Good old days-----05
スッコーンッ!
物凄い勢いで吹っ飛んできたオタマが、の額に見事クリーンヒットし、気持ちの良い程の音を立てて床に落ちた。
「……うごっ…!」
は声にならない声を上げて彼女はソファの上に倒れこむと、両手で額を押さえ絶句する。あまりに突然の、その容赦の無い行動に、リーマスは思わず持っていた杖を落とし、シリウスは恐怖の目でリリーを見つめた。そんな二人からの熱い眼差しを一身に受けたリリーであったが、彼女は二人の視線を完璧に無視すると、涙目になりながら静かにに歩み寄り、左手で赤ん坊のハリーを抱きかかえ、先ほど投げて床に落ちてしまったオタマを拾い上げると、そのままバシバシと猛烈な勢いでを再度叩き始めた。
は「ぎあ!」だの「うおう!」だのと奇声を上げながら両手で顔を覆い、ソファの上で丸まった。リリーは手加減無用とばかりにバシバシとの背中を叩き続ける。横でハリーは無邪気に笑っていた。そんな可愛らしい笑い声が今では悪魔の高笑いのようだ…とは縮こまりながら思った。
「…こ、こんなっ…こんな長い、間…連絡も一切、し、しないで…っ、心配、させてっ!…今、ヴォルデモートは貴方を狙っているのよ!?……っ、し、…死んじゃったら、…どうしよう…って、……が死んじゃったらどうしようって思ったじゃない!!」
コーンコーンコーンコーン
無遠慮なリリーからの攻撃はやまない。
「ご、ごめんなさっ…いた、いたたた!マジ痛い!」
「り、リリー…とりあえずその辺で」
「シリウスは黙ってて!」
「…ハイ」
腕の中のハリーは、いつの間にか泣き出していた。そしてハリーと同じくらいの勢いでリリーは泣きながら尚も鉄槌とばかりにオタマを振り上げては振り下ろす。慌てて二階から駆けつけたジェームズに引っぺがされるまで、リリーは泣き続け、オタマを振るった。
痛かったのは痛かったが、リリーがどれだけの事を心配してくれていたのか、文字通り『痛いほどわかった』のではリリーがオタマ攻撃をやめた後、リリーの前にしゃがみこみ『ごめんね、ごめんね、軽率だった、ごめんね、考え無しだったわ、ごめんね』と繰り返しながらすすり泣いた。リリーはそんなを優しく抱きしめる。その手は先ほど思いっきりオタマを振り回していた人物とは思えないほどの優しい掌だった。
抱き合いながら泣き出す二人を見て、シリウスが「まるで子どもだな」と笑った。「人の事言えないだろ」とジェームズもシリウスにツッコミながら笑った。リーマスはその光景をただ静かに見守るように見つめていた。
「……キレー」
帰路につき、微かに白く染まったアスファルトの道を歩くは、頭上から舞い降りる粉雪を見つめながら静かに呟いた。言葉と共に吐き出した白い息が目の前に現れては溶けて消える。リーマスはその言葉に彼女同様冬空を見上げ、「そうだね」と軽い笑みを溢した。漏れる吐息の白さが、冬の到来を実感させる。そんなやり取りをしていたがリーマスはようやく心の中に突っかかっていたものを吐き出した。
「結局、さ…何してたんだい?」
リーマスの問いかけには少し笑い、空を見つめたまま両手の手の平に息を吐きかけながら言った。その顔は、苦笑。それだけでリーマスは何となく次の彼女の言葉がわかった様な気がしていた。
「ごめん、内緒」
「…だと思った」
リーマスの予想通りの台詞が返って来たので、彼は呆れたようにの頭をコツンと軽く拳で叩いた。はクスクスと含み笑いを浮かべながら頭に手をやり、冗談っぽく擦っていた。が、ふと視線を下にずらし、リーマスのローブにやるとその次の瞬間、引きちぎらんばかりの勢いでリーマスのローブを引っつかんでいた。
「ちょ!!」
そんな彼女の唐突の行動にリーマスは驚いた様子でを見やると、は愕然とした様子でローブを見つめていた。厭な沈黙が流れる。彼女は黙りこくったまま、けれどもリーマスのローブからは決して視線を外さない。
「…あ、あの…?」
居心地の悪さを感じながらの名前を呼ぶと、漸く彼女が数秒の沈黙の後、やっぱりまだローブを見つめながら言った。
「……ローブのボロさが…グレードアップしているのだけれど…?」
ボロボロの自身のローブを唖然とした様子で見つめるに「そう?」と暢気に肩を竦めて言うと、の目が漸くローブから外され、次の瞬間リーマスの顔を鋭い目つきでギっと睨むとローブに新しく開いていた穴にズボっと指を突っ込んで喚く。
「何が、『そう?』よ!この阿呆!アンタが貧乏なのは十分知ってるけど、でもだからってローブの一着や二着くらい買っときなさいよ!全く!」
怒ったようにバッサバッサとリーマスのローブをはためかせるに「寒いって」と言いながらリーマスは笑った。「笑い事じゃないわよ!」と憤慨しながらリーマスを睨みつける目は本気だ。そんなにリーマスはやっぱり笑顔で。
「このローブ、着慣れしてるから、まあ…良いかなって」
「良くないわよ!…ああっもう全く!チョコレートばかり食べてるからお金がなくなるのよ!少し減らせば問題ないでしょうが!」
「チョコレートを減らすなんて厭だよ」
「子どもじゃないんだから!」
「わかってるよ」
言い争い(そこまで酷いものではないが)が続き、でもそれが埒が明かないことに気づくと、ふう、とため息をついてはムスっとした表情で首に巻いたマフラーを巻きなおす。そしてリーマスを見やり、ゆっくりと落とすように言った。
「…今度、縫って上げるわよ」
「有難う」
にっこりと微笑むリーマスはまるでがそう言ってくれるのをわかっているようだった。そんなリーマスには呆れたように笑った。結局はリーマスに甘いのだ。それから小さく息を吐き出して。
「全く、ちょっと離れると直ぐボロボロにしてくれるんだから。…もしかしてずっと傍に居てあげないと駄目なのかしら?」
舞い落ちる粉雪を手で受け止め、暖かな肌に触れて溶けてゆく雪を見つめながらは呟くように言葉を紡ぐ。そんな彼女を見つめリーマスは楽しそうに声を上げて笑うと、そのままの調子で言った。
「そうかも」
きっと明日は積もるのだろう。リーマスは降り続く雪を見て思った。それから、舞い散る雪からすっとの方に視線を落として
「結婚でもする?」
まるで、明日遊ぶ?とでも言う風に言ってのけた。は暢気に言われたリーマスの言葉に笑みを浮かべ、でもそれを隠すようにしてマフラーを口許までやっては落とすように返した。
「…莫迦ね」
そんな二人を、粉雪だけが見ていた。
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