イトオシイ





お気に入りの先月買ったばかりのフリンジブーツに、今だ人気の衰えないショートパンツ。生足は寒かったからカラータイツに、上はロックテイストのTシャツにニットコートをコーディネートした自分の服装を、待ち合わせ場所から見えるウィンドーから何度も確認する。
最近殆ど仕事仕事仕事と仕事三昧を送っていた所為か、最近の流行と言うものをあまり把握していない。勢いで買ったものの、本当に大丈夫なのかと心配になって、何度も自分の姿を確認していた。
店員さんには『コレ、トレンドなんですよ』とか、『こちらの商品直ぐになくなっちゃうんですよぉ』とか言われて、ああ、じゃあコレを…なんて買ったは良いけど、本当にこのファッションは大丈夫なのか。鏡を見直す度に不安な気持ちが押し寄せてきた。ああ、やっぱり自分に似合わないような気がする。さすがに女の子女の子した服装はあまりにも今日と言う日を待ち望んでいました!って感じがして、少しボーイッシュな服装を選んだつもりだが、それがまた可笑しい、気がしないでもない。
ちらちらと待ち行く人を見てみれば、確かに柄タイツは人気のようで、若い女の子が履いている姿を確認する。ショートパンツも然り。ブーツだってそうだ。けれど、何か、何かが違う気がする。そう考えて、結局器の問題だろうという事がわかった。

ああああ、やっぱり似合わないよ、あたし、やっぱ普通にTシャツにパーカとジーンズでくれば良かった…!

時刻を確認すれば、もう少しだけ時間はあるようだ。でもホテルに帰っている時間は到底無い。となれば、近くのお店で適当に何か買って着替えるか?そう考えていたときだ。、とあたしを呼ぶ声が聞こえて―――一瞬、心臓が高鳴った。ああ、どうやら間に合わなかったようである。聞き覚えの充分ある声が聞こえて、嬉しいが、もう少し遅かったらとほんのちょっとだけ思った。静かに振り返る。

「クラ……ピ、カ?」
「なんだ、その疑問系は」

思わず、目を疑ってしまった。自分の服装が似合う似合わないの問題で悩んでる事、一気に吹っ飛んでいまや目の前にいるクラピカの格好に釘付けだ。
訝しげな声が聞こえたのが解ったが、寧ろ怪訝になりたいのはこっちだ。と思った。勿論それは声になって出てこなかったのだけれど。

「い、いや…ヒサシブリ、です」

これは突っ込んで良いのか、悪いのか。とりあえずその話題には触れずににこっと笑って挨拶をすると、どうやら顔が引きつっていたらしい。「趣味なわけじゃない」と、不機嫌な声が返って来た。

「念のためだ」

更に続く台詞に、あたしは一瞬きょとんとしたが、今のクラピカの状況を知っているので、こくりと黙って頷いた。それから何か気の聞いた台詞を…!と馬鹿みたいに考えて「に、似合うね!」最大級の褒め言葉のつもりだったが、クラピカは嬉しくなかったらしい。綺麗な顔が歪められると、「さっさと行くぞ」と早足に歩き出した。

「ま、待ってよクラピカ!」

先を行くクラピカを早足で追いかけて、横に並ぶ。そして目に映ったクラピカの手。あ、どうしよう。手を繋ぎたいと衝動的に思ったけれども、今の姿を見ると、ちょっと気が引ける。ちらりと、先ほどじっくりと見たクラピカの全身を見つめると、本能的に出た掌をクラピカの手に合わせることは出来なかった。

どっからどう見ても、完璧に女の子である。
地毛と同じ金色の長いウィッグをポニーテールにしている為、元からの白いうなじがちらちらと見え隠れする。
その所為か服装的にはカジュアルなそれなのに、何処か色気さえも感じさせられた。
道行く人が、クラピカをチラチラ見ているような気がするのは気のせいじゃない。

フッツーに可愛いもんなぁ…

スラリとしたスタイルと、整った顔立ちの所為か、男としては小柄でも女としてみれば、見事なモデル体系だ。
隣で歩く自分が惨めになってしまうほど。

ああ、やっぱりこの服、失敗した。

久々にクラピカに会えるって、馬鹿みたいにはしゃいで買ったお気に入りのブーツを見つめて、今すぐにでも帰りたくなる。別に、会っていちゃいちゃしたいとか、そういう事を考えてたわけじゃないけど(いや、ちょっとは考えてたけど!)それでも手ぐらいは繋ぎたいなぁとか、ちょっとでも触れてたいなぁとかは思ってたわけですよ。
お互いに就職して、本当に会うのはすんごい久しぶりで。電話やメールなんかほっとんど出来なかったから、久しぶりに貰ったクラピカからのメールは凄く嬉しかったのだ。勿論内容は今日の件だ。

デートだって。思ってたんだけど、なあ…

凄く自分が惨めだ。そう思っていたのは自分ひとりだけだったのだろうか。何ヶ月か振りに会うからって、朝早くに起きて、ばっちり化粧してきた、のに。別に、褒めてくれるタイプだなんて思っては無かったけど。

近くに居るはずなのに、何故か凄く遠い気がして。触れられる距離に居るはずなのに、手が届かない。もどかしくて、しょうがない。無言で歩くあたしとクラピカは、騒がしい街には不釣合いなような気がしていた。
本当は、いっぱい喋りたいことも沢山あった。コレ言おう、アレ言おう。クラピカには何を聞こう。そして何を聞かせてくれるんだろう。色々考えていた。
こんな事くらいで気分が下がってしまう自分が凄くいやだ。かといって、上げられるほど器用じゃない。

「!」

下を向きながら歩いていた所為だろう。前の障害にぶつかって、あたしは少しだけよろめいた。
障害と言うのは勿論前を歩いていたクラピカだ。
顔をあげると、ずっと前を向いていた筈のクラピカの体がこちらを向いていて、ドキリとする。
「どうした」と掛かる声は、前となんら変わらない。
それなのに、何故か泣きたくなった。ん、何も変わってない事に安心したから泣きたくなったのか。良く解らなくなって、あたしはただ首を横に振る。
けれどもそんなのに騙されてくれるクラピカで無い事は良く解っていた。ポン、と頭の上に乗せられた掌は先ほど触れたかった手。クラピカの温かい温度が伝わってきて、あたしは顔を伏せた。、またあたしを呼ぶ声が聞こえる。
瞬間に、覗き込んでくる、顔。驚いて後ろにのけぞりそうになった。

「何でも、ないったら」

フイっと顔を背けると、困惑した声が聞こえてきて、少しだけ罪悪感が過ぎる。
別に、クラピカは悪くない。
変装しなくちゃいけないのは当たり前だ。今、彼は狙われているのだから。
下手に街中で遊んでなんかいられないだろう。それなのに、忙しい筈なのに合間を縫って会ってくれたのだ。
それだけで感謝しなければいけないのに…。頭ではわかっているけど、心がついていかない。
それでもあたしはクラピカを困らせたいわけではない。チラリと顔を上げて、黙り込んでいる(けれども確実に困っているだろう)クラピカを見て、ズキっと胸が痛んだ。

「ごめん、ほんとなんでもないの。行こっ」

にこっと、出来る限りの笑顔をクラピカに向けて、今度はあたしの方が前に出た。

「おい、

声が掛けられたけれど、振り向けない。
クラピカの呼びかけを遮って、「あー、この服可愛いね!」とかさして思ってもないのに、ショーウィンドウを見つめて言った。
本当に、上手く行かない。本当はこんな気持ちでデートをしたかったわけじゃない。
どんなに可愛い服着たって、どんなに可愛くメイクしたって、心から楽しめなかったら意味がないのに。
ウィンドウに写る自分の顔はひきつったぶっさいくな笑顔。その後ろから、クラピカが近づいてくるのが解った。

「ごめんね」

さっきより、重たい謝罪に、クラピカの足取りも重くなった。
ショーウィンドウに両手を添えて、ポツリポツリ呟くそれは、今までの本音だ。

「クラピカが悪いわけじゃないの。ただ、あたしが自分勝手なだけ。久しぶりのデートだってすっごく楽しみだったの。なのに、現れたクラピカは…女のあたしより全然綺麗だし。周りの皆がクラピカ見てるような気がして」

目の前に飾ってあるフェミニン系の服装を見つめていると、ザっと小さな音がして、振り向く前にそっと抱きしめられた。コツン、とクラピカの額があたしの肩に凭れ掛かるのが見えて、それから小さな謝罪。「すまない」と出会った頃より少し低くなった声で紡がれてドキリとする反面、だけどこんな格好じゃあ女同士でいちゃついてるだけにしか見えないから良いのかな、とか不安になったりして。

「周りの人に変な顔されてるよ…」

今だ離れないクラピカにほんのちょっとだけの抗議をしたら、言わせとけば良い。なんて返事が返って来た。
あ、なんかちょっと嬉しいかも。なんて思う。
そんな一言で、機嫌が直ってしまうんだから、本当に自分は現金だと思う。
お腹に回されたクラピカの温かな手に自身の手をそっと重ねると、クラピカの顔が上がった。
ウィンドウ越しに目が合う。

「えへへ」

照れくささから思わず笑うと、クラピカも照れ隠しだろう。あたしの右手を引っ張って、ほら行くぞって歩き出す。
さっきまでは人目を気にして手さえ繋げなかったのに、本当現金だ。

「うん!」

結局は、どんなクラピカだって好きなんだ。





― Fin





後書>>何が言いたかったかと言えば、結局どんなクラさんも愛してますよって話(笑)
2008/11/07