手の届く距離





今日も今日とて、ボスの援護。バカ高いホテルにチェックインして、本日のお勤め終了。クラピカどうしてるんだろう?不意に、気になって、せっかくベッドに寝転んだけれども、すぐ起き上がった。最近、ノストラード氏に結構言われてるみたいだし。…しかも、なんかちょっとやつれてたし。そんなことで本来なら倒れるような人ではないけれど、さすがに心配になる。センリツも『精神的なものからくるんだと思う』と、忠告してたことも思い出した。

コンコン、きちんと部屋番号も確認して二、三度ノック。ノック音はシンと静まり返った廊下に響いたので、絶対中の人には聞こえるだろう(それでなくてもクラピカは神経質だ)けれども、暫く経っても返事はなく、もちろんオートロックのドアが開くこともなかった。…出かけてるのかな。それとも電話中?防音設備の整ったホテルでは無意味とも思いながらも、ドアに耳を押し当ててみる。うん、やっぱり聞こえない。結構耳は良い方だけれど、(センリツには負けるけど!)息の音も聞こえなければ、人の歩く音も聞こえない。ここに人(この場合クラピカなのだが)がいる確立はかなり低いと判断。
仕方が無いので、隣の部屋をトントン、とノックすると、数秒後カチャリとドアが開け放たれた。「おうどうした」揚々とした声がかかって、んー…クラピカいないかと思って。とバショウの先ほどの質問の答えを返す。そしたら、おっきな手が私の頭をわしゃわしゃと撫でて「おめークラピカ大好きだなー」なんてガッハッハと笑いながら言うから、なんか子供扱いされてるみたいで癪だったので、スネを思いっきり蹴ってやった。「いって!」バショウの声が思いのほか廊下に響いたけどそれを軽やかに無視してやった

「で、いるの。いないの。どっちなの」

ジロっとにらみつけると、いねーよ。って答え。スネをさすってるところからして、結構痛かったのかな?と思うけどそれくらい念でガードできないあたりまだまだの証拠だ。クラピカがいないと言う事実で、思いのほか機嫌が悪くなって心の中で毒づく。「そ」出た声は自分でも驚くほど低かった。

「そう怒りなさんな」
「別に怒ってないし。てか頭撫でるのやめてよ。髪の毛ぐしゃぐしゃになる。セクハラで訴えるよ」
「おま!ほんとクラピカ以外にはつめてーよな。とりあえず仲間だろ仲間」
「……むぅ」
「ほら、拗ねんなって。…クラピカならいねえけど、アイツ空気にしてたから、星でも見てんじゃねーか?」

まあそんなロマンチストなんか知らんがな。とバショウが茶化すように言った。けれど、有力情報だ。私はバショウにありがとう!ってお礼を言って、きびすを返す。

「あ、あと、スネ蹴っちゃってごめんね!」

気分が良くなって、去り際にああそうだと付け加えると、「…はほんと現金だよな」とバショウがつぶやくのが聞こえた。…独り言のつもりだっただろうけど、バレバレですよ。思ったけど、情報をくれたのだから聞こえてない振りをしてやることにした。これでクラピカ見つからなかったらどうなるかわからないけど。









歩き回って、すぐ見つかるなんて思ってなかったけど、ほんと一体どこいるんだよ。よくよく考えると星が見える場所なんていくらでもあるわけだ。その中から見つけるなんて至難の業だ(しかもここには今日着いたばかりだ)星、かあ…なんとなく、空を見上げる。この星を、クラピカはどこで見てるんだろう。諦めかけたその時だった。「あ、発見!」金色の揺れる髪の毛。空き家と書かれた札が立っている家の屋根の上で、ぼんやりと空を見上げているクラピカの姿。

「…何か用か

屋根に上って、さあクラピカに声かけるぞってとき、反対に声をかけられてしまって、驚く。なんでわかったの?と問いかけると、「突然絶なんかされたら、誰だって誰かが近づいてきていることくらいわかるさ」その表情は私を見ることなく告げられた。

「で、でもだからってなんで私だってわかったの?」

絶をやったのはやっぱり失敗だったか。緩みきってるクラピカなら大丈夫だと思ったんだけどなー。と心の中で舌を出す。じっとクラピカを見つめると、ふ、っと表情が緩んだ。あ、その顔、好き。

「私を探しにくるなんて物好きは、しかいないだろう?」

やっとこっちを向いたクラピカの表情は綻んでいて、本当は物好き呼ばわりされたので怒ってやらなくっちゃって思ったけど、思いのほかその顔が嬉しくって、へへ、って笑ってしまった。隣良い?って聞きながら、でも答えは聞いてない。クラピカの返事を聞く前に隣に腰掛けた。
小さく風が揺れて、クラピカのイヤリングを小さく揺らす。じっと見つめていると、クラピカが「なんだ?」ともう普通のポーカーフェイスに戻っていた。見つめすぎてて嫌だったかな、ってちょっとだけ反省をして。

「いや、…やっぱりちょっとやつれてるかなって思って」
「そんなことはないさ」
「無理、しないでね?」

じっと穴が開くほどに見つめると(実際クラピカの顔に穴が開いてしまっては嫌だけど!)クラピカが私の言葉に、一瞬だけ目を見開いて。「無理等してない」とあっさりと言ってしまうから、切なくなる。どうやっても私はクラピカの頼りにはなれないのかな、と。

「そう、だよね…。クラピカは無理、しないでねって言っても絶対しちゃうんだよね」

そう言わせてしまうのは頼りない自分たちのせいだ。一人で生きてくしかないと、誰も頼らないとそう心に誓わせてしまうのは、クラピカを孤独に追いやるのは、私が弱いからに過ぎない。そう思うと、悔しくて、悲しくて、切なくて、苦しくて、辛くて。
ぎゅ、っと唇をかみ締める。、とクラピカの声がする。こんなに優しい声が出せる人を、守ることが出来ない自分が歯痒くて。「クラ、ピカ」クラピカの言葉をさえぎるように名前を呼んで。

「でも、だからって一人でどっかに行っちゃわないで。…置いてかれるの、悲しいよ。待つしか出来ないのは、辛いよ」

泣きそうになる、なんて。だから自分は頼りにされないのだ。わかってるから、絶対泣かない。泣くもんか。

「クラピカはまるで、お星様のようで…いつか手に届かなくなっちゃいそう」

そりゃあクラピカに比べたら全然弱いし経験も浅い。でも、私はクラピカの役に立ちたい。たとえそれで大怪我したって平気なくらい、クラピカを好きだ。だから、いなくならないでほしい。

言ったら、クラピカは暫し黙って、私も何も言わなかった。突き放されたらどうしようって言う不安から、だ。うつむくと、ちょっとして絹きれの音がして、そっと、クラピカの手が私の顔に触れた。えっと顔を上げると、「泣いてるかと思った」なんて、言うから。危うく泣きそうになった。「泣かないよ、」強がりはきっとクラピカにはバレてるんだろう。それでも気づかないふりして、クラピカは苦笑する。

、ありがとう」
「ん…」
「だが、私のために怪我をしても良いなんて、言わないで欲しい」

「でも、だって」クラピカの否定的な言葉に、とっさに声が出た。…だって、本気なのだから。嘘でも冗談でもない。それくらい、強い意志でクラピカの役に立ちたいと思っているのだ。どうやったらこの気持ちが伝わるんだろう…。もどかしい。けれどもそんな私の気持ちには気づいてるとでも言うように、クラピカはたおやかに笑って(二度目、だ)

「私は、を置いて、どこにも行きはしないよ」

ふ、って余りにも優しく笑うから、ついに泣いてしまった。あーあ、プロハンターが、聞いて呆れる。でもクラピカのこととなるとどうしても私弱くなってしまう。涙がほほに触れたままのクラピカの手に伝った。「泣かないんじゃなかったのか?」意地の悪い質問に、ブンブンって頭を横に振って、ぎゅ、っとクラピカの手に自分の手を重ね合わせる。「これは、うれし涙だから、良いの…っ」

「…今、触れられる距離にいてくれることが、すごく嬉しくて幸せだからっ」

願わくば、この日常がいつまでも続きますように。流れ星に願いを込めた。





― Fin





2009/01/04