Good old days-----08






「……?」

静かに二人は対峙していた。狙わずとも隙など有り過ぎる程に有ったピーターを冷めた瞳で見下ろす。は静かな瞳で自分よりわずかに縮こまっているピーターを見やりながら、その喉元にしっかりと自分の杖先を押し付けていた。左手に彼の肉の付いた方をしっかりと掴み、此れでもかと言う程の力で壁にピーターの身体を押し付けながらは重い唇をようやっと押し開く。

「あなた、だったのね…ピーター?」

突然のの行動にうろたえた様子のピーターは怯えた瞳でおずおずとを見上げていた。そんな彼に…優しい言葉をかけることはもう無いだろう。予測して、は尚も冷たい瞳で目の前の彼を見やった。ピーターに問いかける声は呟くようで、その言葉はただ、目の前で震えるピーターのみに届いた。「…え?」訳が判らないと言った風にピーターはに問いかける。はそんな彼に、ギリっと噴火寸前の怒りを込めて唇を噛み締め、ググっとピーターの喉元に杖を埋めながら尚も静かな声で言った。喉元のそれは、中肉中背のピーターの喉にピッタリと食い込んでいるようで、ピーターは眉を恐怖で潜めたがそれでもは気にしなかった。

「く、るしいよ…
「黙って。…スパイは、あなただったのね?…考えてみれば、おかしな点は沢山あった。一年とちょっと前からアンタはあたし達がジェームズ達の家に行ったりする時も、殆ど姿を見せなかった。リリーの出産のときもそう、…仕事が、忙しいんだって思ってた。リリーも仕方ないわよ、って微笑ってた。……でも、アンタは、アノ頃からもう既にヴォルデモートに密通していたんだね」

は自分の語尾が微かに震えるのがわかり、顔から…いや、身体中から血の気が引いていくのが彼女ははっきりと理解していた。口にすればする程、より一層ピーターが何をしたのか、何をしていたのかが鮮明に感じられ、怒りで頭が…自分がどうにかなりそうだった。こんなに怒りを覚えたのは、家族達の墓で、ヴォルデモートを倒すと改めて決意した時以来だ。目の前に立つピーターは表情を全く変えず、ただただ怯えた様子でを見つめている。けれども、にはそれがもう演技だと言う事が厭と言う程解ってしまっていた。この状況でまだこんな莫迦な事をするのかとは怒りで目を見開き身体を震わせる。

「みんな…みんなアンタの事、信じてたのに…信じきっていたのに…!」

言えば言うほどやりきれない想いでは胸が張り裂けそうだった。意図せず台詞を区切ると、涙で瞳が潤むのがわかる。けれどもそれを拭う事はせず、荒々しく言葉を叫んだ。

「だから、秘密の守人なんて大役を任せたんじゃない!自分の命を、あんたに…ピーターに預けたんだよ!そんなリリーとジェームズの情報をアンタは、ずっとずっとヴォルデモートに流してたんだ!…何を、言ったの…?リリーとジェームズ…シリウスにリーマス、皆に、一体何を言って騙したの!」

ギリ、とついにの薄い唇から強く噛み締めた所為だろう、紅い血液が其処から滲み出るのがわかった。微かに口内に鉄の味を感じただったが、そんな事、どうでも良い。取るに足らない出来事だった。――許さない、と今までに無いくらいは声を低くして呟き、ピーターを冷めた瞳で、けれども憎しみを込めた瞳で見下ろしていた。ピーターはそんなをじっと黙って見つめていた。その目はまだ怯えたままの表情だった。





「……クス、」

けれども、それは徐々に変化して、ついに、彼は笑った。落とすように。静かに。けれども、近くにいるには耳を塞いでも聞こえる声だった。突然のピーターの笑い声には驚いた。思わず目を見開いてピーターを見下ろしていたが、ピーターはそのまま「クスクス、フフ」と壊れたように笑いながら、ようやくを見上げた。その瞳に怯えは除去されていた。

「なあんだ…バレちゃったんだあ」
「ピー、ター」

くすくす、あはは。と男にしては高い声が、厭らしく、不快なまでに響く。はピーターを疑って、もうはっきりと黒だと思っていたが、突然の変貌に戸惑いを隠せないようだった。けれどもピーターはそんな彼女の心境など、動作も無い事だと言うように笑いながら台詞を紡いだ。

「…ふふ、丁度良いや。……――ねえ。実は僕ね、ヴォルデモート様に言われてたんだ。、君もこっちに来ない?君ならきっとかなり凄い待遇をしてもらえる事間違いナシだよ。…どお?」

はその言葉にカっとし、握り締めていた杖をがっとピーターの横っ面に叩き付けた。柔らかい頬に難なく食い込む杖に、ピーターは一度驚いて笑い声をやめ、このときばかりは軽い呻き声を上げた。けれどもそれは一瞬の出来事で、すぐさま表情に笑みを戻すと、ニマニマと不気味に笑いながらを視ていた。は怒りに顔を歪ませながらピーターに低い声で呟く。

「ふざけ、ないで…あたしが此処でイエスと言うとでも思ってるの?」

そうすればピーターは間髪要れず「ううん」とあっさりそれを否定して、そしてまたクスクスと笑い続ける。はその笑い声に身の毛もよだつ程の不快感を感じながら杖を握る手の平の力を更に強めた。横っ面に突きつけた杖を再度喉笛の辺りにやって睨みつける。

「わかってるの?あんたの喉にはあたしの杖があるんだよ。良く考えたら?笑ってられない状況なのよ、ピーター」
「良く考えるのは君のほうだよ、。もうちょっと状況を把握しなくっちゃ」

笑みを深くして言われたピーターの言葉に、は怪訝そうに眉根を寄せてピーターを見つめた。ついにピーターは大口を開けてケラケラと声高らかに、それはもううたうように笑い始めるのだ。

「あははっ、ふふ、はははっ…ねえ、?」
「…な、に」

にんまりと、薄気味悪い笑顔が、ピーターの顔を支配する。

「そろそろさ、身体に何か、感じてこないかなあ?」
「え?」

言ったのと、それは同時だった。
――ポタン、と。
一瞬、には今何が自分の身に起こっているのか、理解できなかった。ただ、黙って口元に手を当てて、初めて理解する。呆然とするしか、なかった。口角に伝うのは、紛れもなく唇から溢れ出てくる自分自身の血液だった。先ほどの噛んだ時の出血で無い事は早々に気づいた。手の平にはっきりとついた紅い液を見つめ、初めて口内に充満する鉄の味に気づく。先ほどとは比べ物にならない、量だ。
唖然としているをピーターはクスクスと終わり無く、楽しそうに…そしてそれは満足そうに笑い続ける。ついには自身の両足の力がふっと抜けるのを感じ、そのままドサっと床ぬえに前倒れした。初めて、ピーターが自分を見下ろす形になったことに気づく。その顔はとても満足そうで、――虫唾が走った。は微かな呻き声を上げ、必死に口元を押さえたが、止め処なく流れ出る血液はの細い指の隙間から難なく零れ落ち、ポタポタと音を立てながら綺麗に掃除されているフローリングへ滴り落ちた。内臓が引っ掻き回されているような苦しさ。息をするだけで、身体内の臓器が引き裂かれるような、辛さ。そしてそれはまるで、心臓を締め付けられているような、…。
は暫くの間極限まで見開かれた瞳で、四つんばいになって床を見つめていたが、やがて憎しみからだろう。ギラギラと燃える様な目付きでピーターの方を睨みつけた。

「紅茶、に…何か入れたね?…謀ったんだね…っ!?」
「フフ、クスッ騙される方も悪いよ」

ピーターは飄々と言ってのけ、それからの方に杖を突きつけて彼女にゆっくりと歩み寄ると、優越感に満たされた表情で(現に彼は今、満たされているだろう)を楽しげに見下ろした。笑い声が止まない。その、気持ちの悪い程の笑みに、は吐き気がした。

、僕ね。ヴォルデモート様にその毒の効き目を止める呪文を教えて貰ってるんだぁ。凄い事なんだよ?…もし、がこっちの仲間に入るっていうんなら、止めてあげても良い。むざむざ死んじゃうよりずっとマシでしょ?フフッ、ほら…どうする?ねえ?」

ピーターの台詞に、表情に、全てに、虫唾が走った。尚も睨みつけるが、けれどもピーターには効果が無い。優越感にこんなにも浸っているのだ。杖先をの喉に突きつけて、二つの選択肢を飄々と与えたピーターはさぞかし今が一番幸せな時だろう。の命を、殺すも生かすも自分次第なのだから。ピーターはうっとりと何処か夢見心地の瞳でを見下ろし続ける。その間も気持ちの悪い笑みは絶やさない。

「ねえ、どうするの?このままじゃ本当に君、死んじゃ」
「エクスベリアームズ!」

返答の無いにピーターがまた面白そうに言葉を紡いだときだった。それを言い終わるより先に、は血で濡れた自身の杖を彼に突きつけて早口で言ってのけた。次の瞬間、ピーターの杖は高く飛び、彼の体も吹っ飛んでバァン!と大きな音を立てて壁にぶつかった。それを見て、は顔を歪めて、笑う。…痛くてなのか、憎しみからなのか。多分両方だろう。どうしても普通には笑えなかった。

「はっ…これが、あたしの答え、よ…帰って最愛のご主人様に伝えれば?」

皮肉たっぷりの言葉に、壁にぶつかった腕を押さえながらピーターが弱々しく立ち上がり、悔しそうに眉根を寄せた。





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