、ゴメン」

言いながら、の今は紅くなった頬を優しく撫でた。元来色の白い彼女であったため、余計に白に赤は目立ったのだろう。しばらくしたら腫れ上がるのではないかとリーマスは心配していた。そう強く叩いたつもりは無かったが、男女の力の差、だ。わからない。そんなリーマスの心情をは理解したのだろう。

「…蚊でも、刺したかなぁ…って」

はようやく穏やかな笑顔をリーマスに向ける。

「そう、思っただけよ?」

だから心配しないで、と言った風な彼女の言葉にリーマスは苦笑を浮かべ、そしてのいつもより小さく感じられる身体にそっと、優しく腕を回した。リーマスより頭一つ分くらい小さいの額がリーマスの鎖骨に軽く当たるのが解る。彼女の身体は泣き喚いた所為か、酷く火照っているように思った。はリーマスの突然の行動に暫し驚いた様子で視線を泳がせていたようであったが、やがて、溜まりかねたように小さく声を上げるとリーマスの両肩をぐっと掴んで俯いた。
それから震える唇を無理やり押し開くと落とすような声で、そっと呟く。

「リーマス…そのまま、動かないでね」
「…――努力はするよ」

リーマスの台詞に微笑むと、の瞳に次の瞬間また涙が滲み出てきた。声をかみ殺して、唇を噛み締めると隙間から漏れる息がそっと震えていた。と同時に微かな嗚咽を漏らしながらはその小さな肩を震わせ、リーマスの胸に額を押し当てる。

「…っふ、っ」

目を閉じれば、思い出す。当たり前のように、其処に居て…当たり前のように微笑んでいてくれていた人達の姿。だけれど、もう…二度と、戻っては来ない。

―――…キラキラと輝く木漏れ日が、二人に降り注いでいた。
リーマスは、動くなと言われたものの、腕に込める力を少しだけ強め、丸まった背中を静かに優しく擦った。優しく撫でてくれるリーマスの手の温もりを感じ、は瞼にまた熱いものがこみ上げてくるのを感じた。時折、鼻水を啜りながら、は静かに泣き続けた。泣くごとに募る、大切な、大事だった人達への問いかけ。二度と帰って気はしないけれど、は思う。

お父さん、お母さん、アリア。

この、綺麗な夏の日差しを、感じましたか。
この、美しく咲き誇れる花々を、見ましたか。
この、暖かな…優しい風を、感じることが出来ましたか。

自分達の生涯を、――幸せだと、幸せだったと言えますか。

「ふ、う…」

ただ、の嗚咽だけが静かにその場に零れた。





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