辺り一面が柔らかなピンクに染めあげられる



まるで、お伽噺の国にでも迷い込んだように、幻想的で。そこで私は、運命を感じたのだ。



恋をした

桜並木道にて




今年の、4月の出来事だった。新しい制服に身を包み、今日から高校一年生。気持ちも新たに、先陣切って飛び出した。いつもよりも早く家を飛び出たのはそんな理由から。学校へ行く通学路には、途中沢山の桜の木があった。道を挟むように幾本モノ桜の木々。満開の桜のおかげで、見事な桜の花道が出来ていた。その光景はとても幻想的で―――まるでココだけ別の世界のようなそんな錯覚さえ感じさせるほど。
そこで、彼と出会った。
桜吹雪の中に佇み、そっとそれを見上げる人。男の人を綺麗だと思うのは、それが初めてだった。

「…ん」

余りにも美しすぎて、目が離せなかった所為か、彼は私の視線に気づいたようで、こちらを向いた。ぶつかる視線にドキリと胸が高鳴って、私は息を細めた。すると彼は顔だけではなく身体ごとこちらに向き直ると「―――見ない顔だな」と一言呟いた後

「新入生か?」

と、問いかけた。その質問にはじかれたように「は、はい!」と頷いた。張り切りすぎた声はいつも以上に高く感じられた。よくよく見れば、同じ学校のブレザーだと言う事に気付いて―――今のやり取りからして、先輩、なのかもしれない。控えめに彼を見つめ「先輩、ですか?」今思った疑問を口にすると彼は肯定の言葉を漏らした。

「こんなに早い時間に誰かと出くわすとは思っていなかった」
「あ、…なんか、今日から高校生だと思ったら、いても経ってもいられなくなりまして」

でも、今日は早く来てラッキーだったと思う。こんな素敵な情景を見ることもできた。今ならではの景色だろう。次々に舞い落ちる桜の花びらは、それほど幻想的だった。一時のものだから余計に儚くそして美しく感じられるのだろう。「綺麗、ですよね」きっと、今日こんなに早く出る事がなければこんなにじっくり見る事等叶わなかっただろうから。ぽつりと呟くと、先輩は「ああ」と言葉少なに返事を返してくれた。ちらり、と見つめると先輩は見つけた時同様に静かに桜の木を見上げていて。

「先輩、は…どうしてこんな時間に?」

不躾な質問かとは思ったが(だって出会って数分の仲だ)問うてしまった。すると先輩は一度私を一瞥すると、また桜を見つめ部活の自主練習をしようと思って早く出たと教えてくれた。

「だが、…あまりに綺麗な開花だったのでな、…こうして足を止めてしまったと言うわけだ」

低く、けれども心地よい声が耳を刺激する。私はその声に聞き惚れながら、先輩の見ている桜を見上げた。風が吹く度に、枝の先の花びらが靡く。それに伴い数枚の花びらが空を舞う。静かな空間。まるで切り取られた絵画のように私達が喋らなければそこは静かで、耳を澄ませば木々のざわめきが感じ取れる程だった。







「そろそろ、行かねばならんな」

そう言ったのは、先輩だった。はっと気付けば、まだ早い時間ではあるけれど、結構な時間をそこで過ごしていた事に気付く。慌てて先輩の言葉に同意して―――歩き出す。二人一緒に。なんかそれが変な感じがしたけれど、でも目的地は一緒なのだからこうなるのは必然なんだろうな。歩き出した先輩に後れを取らないように早足で歩きだす。すると、先輩が私を見て瞬間、歩幅がゆっくりになった、気がする。

「え、あ」

とっさに声を出してしまったものの、一体何を言えば良いのだろう。お礼を言う事がまず一番に思いついたけれど、でもそれも私の勘違いだったら恥ずかしい。「…急がずとも、間に合う」すると私の気持ちを読み取ったかのように、ポソリと呟かれた台詞。ああさっきの私の考えはどうやら正解だったようだ。

「有難う、ございます」

お礼を言うのなんて、初めての事じゃないのに、妙に畏まってしまって…そして、今までで一番どのお礼よりも緊張が走った。そのあとに私と先輩との間に訪れるのは、沈黙。経った数十分前に出会った人だけれど、その数分で彼が話上手ではない事が頷ける。私は特別人見知りと言う訳ではなかった、けれど

ちらり、と先輩の横顔を盗み見る。本当に端正な顔立ちをしていらっしゃる。

そう思うと、中々話をかける事が出来なかった。他の初対面の人だったならどうだっただろう。前に初対面の人と打ち解けた時の事を懸命に思い出そうと試みたけれど、まるで思い出せなかった。沈黙は続く。それでも、居心地の悪いものではない、ような気がする。
また、ちらりと先輩を盗み見る。すると先輩はその視線に気づいたように私を見下ろした。「なんだ」淡白な言葉が返ってきて、私は狼狽した。だって、綺麗ですね!とか、そんなの言える雰囲気じゃないもの!結局私は幾度か視線を宙へさまよわせた後、「桜!ずっと続いてるんですね!」と無駄に明るくふるまった。変な切り返しだと自分では思ったのだけれど、先輩は少し間を含んだ後「ああ」と小さく頷く。

「去年の今頃も、こんな調子だった」
「そうなんですか」
「…今日の様子が、去年と重なって、少し感慨深く感じたのかもしれない」

心地よい低音が私の耳をくすぐる。先輩の言葉は本当に懐かしんでいる様子で、胸がきゅっとなった。一年前の光景、なんて新一年生の私には想像できないのが、ちょっと悔しい。「きっと、去年のこの時期も、とっても、素敵だったんでしょうね」目をつぶってどうにか想像しようとすると、「ああ。それは勿論」先ほどよりも柔らかく感じる声が、私に届いた。居心地のよい、どこか安心させるような声に、思わず笑みがこぼれる。

「―――そろそろ、着くな」

さっきまでの柔らかな声は消えたのは、それからすぐしてだった。先輩の見つめる先を真似して見ると、試験の時、そして先日行われた入学式のときに見た、あの校門が目の先に映る。これから三年間お世話になる、高校。でも嬉しいはずなのに、私の心はどこか残念な気持ちを占めていた。なぜそう思うのか、もう私にはわかっている。右隣を見つめると凛とした姿で歩く、男の人。校舎に入ったら、きっと話す事なんて出来なくなってしまうだろう。だって、先輩と私はたまたま通学途中一緒になっただけなのだから。そう思うと少し、足が重くなった気がした。

校門まで、あと数メートル。あと少しで彼とお別れ。ああ、あと数歩。思いながら、一歩一歩突き進む。そして、校門を潜った、瞬間。先輩は「では俺は部室に寄る」とわざわざ報告してくれた。だって、普通、しない。たかだか目的地が偶然一緒になった女に。そう思ったけれど、わざわざ声をかけてくれた事が嬉しくて、私はもう数メートル離れてしまった先輩に「あ、はい!」って大きく頷いた。「一緒に来てくださってありがとうございました!」少しでも彼の中で好印象を残しておきたかった。例え、一緒に登校しているつもりなど先輩にはなかったとしても。そうすれば、彼は一度私に振り返ると、じっと私を見つめて、それからまた私の方に歩みを進める。離れていた距離が、少しずつ縮まってゆき―――先輩の手が、躊躇なく私に伸びてきた。身体が、硬直する。見つめた視線はそらせないまま。な、何っ。先輩の掌が私の顔より下に降りて、微かに首に触れた

「っ」

思わずぎゅっと目をつぶると、先輩は「襟が、立っていたぞ」何食わぬ様子で、言い放った。え、っと目を開くと、先輩の手はもう離れてしまっていた。それから触れられたところを自分で確認する。鏡を取り出しているわけではないから、どうなっているかはわからないけれど、きちんと直してくれたようだった。一体いつから立っていたんだろう。恥ずかしさで顔が赤くなる。「ありがとう、ございました」深々と頭を下げると、先輩はいや、と短く言った後―――何故か顔を赤らめた。?と小首を傾げ先輩を見やると先輩は口許を手で覆って、

「……初対面の女子になれなれしい事をして、すまなかった。…いくら、制服の端とは、言え」

え!今、今言うの!?突然の先輩の謝罪に驚いてしまった。もしかして、この人、ちょっと天然入っちゃってるのかな?普通、触る前に、気づくよね!?色々ツッコミたい部分はあったけれど、でも顔を赤らめる先輩を見てたら、何故か私まで恥ずかしくなって、「い、いいえっ…た、助かり、ました」結局言えたのはよわよわしい声でそれだけだった。沈黙が流れる。

「…あー………」

気まずそうに言ったのは、先輩。それから、数秒黙りこくった後、「では、今度こそ行く」照れを隠すように、踵を返す。ああ、言ってしまう。そう思ったら、さっきまでは出なかった台詞が、口をついて出た。

「あの!わ、私って言います!こ、これからよろしくお願いしますっ!」

一体何をよろしく頼むのかは謎だ。先輩と同じ部活だとかそういう関係一切ないくせに。でも、言ってしまった言葉は取り消せない。ああ、もうなんか普通だったらこんなヘマしないのに。変な子だと思われてしまっただろうか。色々不安が頭の中を渦巻いた。

「…俺は斎藤一。…二年だ。同じ学園の者として、歓迎する」

先ほどの私の考えは杞憂だったようだ。先輩の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいて―――出会った時と同様に、ううん、それ以上に綺麗な人だと、思い知った。

「斎藤、先輩」

同時にどうしようもなく、惹かれてしまった。人生初の、一目惚れ。





― Fin





あとがき>>四月馬鹿企画第5段。思い立ったが吉日。突発的に追加up
斎藤さんは風紀委員だったので、制服の乱れを放っておけなかったのです(笑)

2010/04/01