意味が、わかんない
約束は優しい口づけで
「…は」
電話から聞こえてくる声に私は思わず間抜けな声を出してしまった。それは『もう一回』と言う意味も含めてだと言う事に電話の向こうのヤツも気づいて、『だからー』と間延びな声が聞こえてくる。きっと電話越しの彼の顔は面倒くさそうにしてるに違いない。
『今日行けなくなった』
ガツーン、と。まるで、金づちで殴られたかのように、頭痛がした。「なんで!」大声で叫ぶと、お前もっと声のボリューム落としなよ、とか聞こえたけど、そんなの知った事じゃない。なんでよ!ともう一度強い口調で問い詰めると、電話越しの彼氏――大河は
『今から茂野先輩達が来いって。パワプロ対決するんだってさ』
…愕然と、した。
つまり、アレか。私との約束よりも先輩達とのパワプロの方が大事、だと。そういう事言っちゃうんだね、君は。
ふつふつと怒りが静かにけれども確実に湧き上がってくるのが、分かる。それが沸点にまで達した瞬間、私は携帯をこれ以上無いほど力強く握り締め。
「大河の、大河のばかーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッ!!!!!」
大音量でそう叫んでブツリと切ってやった。大河なんて、鼓膜破ってしまえば良いんだ!切る直前(と言うか私がキレる直前?)大河が何かを言ってた気がするけれど、もうそんなの私の耳には入ってなかった。
大河の、大馬鹿者!野球馬鹿!
・
・
・
今日は、12月31日。大晦日だ。初詣行きたいと今日会う約束をしたのは私。それに気乗りじゃないながらも頷いてくれたのは大河。でも、やっぱり面倒だったんだろうか。
でもだからって、約束の20分前に電話してこなくても良いじゃないか。おしゃれして、既に待ち合わせ場所に来てた私は馬鹿みたい。一人、はしゃいじゃって馬鹿みたい。道行く人は、楽しそうで、自分はそれと全く真逆の心境で。…すっごくすっごく馬鹿みたい。
マフラーを顔半分覆うように巻きなおして、私はベンチから立ち上がれないでいた。もう、大河は来ないのに。それでもこの場から動く事が出来なかった。携帯を見れば、ああもう11時半。あと三十分で今年も終わる。歩いてる人は多分この近くの神社に向かってるんだろうな、なんてぼんやりと思った。すっごく情けなくて、すっごく切ない。結局私の独り相撲じゃない。そりゃあ私と大河が付き合い出したのは私からの告白だった。それでも、面倒くさいなんて言いながらも何度もデートしたし、優しかった。きっとそれはただの友達としてじゃなく、うぬぼれかもしれないけど彼女としてみてくれてるんだって思ってたからだ。でも、完璧に、うぬぼれだったようだ。
そう思って、ハっとした。それは、私が大河に告白した日のこと。
『悪いけど、俺野球以外今んとこいらないんだよね』
『二番目で良いの!』
『は?』
『だから、私、二番目で良いの。野球の次で良い。それでもダメ?』
そう言って、大河に無理やり付き合ってもらったのは私だ。それなのに、自惚れてた。忘れてた、そんな大事な事。
結局大河は野球の方が大事だし、もっと言うなら野球部の先輩達が大事だし。
でも、それでも良いって言ったのは私だ。野球の次でいいって。野球してる大河が好きだからって、そう言ったのは私だ。大河は、何も悪くない。
今日の約束をドタキャンしたのだって、野球をとったまでの事。カッカしちゃいけない。
そう、思わなくちゃいけないのに。それでも。ダメだ。私、わがままになってる。告白した時は、ダメもとだった。二番目でも、三番目でも良いって思った。でも、ダメなんだ。もう、ダメなんだ。恋をして、大河と付き合えちゃったら、大河のいい所もっともっと知っちゃったから欲張りになっちゃったんだ。
だって、もう野球の次じゃやだって思うもの。
「も、最悪」
こんなんじゃ、大河もイヤになるに決まってるじゃん。ルール違反をしたのは私。それなのに、何キレて怒鳴ってんの。今頃大河怒ってる。怒りたいのは大河の方に決まってる。それでも、私、もう二番目じゃイヤなんだよ。
ぐず、と涙があふれ出た。あーもう、化粧台無し。最悪。マスカラはウォータープルーだからパンダにはならないだろうけど、完璧にメイクよれちゃってるじゃん。
でも、だからって誰に見せるわけでもない事に気づいて、また涙が零れる。
そうだよ。もう約束した相手は、大河は来ないって言うのに。きっと今頃先輩達と楽しくパワプロやってるに決まってる。
それでも、それでも
「会いたいよ、お…」
言った瞬間、グイっと腕を引っ張られた。え、と思った瞬間、ボフっと障害物に当たる。障害物が人だという事に気づいた。そしてこの状況が『抱きしめられる』と言う行為に気づいて、私は完全パニくってしまった。
「いやっ、離して!変態!」
無理やりに腕から逃れようと頑張ってもがいてみるけど、この人力あるみたい。ビクともしなくて、ほんと涙が出ちゃう。もう今日絶対最悪の日だ。占いとか絶対ワースト1だったに違いない。それでも大河以外から抱きしめられるという事が私には苦痛で何度も何度も逃げようとした。
「、お前なんで家にいないの」
けれど、その声が聞こえた瞬間、ストン、と力が抜けた。恐る恐る見上げれば、怒った表情の大河の顔。「え」間の抜けた声が私の口から飛び出て、呆れた表情の大河がベシリと私の額をはたいた。ちょっと痛くて、眉をひそめると、大河が私から離れる。
「お前、俺の話聞いてなかったでしょ」
「…………」
「挨拶だけで終わらせる予定だけど、何時になるかわかんないし、寒いだろうから家で待機してなって、俺そう言ったじゃん」
「……………」
「それなのに、なんで俺の馬鹿になるの?そんなに外で待ってたかったの?物好き。こんなに体冷やして、家に言ったら帰ってきてないとか言うからあせったじゃん」
「………………」
「…ねえ、。俺の話聞いてる!?」
は、と気づいたのは大河の怒った表情が眼前にあったから。ご、めん。と豆鉄砲食らった感じで気の抜けた謝罪をすると、大河が大きなためにためまくった息を吐き出して、またベシっと私の額を叩く。
「この辺治安良くないんだから、一人でぼうっと突っ立ってんなよ。…ぽけっとしてるから誘拐されちゃうじゃん」
やれやれ、と言いながらベンチに座る大河を、私は呆然と見つめたけれど、でもどうして此処に来てくれてるのかイマイチ理解できない。「―――んで…」小さな声に、大河が不審げに私を見上げる。
「なんで、来たの」
「は、約束だっただろ」
「だって、来れないって」
言ったら、お前俺の話聞く気ないみたいだね。今説明したじゃんと呆れた風な声が聞こえた来た。そんな事は分かってる。でも、だって
「なんで、あっちにいないの。なんで…っ、私のところ、くるの」
はあ?そんな声が聞こえてきたけど、そんなの私にはどうってことなくて。ただ溢れる涙が邪魔をしないように、きつく目をつぶってから、クリアになった瞳で大河を見下ろして、
「だって、あっちは野球部の人で、私は大河にとって二番目とか三番目で、なのに、なんで挨拶だけしてきたとか言って、息切らしてこっち来てるの…!」
「何それ。俺に来て欲しくなかったみたいに聞こえるんだけど」
声色が変わるのが分かった。「違う!違うよ!」ぶんぶんと頭を横に振って、それだけは否定する。だけど、だって私は大河と付き合う条件で、二番目だと約束したはずだ。野球部の人たちを優先していいとも言った。なのに、その先輩達の誘いを断って。なんて。頭の中で考えていると、また、ポスン、と抱き寄せられた。
「なんか誤解してるみたいだけど、なんでがいるのに野球部と一緒にいなくちゃいけないわけ」
「だって、二番目だって」
「いつの話だよ。…もう、今はそんな風に思ってないっての」
「だって」
「…二番目とか三番目とかに思ってるやつの為に俺がこんなめんどくさいことするわけないじゃん」
いい加減気づきなよ。と呆れた風に言われて、ぎゅっと後頭部を抱きしめられた。おかげで大河の顔が見えなくなり、また私の顔も大河には見えなくなる。零れ落ちた涙が次々に私のマフラーを濡らしていった。「だって、そんな」信じられない。夢でも見てるのかもしれない。そんな風に思う。
「だって、私…大河に好きって言われてない」
ポタポタと涙が溢れる。自惚れて、裏切られるのは悲しい。そう言ったら大河がまたため息をついた。それから、馬鹿じゃないって。「言葉にしなくちゃわからないの?」耳元で聞こえる声が、意地悪いのに、優しく聞こえる。「わ、かんない」ぎゅ、と大河が私を抱きしめる腕に力を込めた。
「…好きだよ」
「……」
「の事、野球と同じくらい…もしかしたら、野球以上に好きだよ」
「っ」
「だから…此処まで来たに決まってるじゃん」
それから、すっと腕の力が弱められて、少しの距離が出来る。見上げれば大河のふてくされた顔があって、暗くてよく分からないけど、照れてるといいなって、思う。「大河…」名前を呼ぶと、いじけてた大河が私をまっすぐに見て、「もう黙って」とその顔が近づいてきて、唇が重なった。
「…ん」
どれくらいか経って顔を上げれば、やっぱりすねたような表情の大河の顔があって。
「ほら、行くよ。神社」
不器用に私の手を握った。
― Fin
あとがき>>大晦日夢です。SSの予定がちょっとだけ長くなりました。意味わからなくてすみません。頑張ったってだけ認めてください。大河、好きです(笑)あんな弟ほしーー!にしても、あやうくあけましておめでとうとか打つところだった。いや、ちゅーの後日付変わってたとか言うネタだったんだけど、大晦日としてupすんのにヤベーと思って書き直し(笑)
2008/12/31