今日も一生懸命サッカーをしてる彼。
そんな彼を意識するようになったのは、もうずいぶん前の話。
ボールに想いを託して
今日も、一人居残ってるんだ…
誰もいないグラウンドの隅の方に居る見覚えのある後ろ姿を見つけて、私はふと足を止めた。男にしては長い、肩まである黒髪が時折揺れる。同時に、白と黒の色彩のボールが彼の足もとに落ちたり頭をリバウンドしたりと華麗な動きだ。
今日は、部活ないはずなのに。
今はテスト期間中なため、全ての部活が停止中だ。学校と言うのはやっぱり学力が一番の要であるからして、そういう処置を取っているらしい。厳しい部によると、テスト結果が悪ければレギュラー落ちになったりという事もある。彼は、大丈夫なんだろうか。私の気配にも全く気付く様子もない彼を見て、無駄に心配してしまった。多分、秀才って程頭は良くないと思う。けれど多分人並みには出来るのだろう。そう失礼ながら考えて、まあ彼には勉強机で教科書とにらめっこしてるよりもボールとボディータッチしてる方が性に合う、と思う。
私の位置からは全く彼の表情は見えないけれど、きっと真剣なまなざしに違いない。そう思って私は彼に声をかけることなくグラウンドを通りすぎた(だってそんな彼と仲が良いわけでは、ない)ただ、小学校四年生からクラスが一緒なだけ。ただそれだけの関係だ。
彼の好きなサッカーに詳しいわけでも全然ないし、彼みたいに目立つタイプではないから、彼と話すことなんて、本当にない。気軽にお疲れ!なんて言えるほど積極性もないので、この距離は当たり前だ。
彼は沢村涼太くん。同じ中学三年生。去年、先輩達が引退してめでたくキャプテンに選ばれた。
正直私は彼の事が少し嫌いだった。昔の彼は、すごく自信過剰で、結構キツイ性格だったしいわゆる「いじめっ子」と言う立場の人間であったから、苦手だったのだ。
けれど、そんな性格が変わったのは、小学校四年生の時。
同じクラスになった本田君(今はどこかに転校しちゃった)と、中学でも一緒の清水さんの影響でいじめっ子から一転して、性格が柔らかくなった。いじめてた小森君とも今では友好関係を築いてるみたいだ。
昔嫌いだった人を好きになってしまうなんて、自分でも不思議に思う。
けれでも気付いてしまったのだ。
彼は自分に出来ない事は何もないと天狗になった言い方ばかりしていたけれど、でも、いつも今日みたいに一人で練習していることを知っている。本田君の影響でやったこともない野球を真剣に取り組んでいた事も知っている。それを見ちゃったら、好きに、なってしまうと思う。女も男もギャップに弱いって言うけどほんと、その通りだ。
しかも最近の彼は、本当に丸くなったので(まさか昔いじめっ子だなんて、中学からの人は知らないだろう)女の子達の間でさりげなくモテている事も知っている。新キャプテンとして同級生からも、下級生からも慕われていることを知っている。何気に気遣いの出来る人である、と思う。
そんな彼を、いつも遠目でしか見られない自分。
本当はもうちょっと近くにいけたら…と願っているのに、どうしても怖くて進めない。まさか話しかけて「んだよテメー」って言うとは思ってないけれど(昔ならある、と思うが)消極的な私には、声をかけるのは難関だ。
本当はサッカー部のマネージャーを一年の時にしようと思った。でも、好きな人のそばに居たい、ただそれだけの理由で入部するのはなんだかサッカーを見下しているような気がして、真剣にやってる人に対して失礼なような気がして、いったん書いた入部届けは結局出すことなく終わった。
サッカー部の練習を見る度、沢村君がマネージャーの子と笑って喋ってるのを見る度、あの位置に私がいれたら…なんてバカなことも想ってしまう。そんなことなら、あのとき入部しとけばよかったのに。そう思ってももう遅い。今更三年に入ってから入部したらそれこそ怪しいに決まってるし、彼は絶対認めてくれないだろう。
結局は、私は彼を見ていることしかできないのだと思う。
でもそれも仕方ない。彼と私はあまりにも違いすぎる。見た目も中身も、全てにおいて重なる点がないのだ。
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今日はテスト一日目だった。
…結果は、あまり良くはない。今回のテストが受験に影響があることはもちろん知っていた。けれど、それがあだとなったと思う。プレッシャーに負けて用紙が配られた瞬間頭がまっ白になってしまった。得意な方であった英語は、ぶっちゃけ一番自信がない。
私は仲のいい友達と別れて、また一人で遠回りをしてグラウンドを歩いていた。そこで、気づく。いつも居る後ろ姿がない事に。
けれども隅っこの方では存在を忘れられてしまったかのようにぽつんと佇むサッカーボールが所帯なさげに置いてあった。何んともなしに気になって、(だってもしかしたら誰かが忘れてしまったのかもしれない)ボールに向かって歩き出す。彼の姿はやっぱりない。きょろきょろとあたりを見渡して、私は一人ぼっちのサッカーボールを手に取った。それから、見よう見まねで彼がやってたリフティングをやってみる。すると足加減がおかしかったのか、当たった位置が悪かったのかボールは私の足もとに落ちては来てくれず、数メートル離れたところに転がってしまった。
「あっ」
思わず声を出してボールを追いかける。コロコロとゆっくりと前に進んでいくボールを何とか拾い上げて、私はもう一度ボールを足元に置いた。それから、コツン、と上にあげるように蹴る。すると今度はボールは高く上がりすぎたのか私の頭よりも上にあがったかと思うとボトン!と私の頭に見事ヒットしたし、後ろの方に転がった。地味に、痛い。でも確かサッカーでそういう技があったと思う。あれ、頭痛いよ絶対。などと想いながら頭をさすって、後ろに転がったボールをまた追いかけた。
「…もう、」
意外に、難しい。彼の練習を何度となく見ていた時はココまで難しいとは正直思ってなかった。だって彼はあんなにも簡単に、軽やかにこなすから。やっぱり、目に見えない努力をしたんだろうか(多少は才能もあったと思うが)両手でボールを拾い上げて、じっと見つめる。
「すごい、なあ…」
やってみて初めてわかること。あれだけできるようになるまで、一体どれだけ頑張ったんだろう。改めて彼の事が凄いと思う。
「もうやんねーのか?」
「っ!?」
すると、横の方から声を掛けられて、私は心臓が止まりそうになった。ドクンっと大きく跳ね上がった心臓をそのままに、声のかかった方を見つめると、そこにはいつも後ろ姿ばっかりを見ていた彼の姿があった。吃驚したままの私とは裏腹に彼の方は緊張なんてしてないようで(するはずもないんだけど…)私の両手のボールを指さすと「ちょっと良いか?」と訪ねてくる。
私ははっと気付いて、上ずった声で「どうぞ!」とボールを渡した。すると沢村君は器用にボールを足元に落とすと、いつものようにリフティングを開始する。鮮やかだ。見惚れてしまっていると沢村君がリフティングのやり方を教えてくれた。やってみろよ、と軽く私のほうにボールを蹴ると、それは絶妙な感じで私の足もとに落ちた。う、わわ!慌てながら言われた通りボールを掬うように優しく蹴る。するとそれは前みたいに暴走することなくふうわりと私の膝に乗っかった。わ、すごい!思っているうちにまたボールはつま先に落ちる。勢いづいてしまったボールが私のもとから離れた。それを見事に沢村君は足でガードすると、「うまいうまい」と快活に笑った。
……顔が、熱くなる。だって、こんな顔、初めて見た。私は彼に悟られないように、俯く。そうすれば沢村君は私が褒められて照れているんだと勘違いしたらしかった。「ほんと良い筋してる方なんじゃないか?」とボールを蹴りながらフォローをしてくれた。それからポンポン、と数度ボールを蹴ると、見事キャッチしてみせた。
「、サッカーに興味あんの?」
「えっ!?」
「…いや、だって…いっつもサッカー部見てんじゃんよ」
見てた事を見られてた…!また羞恥に顔が赤くなるのがわかった。「そんなに好きならマネージャーにでもなってくれたらよかったのに」言われて、バっと顔をあげる。「で、でも…マネージャーなんて…ルールも良く知らないのに、迷惑…」ぽつり、と呟くと沢村君が「ルールなんて覚えりゃ良いんだし。ちゃんと続いてくれるようなマネなら全然問題ないっつの」猫の手も借りたいほどだったのにさー。と沢村君がボールをくるくる回す。
「今からでも入ってくれたら俺ら的にはたすかるんだけど」
「えっ!?」
「あ、でも部活入ってるっけ?」
「う、ううん!帰宅部!」
「まあ…あと数カ月で引退になっちまうけど…」
「さ、沢村君が良いなら入りたいううん、入らなくっても、サッカー見てた、い!」
「ハハッ、すげーサッカー好きなのな!」
サッカー、好きって言うよりも沢村君の近くにいたいだけ、とはさすがに言えなかった。笑顔があまりにもまぶしくて、やっぱり私は俯いてしまう。そうすれば、沢村君がぽんぽん、と私の肩を叩いて、「んじゃ、本気で入部してみっか?」そうして優しく笑うから、当分私の顔の赤みはひきそうにない。コクコク、と無言でうなずくと、沢村君が快活に笑った。
― Fin
あとがき>>とにかく沢村が書きたかったんだ。でも予想以上にサッカーの知識がなくて詳しく書けなかったんだ!リフティングって言葉が出てこなくって妹に聞いてしまったよ。ヘディング?って聞いたらそれ頭だよ!ってつっこまれてしまった。そうだよ、リフティングは風祭の得意技だよ!(ジャンル違うよ!)
2009/03/05