Good old days-----09
「楽しかった?嬉しかった、でしょ?…あたしを、こんな形で、見下す事が、で、きて…。人より、優位に立てる…事、なんて、殆ど…無かった、もんね?……狂ってる、よ。…ハッ。…ピーター、アン、タ…はね、あたしを…闇の陣、営に…入れる…どころか…あたし、…を、殺す事…さ…え、出来なか…った、のよ……今、に………わかる」
「…………な、何…負け惜しみ、言って…!…もう、駄目だよ。、君は此処で、僕に殺されて、死ぬんだ。僕が君を殺すんだ!」
「いいえ、…あたし、は…死なない……ピーター…アナタ、が…あたしを……わ、すれ、た…頃、……あたし、が…アンタを…今、の…あたしの…ように…同じ目に、合わせて……やるから…」
「…………………う、そだ……そんなの、ただの作り話だ!」
「なら……そ、う…思えば……い、…い。……いず、れ…本当だ……た…って、…わか、…る……から」
の言葉は、何処か恐ろしい程に真実味を持っており、ピーターはガクガクと震え上がってしまった。彼女の話を嘘だと否定をしているが、の瞳はどうしても全て嘘だと思うには、余りにも衝撃的だったのだ。恐ろしいものを見るような目でを見つめる。しかし、の言葉とは裏腹に、どんどんの身体は衰弱していき、言葉も途切れがちになっていた。は、力ない瞳で口からは真っ赤な血を流しながらそれでも必死に拳を握り締め、ピーターへの怒りを形にしている。けれどもやがてそれも無くなり、だらりと。無防備に床に投げつけられた手は力なく横たわっていく。
意識が朦朧としてきた中で、はただ宙だけを見つめていた。出血は止まらない。苦しいだとか、辛いだとか、痛いだとか…そんな感覚は既ににはわからなくなってきていた。
は最期の力を振り絞って、横たわっていた手をそっと動かし、自身の胸に当てると、その瞳をゆっくりと伏せた。
ああ、この身体とも、お別れか。漠然と、思う。生まれてから、21年、思えばずっとこの身体で見聞きし、色んな事を学び知り、そして皆と出会い、生きてきたのだ。
自分の身体が愛しいと思うのは、何とも変な感覚ではあったが、けれども、本当にそうは思った。
自身の容姿が差して好きでも嫌いでもなかったけれども、こういった状況になると、このシルバーグリーンの髪も大切に思うのだ。
じわり、と…は目頭が熱くなるのを感じた。
もう……皆と…話せない、なあ。…笑い合えない、なあ…喧嘩、も……出来ないなあ…。
がもう一度生まれ変わるのは、ヴォルデモートを倒すため、目の前にいる憎い男を殺すため。生まれ変わったら、もう自分の正体を明かすことさえ出来ないだろう。・ディーンは今、此処で死ぬのだから。
『結婚でもする?』
不意に、思い出される…そう遠くない出来事。まるで、何処か遊びに行こうと言った軽いノリの台詞。「莫迦ね」と返した自分。
「………ッ……リーマ………」
こんなことなら、あの時、戸惑ったりしないで、ちゃんと言えば良かったのにね。
「…………っ…ふ……」
自分は今、泣いているんだろう。薄れていく景色の中で、は何となく思っていた。それから、ゆっくりと、もう殆ど滲んだ瞳をゆっくりと壁際にいるピーターに移す。その瞳には先ほどの憎しみは感じられない。あるのは、悲しみ、かもしれない。
「ね……ピー、ター……み……皆………ピーター…………大好き、……………だった、の…に………………ど、お…して?」
どうして?その問いかけにピーターが応える事は無かった。は虚ろな瞳で視線を窓に向ける。
ぼやけた中でもくっきり見える窓から切り抜いたように見える街並は、クリスマスの色に染まり始めている。葉を落とした木々は、少し寒そうだけれども、其処には色とりどりの装飾が施されていた。ああ、きっと夜になったら光るんだろう。それはもう、美しく、優しく、包み込むように暖かく。世間を、皆を、幸せにしてくれるのだろう。は思った。
そして、直に来るクリスマスには、個々の家に潜むサンタクロースがわが子の為に顔を出す。『サンタクロースは眠らないと来ない』そんなのおかしいのに、子どものころは何の疑いもなしに信じて眠っていた。
残念、だなあ……あたしも、いつか…サンタクロースになるのが夢だったのに。
幸せな顔して、サンタを思いながら眠る子どもの傍らに、抜き足差し足で忍び寄って、そっとプレゼントを置く。そして、振り返った先に立っているリーマスだったら、どんなに嬉しいか、って。
ああ、そんな――願いもあった、なあ。
『結婚でもする?』
最期の最期に浮かぶのは、やっぱりあの時のリーマスの表情だった。『しよっか』もう伝わることの気持ちを、伝えられなかった本音を胸の中で紡いだ。もし、そう言ったら、リーマスは驚いただろうか。最期の最期まで、結局リーマスの事しか考えてない自分が、どれほど彼の事を思っていたのか思い知って、は心の中で苦笑をもらした。
閉じられた瞳が、再度開かれる事は、もう、本当に無かった。
チラチラと降り注ぐ粉雪は、音も無く降り積もり、リーマスの肩や頭にも落ちていった。リーマスは凍るように冷たいそれを払うこともせず、ただ、呆然と目の前にたたずんでいる白い十字架を見つめていた。瞬きする事も忘れて、ただ…それを見つめる。
「………仲、良かったから……並べた、から……だから、色々、話せば良いよ」
ポツポツと区切るように言いながら、そっとその墓に傘を立てかけた。彼女が寒くないように、と。傘を立てかけられた隣にたたずむのは、彼女の仲の良かった妹、アリア・ディーンのまだ新しい墓。
柔らかいシルバーの髪と、口許に覗く八重歯が可愛らしい少女だった。その姉は、透き通るような妹のシルバーの髪に薄緑色をグラデーションしたような長い髪を靡かせる、とても綺麗な人だった。
彼女の部屋で遺体は発見されたが、彼女が最期に人と会ったのが一週間前にも関わらず、酷く腐敗しており、誰なのかもわからない状態だったそうだ。けれども、床に飛び散ったまだ新しい血痕からは、明らかに致死量に達しており、そして、それは紛れもなく…・ディーンのものだったのだ。
「……………、……ねえ、どうして?」
リーマスは、頬に伝う涙を拭う事もせず、情けなく苦笑を滲ませて彼女に問う。けれども、その問いが返されることは無い。それでも、リーマスはただ、白い十字架を見つめ、問いかけるのだ。
「……………嘘だろう?」
あの夏の日、この同じ場所にはいた。腕の中に簡単に納まってしまうほど小さくなって、泣いていた。温かかった。確かにそこで、温度を持って感情を含んでは生きていたのに。――普通の人以上の人間らしさをもって。
それなのに…皮肉なほどに、今リーマスの前に佇む小さな十字架は、ただの氷のように、冷たい。
理解すれば理解するほど、リーマスの瞳からは涙が止まらなかった。けれど、理解すると同時にきっと…完全に受け入れることは、おそらく一生出来ないのだろうと、思う。
「…莫迦、だな…僕は」
言いたいことがあったのだ。伝えたいことがあったのだ。けれど、その言いたい人物は…伝えたい人物は、もう、居ない。永久に、言うことは出来ない。永遠に伝える事が出来なくなってしまった。…チャンスは、星の数ほどあったはずなのに。……けれども、もう、永久にやってはこない。
『…もしかしてずっと傍に居てあげないと駄目なのかしら?』
不意に、の声、表情が浮かび上がってきた。
「……そうだよ、…だから、…僕に言ってくれよ……もう一度」
同じ声で。おかしそうな、けれども優しい笑顔で。それでも、リーマスの願いは、ただ、空を切るばかりだ。返事が返って来ることはやはり無かった。
「……っ」
あの、夏の日と同じように、静かで立派な樹木がそこに一本佇んでいた、けれどもあの時とは違い、沢山の葉は枯れ落ちている。――涙が、溢れた。白く降り積もった雪に彩られた木は、柔らかに舞い落ちる光に照らし出され、輝いていた。
そう、まるで…同じだ。
記憶に残る、鮮やかな日々。忘れる事などきっと自分には出来ない、幸せな日々。あの笑顔。あの泣き顔。あの呆れたような、けれども優しく見守るような表情も。…いつも、自分のローブの事ばかり気にしていた顔も…態度も。
言動、全て。
「………っ」
そう、それは丁度あの木のように、煌めいていた。リーマスの中に残るは、あれと同じように、色褪せる事無く、今も輝いているのだ。おそらく、一生忘れる事など無いであろうと思えば思うほどに、確かな痕跡を彼の胸の其処に刻みながら。
『…今度、縫って上げるわよ』
もう、果たされない、果たされる事の無い約束が、リーマスの胸を過ぎった。
こんなにも、自分はの事が好きだったのだ。想えば想うほど、伝えられなかった悔しさが、後悔がリーマスの胸に圧し掛かるのがわかった。
― Fin