さくらの花びらを地面に落ちる前に三つ連続でキャッチできると、その恋が叶っちゃうらしいよ



そんな、ありきたりなおまじないなんて、どうせ嘘っぱちだろうとか、もし恋が叶っちゃったとしてもそれはたまたまだろうとか、色々思うところはあったけど、でも…そんな子供じみたおまじないをやってみようと思ってしまったのは、それだけこの恋を成就させたいから、だと思う。



桜サク

君は僕に盲目。僕は君に盲目




「う…んしょ!」

ひらり、幾度となく繰り返された行為。そのたびに私の掌を掠めるピンクの花びら。何度も何度もそれを追って、地面に落ちるまでの瞬間に何度もそれを掴もうと試行錯誤するんだけど、どうしてもうまく出来なかった。…私の足もとには無数の桜の花びら。また、失敗だ。思っていたよりも、桜の花びらを掴むと言うのは難しい。自分の手が花びらを掴もうとする風圧で、ひらひらと花びらは私の掌をするりとかわしてしまうのだから。
もう、何度目になるだろう。考えるのも億劫になってくるというのに、どうしてもその行為をやめると言う選択肢を選ぶ事は出来なかった。

だいたい、例え三枚連続でキャッチできたから、必ずしも恋が叶うって保障ないのに…。

しょせんはおまじない。誰かが広めた信憑性のないモノに過ぎない。そう心の中で冷えた考えをしているくせに、それでももしかしたら、とか思ってしまう自分は、単純なのかもしれない。いや、この恋を本気で成就させたいから、だ。でもどうすればいいかわからなくて、藁にも縋る想いってヤツ。だって、本気の恋だから。

「…たかだか3時間そこらで諦められる程、弱いものじゃないから」

ぽつり、と大きな桜の木の下で一人ごちる。ひゅう、と春風が木々を揺らして、また花びらがふわりと空を舞った。それをすかさず目で追って、同時に掌を差し伸ばす。素早く、でも慎重に。ひゅ、と息を呑んだ瞬間に私は手をグーの形に握った。握ったと言っても、そんな力いっぱいと言うわけでなくあくまでそっとだ。恐る恐る手を開いてみると其処にはピンクの花びらが一枚。一回目、成功なわけである。胸が高鳴る。続いて、二枚目が落ちてきたのはすぐだった。狙いを定めて、一枚目同様に優しく、でも正確に掴むと、見事キャッチできたようだった。

あと、一枚…!

これ以上ないくらい、緊張した。一枚目をキャッチするのは何度かあったけれど、二回連続は今回が初めてだ。最後、一枚。これがクリア出来たら、なんて言おう。ずっと心に秘めていたこの想いをどう伝えよう。「好き」なんてそんな一言じゃ伝えきれないこの気持ち。あの人の事を想うだけで、あり得ないくらい心臓が騒ぎ出して、胸の内では盛大な大合唱を奏で始めるのだ。
ふう、心を落ち着かせる為に目をつぶる。大丈夫、出来る。自己暗示だとはわかってはいたけれど、それでうまくいくならラッキーだもん。瞳を閉じて、そのまま何度か深呼吸。…大丈夫、大丈夫、大丈夫。

「…大丈夫」

最後に小さく呟いて、私はそっと目を開けた。ひゅう、と生温かい風が頬を撫ぜて、同時に落ちてくる…薄紅色のそれ。運命の一枚。私の心は穏やかだった。そして、狙いを定めて

ちゃん何やってんの?」
「!!」

突然振り落ちてきた言葉に、今までの穏やかさは吹き飛んでしまった。ざわざわと心がざわめく。集中力がとっさに切れて、私が掴むハズだった花弁は風に乗り、ひらひらひら、と私の掌を掠めて地面へと落ちていく。あ!と思った時にはもう地面まで2センチもない。慌ててしゃがみこんだけれど―――結果は、残念な方向に終わった。

「……」

折角、あとちょっとだった、のに。たったこれだけの事なのに。涙が出そうになる自分が凄く情けなく思う。またやれば良い。でもそういう問題じゃなかった。「ちゃん?」黙りこんでしまった私の名前を柔らかな声が呼ぶ。大好きな、声。いつもなら嬉しいハズの言葉。それなのに、今は返事が出来ない。「花びら掴みでもしてたの?」ぽたり、掌の中のピンク色の花弁に、一滴の水滴が落ちてその花を濡らした。ぽたぽた、と流れ落ちる、涙。ああ、もう。
大好きな人がいる目の前で、泣きたくなんかないのに。それなのに、その気持ちとは裏腹にぽたりぽたりと水滴が私の瞳からこぼれおちる。

「え、ちょっとちゃん…!?」

いつもとは違い、返事をいつまで経ってもしない私の様子がおかしいことに、先輩は気付いたようだった。覗きこまれた瞬間、ぼやけ眼に先輩と目がかち合って、瞬間、驚いてる―――大好きな人の、顔。こんな顔、滅多に見れない。その顔はいつも自信に充ち溢れているか、始終笑顔だ。紡がれる言葉も、いつも以上に優しい。「泣いてちゃわかんないんだけど、」困惑気味の声が降ってきて、私はふるふると頭を横に振った。それから、嗚咽交じりに「大丈夫」と言う旨を伝えてみる。が、どう見ても大丈夫には見えなかったらしい。ぐ、と両肩を掴まれて、顔を覗きこまれる。その瞳を、逸らすことはできなかった。

「何で泣いてるの」

僕の所為?続いた言葉に、私はとっさに否定できなかった。微かな動揺。それを見逃すはずもない。「…ごめん」先輩の声が低くなる。

「ち、違います!沖田先輩の所為じゃない、ですから!」
「嘘」
「う、嘘じゃないです!」

だって、これは私が勝手にやりはじめて勝手に出来そうな気がして、勝手に心乱されて失敗して、勝手に泣いてしまったに過ぎないんだ。だから、先輩の所為なんかじゃない。先輩は、何も知らないんだから。ぎゅ、とこぶしを握る。そうすると、先輩はじっと真剣なまなざしで私を見つめた後、ふ、と苦笑して

「…ちゃん、知ってる?…キミ、嘘着く時必ず初めの言葉どもるんだよ」

言われて、私は言葉を忘れてしまったかのように、先輩をただただ凝視する。こんな行動してたんじゃ、はいそうですって言ってるようなものだ。それは先輩にも伝わったらしく「ほらね」って、呆れたように言われてしまった「ち、違!」ああ、またどもってしまった。そしたら、先輩はやっぱり苦笑したままで、そっと静かに桜の木を見上げて―――一枚の振り落ちてきた花びらをそっと掴んだ。

「もしかして、」

先輩は花びらを見つめながら言葉を発する。その声はいつもとは違って抑揚のない声色。

「女の子達で流行ってるあの、おまじないやってんの?」
「!」
「…ビンゴ、みたいだね」

私は何も言わなかったけれど、私の表情を見た先輩はそれを肯定だと簡単に決め込んでしまった。違う、言いたかったけれど、口の中がからからに乾いてしまって言葉にならなかった。最悪、だ。知られたくない人物に知られてしまった。羞恥に、顔が赤らむ。そんな私をどう思ったのかわからない。先輩はまた落ちてくる花びらを優しく掴んだ。私があんなに一生懸命やってもなかなかつかめなかったそれをこうも易々と掴めてしまうんだから、やっぱり先輩って凄い。場違いな感動をしてしまって。

「失敗して、泣くほど好きな相手がいるんだ」

桜をバックにした先輩があまりにも綺麗で見とれていると、先輩は掴んだばかりの二枚目の桜の花びら見つめながら、淡々と喋った。その目は私を見ることはなく、ただひたすらに桜を見つめている。「…え、と」どう、答えるのが最善なんだろう。イエスと正直に言うべきか。でもそれでじゃあ誰なんだと言われてしまったら、今の私には隠し通せる自信がなかった。でも、だからと言ってこれを機に告白するなんてそんな度胸持ち合わせてはいなくて。必然的に黙りこくってしまうと、先輩はくすりと笑って

「…まあ、そんなの僕にはどうだっていいけど」

冷たい声に泣きそうになった。ああ、もう絶望的じゃない。その声から察するに、私は本当に先輩の恋愛対象にはなれていないんだと悟る。こんなんで、良くおまじないやろうなんて気になったものだ。さっきとは別の意味で泣きたくなった。でも、ここで泣いたら完璧に先輩に私の気持ちがばれてしまう。間接的にフラれてしまった後直接的にフラれるなんて、まっぴらごめんだ。ぎゅ、と涙を押さえるように奥歯を食いしばる。これ以上あふれ出る涙が、続かないように。

「三枚目の桜の花びらを連続でキャッチしたら、その恋は叶う―――んだよね」
「………は、い」
「じゃあ、これでおしまい」

言われた瞬間、顔をあげると、先輩の掌にそっと桜の花びらが舞い落ちた。まるで、スローモーションのように静かに、まるで其処に行くのが運命のように当たり前のように先輩の掌に包まれたピンクの花びら。それを先輩は優しく握ると、一歩、私の方へと踏み出した。また、一歩。近づいてくる先輩。私はただその行動を見つめることしかできなかった。

「これで、三枚目。…だから残念だけど、の恋は実らずじまいってことだよね」
「…お、きたせんぱ!」

初めて、私の名前を先輩は呼び捨てで読んだけれど、そんな事気にならなかった。それよりももっと重要な事があったからだ。だって今の先輩の発言…それって、まさか、先輩もしかして私の気持ちに気付いていたんだろうか。ああ、もうそれだったら本当最悪だ。せっかくこらえた涙は堰を切ったようにあふれ出た。ポロポロと次から次へと流れ落ちる涙はもう止まる事を知らない。ああ、もう。ああ、もう!ついには嗚咽まで我慢できなくなって「ひっく、ひっく」と子どものように泣きじゃくってしまった。

「…つまらないな。…そんなにの心を独占してる奴がいるなんて」

ぽつり、聞き取れるかどうかきわどいくらいの呟きが私の耳に届いた。「え」とっさに出た声とともにやってきたのは、身体の束縛感。見慣れたブレザーが目の前にある。一瞬、何が起こったのかわからなかった。「お、きた…先輩」

「…でも例え、が泣くほど好きな奴がいたとしても、もうそんな奴、目に映らないようにしてあげる。だって、そんなやつより、僕の方が絶対キミを好きだから」

………

時が、止まった。今、なんて。先輩は、今なんてゆっただろうか。

「だから、泣きやみなよ」
「お、沖田先輩っ、待っ」

これは私の都合の良い夢?どこまでが現実だったのか、頭の中がパニック症候群だ。え、だってこれじゃあ…まるで私と先輩は両想いと言う事になる。「待たない」私の言葉を遮った先輩の顔が近づいてきて、―――気がついた時には、距離はゼロになっていた。唇に触れた温かい感触に、完璧に私の頭がショートする。しばらくたってそのぬくもりが離れていったけれど、やっぱり私は動けなかった。

「……?」

不意に声をかけられて、はっと我に返る。「わ、私!その…っ」今、間違いでなければ私と先輩はキスした事になる。その事実に顔を真っ赤にしながら、先輩を見つめれば、先輩は私を逃がすまいときつく抱きしめた。

「あ、あの…沖田先輩」
「何?」
「…勘違いだったら、ごめんなさい。あの…もしかして沖田先輩、私の事…その、好き…なんですか?」

自分で言って、かなり照れた。それでもココは自分にとって重要ポイントだ。勇気を出して言ったセリフの答えは数秒の後、先輩の口からはっきりと肯定として返してくれた。「さっきからそう言ってるじゃない?」ああもう、なんてこと!

「沖田先輩、その…勘違いしてます!だって…だって、」

喉が、あり得ないくらい、乾いてる。でもどうしても言わなくちゃいけない。ずっと言いたくてくすぶっていた気持ち。今にもあふれ出そうな想い。ぎゅ、と先輩のブレザーをにぎって、

「私も、沖田先輩の事、大好きですから!…だから、おまじないの恋の相手ってゆうのは、…お、きた先輩、のことだったんです!」

見上げた先輩の顔が、珍しく真っ赤に染まるのは、その数秒後。
本当にこのおまじないは効くのかもしれない。温かな腕に包まれながら、そんな事を想った自分は、かなり現金だ。





― Fin





あとがき>>相互サイトであるさくちゃんと、テーマを決めて小説を書こう!の巻。
テーマは「さくらの花びらを地面に落ちる前に三つ連続でキャッチできると恋が叶う」ちなみにあたしは沖田さんで学園パロです。学園かんけーねーwww
2010/03/29