Good old days-----07






キィ…。ドアの開く音がする。

「あ、。…来てくれたんだ」

粗末な造りをした一軒家に、ピーターは住んでいた。遠慮がちに開かれた扉からかを覗かせるピーターにははにこっと笑みを浮かべて、小さく手をあげた。

「うん、久しぶり。ピーター。…あ、てゆうかごめん、急に」
「えっ!そんな…良いんだよ全然」
「そう?じゃあ…上がらせてもらうね。お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」

へらり、と笑ってピーターはそこで漸くドアを全開にしを招き入れた。中へと導かれたはピーターに「暫く見ないうちに太った?」等と笑いながら言いつつ、足を踏み入れる。部屋の中は暖炉のためか、心地よい暖かさに包まれていた。

「あ、お茶入れてくるね。待ってて」
「ん?お構いなく」

いつもの頼りない笑いを浮かべながら席を立つピーターには笑いながらキョロキョロと改めて部屋を見渡した。必要な分だけの家具と少しの本。それ以外は殆ど何も無いといった様子の部屋だったが、不思議と落ち着いた。は腰掛けている椅子の背もたれに自身の体重をかけるとフゥ、とため息を付いて天井を見つめた。
ピーターはと言えば、狭いキッチンでお湯を沸かし、戸棚から「アクシオ!」とティーパックを引き寄せながらの方にそっと視線をやる。はくつろいだ様子で椅子に座りシルバーグリーンの美しい髪をなびかせて上を見上げていた。

「あ、ねえピーター?隣の部屋見せてもらっても良い?」

ふとがピーターの方に視線をやって何気ない調子で問いかけた。ピーターは視線が交わってしまったことに対して少しだけうろたえて、パッと顔を背けると湧いたやかんに手を伸ばした。「う、うん…別に、良いよ」その声は何処か動揺しているようだった。けれどもいつもの様子だと言われればそう言えなくも無いピーターの態度には何を思うわけでもなく、椅子から立ち上がった。

「有難う。…あ、それから…後で話したいことがあるから」
「…解った」

そう言ったピーターの顔はに見られる事は無かった。





「へえ…此処も綺麗にしてあるんだね」

パタン。と後ろ手でドアを閉めながら、は少し感心した様子で狭い部屋を眺め回した。整理整頓と言うものが余り得意ではないの家は…まあ、足の踏み場も無いとはいかないものの、少々ごちゃごちゃした状態だった。…しかも、最近は更に、だ。なので、が感心してしまうのも無理からぬ事であった。
しかし、よくよく考えると、ピーターの部屋は『綺麗にしてある』と言うよりもただ単に『物がない』と言ったほうが正しいかもしれない。ベッドが一つと小さな机一つちょこんと置かれていて、その横に大きな本棚が一つ存在したがその中身は殆ど入っていない様子だった。
更に見渡して窓の前におかれた写真立てをは目に止めると、嬉々した様子でそれに歩み寄り、腰をかがめて覗き込んだ。

「……風景写真か、なんだあ」

少しがっかりした様子では腰を挙げ、続けてふと起きたままになっているらしいベッドに目を向けた。何ともなしに手を伸ばし、皺になったシーツを伸ばして丸まった羽毛布団をばさりと持ち上げベッドメイキングを始める。そこで、ほんの少しこのベッドが温かみを帯びているのには気づいた。「しまった、まだ寝てたかな」無理やり起こしてしまったのだろうか、とちょっとした罪悪感に苛まれながら、は真っ直ぐにシーツを引きなおした。その時だった。

バサバサバサッ

瞬間、枕の下に置かれていたらしい紙の束がベッドから床へと零れ落ち、フローリングの冷たい床の上に広がった。は驚いた様子でそれを見やり、きょとんとして自分の足元に何通も落ちている手紙を見つめる。

「何これ?」

一人ごちながら、十何通もあるであろう手紙をじっと見つめる。どれもくたびれたような色気の無い封筒で、お世辞にもラブレターとか、そんなも色めいた物にの思考が繋がる事はなかった。わざわざ枕の下に隠す、と言うことは見られたくないという証拠。プライバシーの問題に触れる事をしてしまったかもしれないとは少し後悔しながら、そっと閉まったドアに目を向け、困ったように息をついた。

戻しとこう。

思い立ち、その場に屈みこんでそっと手紙をかき集め、両手で抱えて枕に手を伸ばす。一番上にある手紙には差出人が『ピーター・ペディグリュー』となっており、まだこの手紙が書きかけの物らしいことが窺える。―――他意はなかった。ただ、は何となく手紙を裏返し、受取人の名前を見た。

瞬間、まるで頭から冷水を浴びせられたような気が、した。

―――― 偉大な、そして親愛なる、我がご主人様。
       ヴォルデモート閣下。

「っ」

声が、出なかった。身体中の感覚がなくなったような気さえ、はしていた。自分が本当に、この手紙を握っているのかどうかと言うことすらには良く理解できなかった。夢じゃないか。夢だといい。夢だと言って。…そして、早く起こして。こんなの嘘に決まってる。さあ、早く目覚めさせてよ。

「…っ」

けれども、それは紛れもなく現実で。は震える指先で力の限り手にある手紙を握り締め、乱暴に枕の下に押し込んだ。そのまま枕の上から更に布団を被せ、狂ったように震え続ける手で自分の袖を握り締める。
―――眩暈が、した。ぐらぐらと周りの景色が揺れているような気がする。大きく脈打つ胸を強く押しとどめ、は大きく息をつくと、涙交じりの瞳を乱暴に手の甲で拭って、ローブの中の杖を確かめた。


ずっと、…ずうっと。裏切ってたんだ?…信じてたのに、さあ。

は無表情のままドアに歩み寄ると、まるで何事も無かったかのような動作で扉を開き、紅茶の漂っているダイニングの中に足を踏み入れた。丁度ピーターはマグカップに入ったばかりの紅茶をテーブルの上に並べている最中で、部屋から出てきたに気が付くと「別に見ても楽しくも無い部屋だったでしょ?」と言って苦笑した。はそんなピーターに穏やかな柔らかい笑みを浮かべると、椅子に腰掛ける。

「そんな事無い。楽しかったよ」
「そう?」
「うん。…綺麗にしてあるんだもん」
「物がないだけだよ」
「ふふ、そうかもね」

釣られてピーターも「あは」と笑った後、「あ、冷めないうちにどうぞ」との前に紅茶のカップを近づけた。は勧められるままにマグカップの紅茶に手を伸ばすと、口をつけピーターを見やる。先ほどまで震えていた手の平は今では恐ろしいほど冷静で膝の上に下ろされている。口許の笑みも、上手くできていた。良い香りを放っている紅茶は、あっさりとの喉の奥を通っていくのが解った。

の瞳が何の感情も含んでいないことに、ピーターが気づくことはなかった。ただ、紅茶を見下ろす瞳は、紅茶の温かさとは比べ物に鳴らないほど冷え切り、時たま顔を上げるt、そのままピーターの姿を映す。ただ、ただ、口許に笑みだけを浮かべながらは紅茶のカップを煽った。飲むお茶は温かいはずなのに、恐るべきスピードで身体中が冷え込んでゆくのをは感じていた。けれども、その様子にピーターが気づくことは、やはり無かった。



それは、クリスマスにはまだ遠い、十二月のある日のことだった。





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