死ぬ事なんて、怖くなかった
絡めた指が愛おしくて
特別、生死にこだわりなんて、なかった。ただ、僕は剣をふるってそれが近藤さんの為になるなら…それだけを思って生きてきた。近藤さんの為ならばどんな汚い仕事でも辛くなんてなかったし、結構命の危険がある仕事も幾度となくこなしてきたつもりだ。けれどどんな時でも、特別強く「生きたいから勝たなくちゃ」とは思わなかった。もちろん、死にたいと思っていたわけではなかったけれど。
とにかく、その場その場が一生懸命だったのだと思う。その場をどう切りぬくか。そしてその結果僕は今日(こんにち)まで生き残ってきたわけだけど。でもそれが勝利した僕には当たり前の出来事であったわけだし。だから、別に死ぬことなんて怖いことじゃなかったんだ。
「僕は、労咳で死ぬことが怖いんじゃない。…こんな身体になって、剣が振るえなくなって、近藤さんの役に立てずに最期剣客として死ねない事が怖い」
何故、そんな話をしたのか、僕自身謎だ。こんな話を、この子の前でする事ではない。そう思っていたのに、相当弱っているのかもしれない。「沖田さん…」僕よりも幾分も小さな身体が、小刻みに震えている。僕を呼ぶ声はいつも以上に弱まっている。そっとちゃんの方を見つめると
「なんで、君が泣くかな」
瞳からはいつの間にだろうか、大粒の涙が零れ、白い肌を伝っていた。僕に言われてからはっと気づいたようにちゃんは「す、みま…せっ」と涙を慌ててぬぐう。けれども涙は止まらないようだ。次々にあふれ出るそれをちゃんは何度も何度も袖口でぬぐう。きっと以前の僕ならば「うっとおしいなあ」とか「いい加減泣きやまないと殺すよ?」とか冗談でも言えただろう(いや、半分以上本気だけれど)でも、何故だろう。今は泣いてくれるちゃんを見て、どこか嬉しく思う。
きっとどこか自分はおかしくなったのかもしれない。
そう、死ぬ事なんて、ちっとも怖いことじゃなかったんだ。このご時世、斬って斬られる世の常。弱い奴は死んで強い奴が生き残る。そうやって僕は死闘の中生き延びてきた。いつも死と隣り合わせの毎日だったから、生に対してそこまで執着心はなかった。はずだ。
「…おかしいな」
ほんとうに、おかしい。いまだに泣きやまないちゃんの頬にそっと手を添えた。ビクリ、と小さな肩が上下する。それでも僕は気にせずそっと柔らかな頬に手を滑らせて「泣きやんでよ」と囁く。「お、きたさん」僕を呼ぶ声はいまだ涙声。でも、吃驚して涙が止まったようだった。
「ねえ、もし僕が死んだら…君は今みたいに泣いてくれるの?」
「っ、…莫迦な事言わないでください」
「泣いてくれないの?」
「…っだから!」
僕の言葉は彼女の怒りを買ってしまったと言う事は百も承知だった。けれども、きっと今日の僕はおかしいんだろう。続くだろうちゃんの言葉を遮るように、彼女の身体を胸の内に仕舞い込む。とさり、と衣擦れの音とともに、温かな体温が僕の身体に触れる。ちゃんが息を呑むのが、耳元で聞こえた。僕とは違う、華奢な身体が強張っている。ぎゅっと、力加減を間違えたら壊れてしまいそうに脆い。ああ、でもきっと脆いのは今の僕の身体も大差ないのかもしれない。どんどん進行していく病。着実に僕の身体を侵していくそれはいずれ僕の自由を奪う事になるのだろう。そうなったら、きっともう僕は剣をにぎる事はおろか、こうして、この子をこの腕に抱くことすら叶わない。
「…沖田さん」
「…おかしいなあ…剣をにぎれなくなることだけが、怖いと思っていたはずなのに」
それは、今でも変わらないのに。何故だろう。
「この手で、君に触れられなくなる事の方が、この上なく…怖いんだ」
「…っ」
「この腕で君を抱きしめられなくなることが、どうしようもなく怖い」
ぽつり、ぽつりと。今、僕はどんな顔をしているのだろうか。そして、ちゃんは何を想いこの言葉を聞いてるんだろうか。抱きしめた状態ではその顔すらわからない。けれど、耳に届くのは小さく鼻をすする声。本当、今日はおかしい。こんな話、するつもりはなかったんだ。「ごほっ」不意にこみ上げてきた痛みと共に何度か続けざまに咳を続けると「沖田さんっ!」一際大きく彼女が僕の名前を呼んだ。
「だい、じょうぶだよ」
「…うそ」
「心外だなあ」
言いながらも咳が止まってくれないから、こんな状況で言っても信じてもらえないんだろう。少し腕の力を弱めると、彼女が僕の顔を覗きこんできた。双方の瞳が僕をしっかりと映す。ああ、いずれ、この目に映る事すら叶わなくなるのか。言い知れない悲しみが込み上げてくる。…そんな気持ち、自分にはないものだと思っていたのに。そっとちゃんの髪の毛を梳く仕草をすると、彼女は更に顔を歪めた。これ以上泣かせないでくれ、とでも言っているような瞳が僕を見つめる。こんなだから、僕はいつも彼女に「意地悪しないでください」と怒られるんだろうか。
「ごめんね、今日の事は忘れてくれて良いから」
いつものように、軽く言ったつもりだった。
「忘れません!!」
そして、それでこの話は終わるつもりだったんだ、だけどそうさせてくれなかった。大きな声が鼓膜に浸透する。一見大人しそうな彼女の姿からは想像できないような声に僕は無意識に眉根を寄せると、彼女は僕の返答を待たずして、更に言葉を重ねた。「忘れられる、はず…ありませんっ」
「そんな泣きそうな顔して、言わないでください」
言われて、僕は笑っているつもりだったのに。と場違いかもしれないけれどちょっと驚いてしまった。ちゃんは僕の着物をぎゅっと握るとそのまま顔を僕の胸にうずめる。こんな積極的な行動を取る子ではないので更に別の意味で驚いた。
「…沖田さんは今、私に触れられなくなるのが怖いとおっしゃいました。…私も、同じです。私も沖田さんに触れられなくなるのは悲しいし怖いです。でも、だったら…今度は私から何度だって触れます。抱きしめられなくなるんだったら、今度は私から幾度も抱きしめます。だから、そんな泣きそうな顔、しないでください!」
ごめんね、なんて言わないで。だって気持ちは私も同じなんですから
消え入りそうな声で紡がれた、彼女の本音。ああ、本当僕はおかしいみたいだ。だって、彼女の気持ちがこの上なく嬉しく感じてしまうんだから。「ごめんね」言葉の後、遠慮がちに触れた掌が、僕の手をぎゅっと握り返す。こんなにも、僕は彼女を必要としていて、彼女も僕を必要としてくれている。今更ながら実感する。この右手は幾人もの人を斬り、近藤さんの為だけを想い使ってきた手のはずなのに、何故かな。ちゃんの手を握ると、彼女に触れる為にこそあるような、そんな錯覚さえ感じてしまう。…いつ死んでもおかしくなくて、もう剣すらも握れなくなるというのに、心がこんなにも穏やかになる。彼女の為に死にたくない、と願ってしまう。
でも
「……死んだら、なんて言わないで…っ」
呟かれたその言葉だけは、返事が出来なかった僕を、許して。
― Fin
あとがき>>3110さんを書こうと思って何故か出来上がったのが沖田さんと言うオチ。しかもなんだこれ。甘いの書きたかったのに。うまく書けない。NOT薄桜鬼のヒロインでやった所為か、もうなんかこう無茶苦茶。
2010/03/25