Good old days-----06






「秘密の守人…?」

街中にあるこじんまりとした喫茶店では今しがたシリウスが彼女に告げた言葉に、紅茶をすする手を止め、少し驚いた様子でシリウスの顔を見つめる。突然の梟便で呼び出されたの前に「ああ」と頷くシリウスが居た。その顔は真剣そのもので、緊迫した空気を纏っていた。

「お前が姿を消している間に、決まった事だ。『忠義の術』は、知ってるよな?秘密の守人があいつらの居場所を口外しない限り、例えヴォルデモートが目と鼻の先に居たとしても、あいつらは必ず助かる事が出来る。……きっと上手くいく筈だ」

周囲の目を気にしながら声を落としてに言うシリウスに、彼女は深刻な表情で頷き、紅茶のカップをカチャンと音を立てて、ソーサーの戻しながら視線を落とす。その後、は少し不安げに眉を中心に寄せて呟いた。「それで…ピーターが…?」その瞳はゆらゆらと不安定に揺れている。そんなを見つめて、シリウスはコクリと静かに頷いて後二、三日中にでも術がかけられることを告げた。ますます眉が中央に寄せられて、それから小さな声で反論の意を表す。

「なんでピーターなの?…シリウス、アンタがやれば良かったじゃない。ううん、あたしでも良かった。だってヴォルデモートにピーターが狙われたらどうするの?一瞬で殺されてしまうわ」
「…そう思うだろう?だからだよ。まさかあの弱くて泣き虫のピーターにそんな大役を任せる筈が無い。目くらましさ。きっとヴォルデモートは俺が秘密の守人だと思う筈だ。ジェームズと一番仲が良かったのは、俺だからな…」

言いながら、ニっと不敵に笑うシリウスには苦笑し、ようやくその険しい表情を柔らかくさせた。「…気をつけてね」と吐息交じりに言うと、シリウスは快活にニッと笑って頷き、も楽しそうに少しだけ笑った。それからまた目を伏せて、少しだけ罰の悪い顔をしながら言った。

「そんな…大事な時期に、姿を消してしまっていて、悪かったわ。ごめんね」
「ああ、それは良いんだけどよ。お前も色々あったし。…でも
「ん?」
「お前。…痩せたか?しかも、顔色も悪い」

シリウスの言葉に顔を上げると、は少しだけ言いにくそうに「あー」と言いながら少しだけ細くなった自身の指で頬を触り、そして誤魔化すような薄笑いを浮かべると「そう?」とおどけて首を傾げて見せた。そんなの調子に、シリウスは目を顰める。明らかに疑われている事には気づいた。
まさか、「魂が半分になったから身体が弱くなっちゃったのよ」なんて言える筈も無いしなぁ…等と思いながらはシリウスに視線を向けると、シリウスは深刻な表情での顔をまじまじと見やっていた。目の前の青年は、昔からちっとも変わらない。無鉄砲で冷たい人間に思われるが、実は凄く情に厚い男だ。そんなシリウスに苦笑して、余り深く突っ込まれない内に、話題を変えようと思ったは紅茶をもう一口すすってから顔をあげると軽く微笑んで口を開いた。

「気のせいよシリウス。痩せてなんかいないし…まあ、乙女だから痩せたって言われたら嬉しいけれどね?って、言うかさ」

はゆらゆらと紅茶の入っているカップを揺らしながら、少し怒ったような…いや、拗ねたような様子で言いやった。

「…昨日ジェームズの家に行ったとき、どうして教えてくれなかったの?あたしがオタマで攻撃されてたから?…酷いじゃない、なんであたしだけ」

の言葉を聞いたシリウスは先ほどの快活な笑顔とは一変して、一瞬だけ気まずそうな顔をした後、の顔色を窺うように視線を彷徨わせたが、やがて諦めたようにため息をつく。そのシリウスの様子を怪訝そうにが彼に視線を向けると、シリウスは苦笑交じりに窓を見つめてから、「リーマスが居たからだ」と厳しい形相で一気に言ってのけた。突然の言葉には呆気に取られた様子の声を上げる。けれども、シリウスの表情は険しいままだった。

「…知ってるだろ?ダンブルドアが…俺たちの中の誰かが…ヴォルデモートに情報を流している、スパイがいるって言ってた事」

それからふと躊躇ったように口ごもるシリウスの言葉の続きを、は悟った。そうして静かに目を見張った後、微かに動揺した様子を垣間見せながら、無言でだんだん冷め始めてきているであろう紅茶のカップを取り、もう一度煽った。それから一気に飲み干してしまう。予想通り、やっぱり紅茶は当初と違い、温い物となっていた。そんなの様子をシリウスはじっと見ていた。けれどもシリウスのほうからはカップの陰になっていての表情は良く解らなかった。
小さく息を吐き出した後、口を開いて言葉の続きを先ほどの息のように吐き出す。

「…俺は、……それがリーマスじゃないか、…と、思ってる」
「………そっか」

カチャンとカップをソーサーに戻しながら、はシリウスの自嘲的な笑みを見て、同様に笑みを浮かべる。――やけに、哀しかった。ツキリ、と胸が痛むのを感じながらも、はゆっくりと静かに問いかけた。「どうして?」と。窓越しにマグル達の行きかう街並みを見つめながらは口許に笑みを浮かべたままだ。シリウスは落ち込んだ様子でため息交じりでコーヒーに手を伸ばし、眉根を寄せた。

「あいつ…最近行動がおかしすぎる。…この前、あいつの家に行ったらすげぇ勢いで闇の魔術の本が増えてたんだよ。有り得ない程にな。聞いてみたら『なんでもない』と笑顔の一点張りだし。…そもそも俺はあいつの笑顔以外の顔を殆ど見たことが無い」
「…はっ…、そうだね」

闇の魔術の本に埋もれて過ごすリーマス。ああ、確かに怪しい。思って苦笑を浮かべる。何でも上手くこなす男だと、学生時代は思っていたが、少し要領が悪い処もあったみたいだ。闇の魔術の本を隠す気が無いのなら、いっその事全て本当の事を言ってしまえばいいのに。はそう思った。そうすれば、シリウスが叱られた子犬のような表情を浮かべて、の様子を窺いながら問うた。

「…怒らないのか?」
「え?」
「…お前、誰かを疑うのとか、そういうの嫌いだったろ?」

真剣な声色にはシリウスの言わんとしたことをようやっと理解して、小さく「そうね…」と呟いたが、直ぐにシリウスの目を見つめ返した。それから辛そうに眉を寄せて空になったカップに視線を落とす。

「でも…今の時代、誰かを疑う事くらい覚えなきゃ、生きていけないしねえ…」

の他人事のような声に、シリウスは苦笑を漏らした後、「そうだな」と哀しく呟いた。そんなシリウスをもう一度は目に留めると、更に言葉を続ける。

「だから、シリウス。アンタがリーマスの事を疑っている事で自分を責める必要は無いと思うよ。だけどね、その代わり、もしシリウスが身に覚えの無い事で誰かに疑われたとしても、文句は言えない。…それで良いんじゃない?……うん、それで、良いのよ。きっと。それで…良し」

悪戯っぽく笑いながら微妙に偉そうに言うにシリウスは笑みを深め、ハハハと笑った。クスクス笑いながら、シリウスのほうを見ていたはやがて何か思い立ったかのような表情をすると、シリウスに言った。

「じゃあ…あたしはその『秘密の守人』さんに会ってくるね」
「へ?ピーターに、か?」

突然のの物言いに、素っ頓狂な声を上げたのは快活に笑っていたシリウスだった。そんな友人に「そ」と悪戯っ子のような表情を浮かべたは「今頃、怖くて震えてるかもしれないでしょう?落ち着かせてあげなくちゃ」とおどけて言って見せた。それにシリウスがプっと吹き出したが、それは直ぐに真顔に変化させられて。

「でも、お前一人で出歩くの、危ないんじゃないか?俺も一緒に行くか?」
「あはっ、大して離れてないじゃない。ピーターの家、直ぐ其処なんだから大丈夫だよ」
「そうか?…ま、じゃあまたな」

きっとには何を言っても無駄だと、彼女の性格を長年の経験から知っているシリウスは、ふっと考えた後、小さく手を振って見せた。それにも気づいたのだろう。穏やかな笑みを浮かべて、「うん、またね」と言葉を紡いだ後、「あ、そうそう」と考え付いたそれを口にした。

「今度、あたしの家にお茶でも飲みにきたら?」
「…厭だよ。お前の茶、破滅的に不味いだろ。…だからわざわざ喫茶店に出向いたのに」
「……殺るわよ?」

その言葉と、瞬時に自身の前に突き出された杖に、シリウスは顔を引きつらせた。それに満足して「冗談よ」と爽やかな笑顔を向けると、ローブの中に杖を戻し、傍らに置いてある鞄をとって「じゃあね」と立ち上がった。窓の外はまだ明るく、外も相も変わらず騒がしく、早くもクリスマスの装飾を木々につける姿も見える。ああ、そう言えばそろそろクリスマスなのだ。ふとは何となしに思った。それからまだ座っている友人に視線を移せば、シリウスは口許を少しだけ吊り上げてヒラヒラと手を振っている。もそれに倣い手をひらひらさせた。そのまま出口に向かおうとしただったが、ふと足を止めてシリウスに振り返る。そして、何処か嬉しそうに言った。

「…そうそう。あたしからミスターシリウスに忠告させてもらえば、リーマスは、リーマスはね、たとえ、どんな怪しい行動を取ったとしても、絶対にあっち側のお仲間さんに魂を売ったりはしないよ。…絶対に、ね」
「…なんでだよ」

訝しげな声がかけられて、は晴れ晴れと、そして自分の事のように誇らしげに言った。

「だって、リーマスだから」

そのままの背中が遠ざかって行き、やがて喫茶店の扉が開くと、彼女の姿は雑踏の中へとあっという間に消えてしまった。紅いマフラーが最後にほんの少しだけ見えて、扉が閉まった。シリウスはふっと息をつくと苦笑いをし、カップを爪ではじいた。

「『リーマスだから』…か」

シリウスのその声は、誰にも聞かれる事は無かった。





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