Good old days-----03






身長差の所為で、おでこにゴツゴツとした彼の鎖骨がぶつかっていたけれど、それ以上にリーマスの胸は暖かく、優しくを安堵させた。その、包み込むぬくもりが、どうしようもなくには嬉しかったのだ。

「えっと…有難う」

ひとしきり泣いた後、は何とも言い難い気まずさを感じながら彼――リーマスから離れ、そっと呟き落とすように言う。リーマスは黙って首を振り、微かな笑みを浮かべを見ていた。は紅く腫れ上がった瞼にそっと手をやりながら、肉親達の墓に歩み寄って、その十字架の輪郭を静かになぞりながら、リーマスに背を向けた。それは陽射しに晒されていたためか、酷く熱く感じられた。けれどもは何ら気にする事なく、そのまま墓に額を寄せた。

そういう時代、こういう時代、―――…仕方の無い事、なのだ。

名前も知らない誰かが、にそう語りかけたように、彼女の頭からその言葉が離れない。ぎり、と唇を噛んで、

「こういう、時代だから、…だからお父さんもお母さんも、アリアが死んだ事も…『仕方が無い事』なのかな?」

当たり前のように、何人も、何十人何百人もの人が死んでいく。何のために?こういう時代だから?
――そんな言葉で、沢山の人が残りの未来ある人生を残して死んでいった事を片付けられるのか?

「…はっ…有り得ない」

有り得ちゃ、いけない。有り得る筈など無いのだ。
人の命をなんだと思っているんだ。ふざけるな。…だったら、アンタが死ねば良い。
が、これ以上ないほどに掌をぎゅっと握り続ける。強く握りすぎて、今やうっ血しそうな程。それでも、彼女は気にならないようだった。

「リーマス」
「……何?」
「…あたし、こういう時代を、終わらせたい」

その言葉に、密かにリーマスが眉を潜めた。彼女の言わんしている事は何となく想像がつく。

、…――死ぬ気?」
「はっ…あたしが死んだって、ヴォルデモートを倒すことなんて出来ない。…そうでしょう?」
「そうだね」
「でも…倒してやる。絶対。…何に変えても、必ず」

長い間、胸の内に秘めていた熱い想いは、両親と妹の死によって火がついたようだった。そういう、皮肉な結末。は墓に、一輪ずつ向日葵を添えながら、静かに言葉を紡ぐ。

「絶対に…倒してやる」

それは、とても熱く…同時に背筋が凍るほどの冷たい声色となって、消えた。





暫し、とリーマスの間に沈黙があった。リーマスの性格なら、絶対止めると思っていた。けれどももう彼女の中では答えが出ていた。たとえ、リーマスに何を言われても、折れはしないと思いながら、一呼吸置いては決意したようにリーマスを横目で見やる。と、其処には苦笑しているリーマスの姿があった。なんなのだろう。そういう反応が返って来るとは予想外で、はリーマスのほうに向き直り、彼の顔を見つめる。その顔は訝しげだった。そんなにリーマスは微笑むと、一冊の本をローブから取り出した。

「見て、

言うが早いか、言葉と同時に自分の方向に投げられた本を見事キャッチしてみせると、はそれのタイトルに目をやり…そして自身の目を疑った。
―――闇の魔術の書。…確かに、リーマスから受け取った本にはそう書いてあったのだ。其処で、はリーマスのしたい事が何となしにわかってしまった。

「皆は止めると思ったから…秘密にしてたんだけど」

その声は、何処かおどけを含んでいたが、次に発せられる台詞にはもうそんな様子は無かった。リーマスの表情は真剣そのものだ。

「…の願いは、僕と同じだ。正直には安全なところで身を守る事に専念してもらいたいけれど…止める資格なんて、僕にはない、しね」

語尾は困ったような声色だった。小さく肩を竦ませているリーマスには視線をやるでもなく、ただ、手に持った古ぼけたいかにも怪しげな表紙を細く白い指でなぞりながら静かに笑った。

「よくも、隠してたわね?」
「はは、ごめん」

不意には苦痛に耐えるように、きゅっと眉間に皺を寄せ、草の茂る土に視線を落としてその瞳をゆるがせる。数秒間そのまま黙りこくった後、ふとは顔を上げて泣き出しそうな笑みを浮かべた。「…倒して、やる」小さな声。それでも底知れない想いを秘めた、決然とした言葉を彼女は溢し、リーマスを見やる。躊躇うように唇を動かした後、ようやく囁くような声ではリーマスに言った。

「………アンタに、ね。…言いたい事があるの」
「…何?」

少し不安気に眉を顰め問いかけるリーマスに、はふっと笑って首を振る。悠然と微笑む彼女の瞳に悲しみと憎しみが入り混じって見えた。そしてふと、意を決したように立ち上がると、リーマスに向かってそっと言葉を溢す。

「暫く、会えない。でも、大丈夫だから。心配しないで。…リーマスも頑張って」

は空を見つめて小さく息をつくとニっと悪戯な笑みを浮かべた。怪訝そうに眉を潜めるリーマスには「立て皺出来ちゃうよ」とおどけて額に指をやって笑ってみせた。それでもリーマスの眉間の皺は無くならなかった。そんな彼に苦笑して。それから小さく首を振って。

「やらなくちゃいけない事が、あるの。…家に帰るね。…今日は付き合わせてゴメン。慰めてくれて有難う」

『それじゃあね、バイバイ』言葉が終わるのとが歩き始めるのはほぼ同時だった。リーマスのほうを見向きもせず家路に向かおうとするの背中にふと、何処か厳しいリーマスの声が掛かった。



――…無理して笑うのは…良くない」

その言葉には一瞬足を止めたが、やがて何も返すこと無くスタスタと早足で歩き始める。後ろに立って、ただを見送る事しか出来なかったリーマスが、やがてサクリ、と音を立てながら帰っていくのを背中で感じながら、はローブのポケットの中に腕を突っ込んでいた。
中に入っているのは、学生時代から長く使っている杖がある。汗ばんだ手で、ひたすらにそれを握り締めていた。



――骨が、軋む程に。





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