一方通行モノフォニー




修学旅行の時、が何かに悩んでいた事には気づいていた。でも、それを拒絶されてしまって、別にそれに傷ついたわけじゃない。ちょっとはそりゃあ傷ついたけれど、そのあとのの様子を見れば、彼女が僕に対してああいう態度をとってしまったのには、少なくともちゃんとした理由があるんだと言う事がわかっていたし、ああいう態度をとった事を彼女はとても悔やんでいるようだったから、僕はに対して怒りだとか、そう言った負の感情は抱く事はなかった。きっと、しばらくすればそれも解決するだろうと思っていたし、が僕から離れるわけないって、変な自信があったから。でもそれは別にうぬぼれじゃないし、その証拠に最後にはいつもは僕のそばにいてくれたから。

だから、かな。

頭ではわかっていたのにお互い喋らない関係が変に居心地が悪い。でも、昨日の今日で僕が普通を装って話しかけてしまったら、は更に困ってしまうだろうし、傷つく顔を見たくはない。…こういうときは、放っておくのが一番良いんだ。---頼ってもらえなかったのは、少なからず悲しいことではあったけれど、僕がその火種を大きくしてはいけない。そう、思ってた。だけど、
お風呂上がり、僕は冷たい飲み物を買って何気なしにロビーを見ると、ソファーに座っているを見つけた。そしたらどうしても、無視することが出来なかった。いや、直前まで迷っていたけれど…でも、近づいたときに見えたの横顔が、凄く淋しげだったから、買ったばかりのドリンクをいつも落ち込んでる時にするみたいにのほっぺたに押しつけた。「ひゃ…っ!」の驚いた声とともに、その顔が僕へと向けられる。大きくなる、瞳。

「と、寿ちゃん…」

その顔は困惑。しまった、そう思ったけどでももう遅い。それに、淋しい顔したをこのままほっとくなんて出来るわけない。するとすぐに不思議そうに見つめてる彼女がいて、僕はの気持ちを先回りして代わりに答えた。どうやら考えてた事はあってたみたいだ。委員長が来るまでの間。そう心の中で言い聞かせていると隣から「そ、か」と、ぎこちない声。…そんなに僕が話しかけると迷惑になるんだろうか。修学旅行前は別段変わった様子がなく、むしろ仲が良いままだったと思っていたのに。始まったとたんから彼女の様子はどこかおかしかった。かといって、話しかけてしまった手前、抜けるに抜け出せずでもだからと言って気の利いた事も言えなくて、僕は気まずさを押し隠して、ナイターを見た。

「巨仁が勝ってるんだ」

結局僕が今普通に話せる話題と言えば野球くらいで、決して彼女に視線を向けないようにじっとテレビを見つめる。(ただ、を見るのが怖かっただけ、だ)それでも、怖いと思いながらも離れないのは、僕がただ傍にいたいから。そして、願わくば、との関係を元に戻したいから。もちろんがなんでこんなになってしまったのか、はっきりとした理由はわからないけれど、ひとつだけ、心当たりはあった。

柏木さん、関係かな。

と言っても柏木さんがに何か言ったわけではないだろう(そういうタイプの子じゃない)となると、その友達にでも何か言われたんだと思う。こういうとき、女の子は難しいと思う。そしては人一倍優しいところがあるから、全力で何かしてあげたいと思うところがあるから。きっと、それを守ろうとしているんだと思う。

…だって、明らかに僕と柏木さんをくっつけようとしてるし。

それが少なからず僕を傷つける材料になってるってことは気付いてない。むしろ気付かせるつもりは今のところないけど。だって、僕は彼女にとって幼馴染だからであるし、それに今の関係を壊す勇気なんてまだない。莫迦にするつもりはないけれどは恋愛方面は疎い子だし、彼女のペースに合わせるつもりだ。それまではちゃんと良い幼馴染を演じるつもり。でもだからって、こんな形で離れてく気なんて毛頭ない。

ぼんやりと考えてたとき、隣から小さな衣擦れの音。ちらっと見ると、身を小さくしてるの姿。もしかしたら湯ざめかもしれない。「寒いの?」心配して声をかけると、びくりとが震えるのがわかって、こちら見つめる瞳が、頼りなげにゆれていた。…何か、様子が変だ。の名前を呼びながら、を安心させたくて、そっと手を伸ばす。すると、その目が大きく見開かれて

「…ヤッ!」

声とともに、はじかれる手。突然の事に、僕は対処しきれず、驚いたまま固まる。行き場を失った手はそのままに、じっとを見ている事しか出来なくて、すると、「ぁ」って小さな声がから漏れたとほぼ同時に、ポタリ、と彼女の瞳から涙が伝った。「!?」更に僕は驚いてしまって、行き場をなくした手をまたすぐ差し伸べて今度ははたき落される前にの頭をなでていた。今度は、拒絶されることはなかったみたいだ。それでも、良い顔ではない。「ごめん」謝った声に彼女の返事はない。そうまで、僕の存在は彼女を傷つかせてしまうのか。そう思うと…ちくりと胸が痛んで

「話しかけるな、って言われてたのにね。ごめんね」

やっぱり放っておけばよかったのかな。でも、淋しげな横顔を見たら、黙って去るなんて出来なかった。
昨日は、もし僕と話さないことで、何かが上手く言って、そしてが笑っていられるなら良いって思ってた。だけど、現にはずっと泣きそうな顔しかしてなかったから、だから、やっぱり僕がなんとかしなくっちゃって、変な正義を振り回してしまったんだ。それが余計にを傷つける材料になるだなんて知りもせずに。ごめんね。最後に呟いた言葉にもやっぱりからの反応はなくって、でもこれ以上ここにとどまるわけにもいかなくて、僕はその場を去った。





「佐藤君!」

突然呼びとめられて、僕は憂鬱な気分を隠して振り返った。そうすれば、隣のクラスの女の子。確か、委員会で一緒の子だ(副委員長をしていたと思う)「朝日奈さん」って呼べば、朝日奈さんは笑って、「ちょっと良いかな」って僕の腕を掴んだ。本当はついていく気分ではなかったのだけれど、でももしかしたら委員会のことかもしれない。(修学旅行だからこそ、結構委員長・副委員長は大変だったりする)僕は何とか笑顔を作るとこくりと頷いた。

人気のない、ホテルの外。こんな時間にこんな場所で委員会があるわけがない。先生達と話があるなら、ホテルの中のハズだ。ここに来た時点で、委員会は関係のないことだと知る。こんなところに呼び出していったいなんだと言うのだろう。さっきのこともあってか僕には余裕がなかったけれど、でもここに来る前朝日奈さんは確かに「ちょっと良いかな」と言っただけで委員会だと言ったわけではなかった。ただの僕の早とちり、勘違いだ。だから彼女に怒るのはお門違い。小さく息を吐き出してなんとかこのもやもやした気持ちを追い出そうと試みる。すると少し前を歩いてた朝日奈さんがぴたりと止まったので僕もつられて立ち止まった。そうして、ゆっくりと彼女が僕の方を振り向いて

「あの、私佐藤君の事好きになっちゃったの!」

………思考が、止まりそうになった。今このタイミングで告白されるとは思ってなかったからだ。だって、それに彼女は今までそんなそぶりを僕に見せてきたことがなかったって言うのもある。とっさに答えが出ないでいると、朝日奈さんはにっこりと笑って、「だから」と続いたときに僕は朝日奈さんの声を遮るように口を開いた。…動揺してしまったけれど、でもその言葉にうんと頷くわけにはいかない。だって、僕は、

「ごめん」

のことが好きだからだ。でも僕の事を好いてくれるのは純粋に嬉しい。だから僕は精一杯の感謝を込めて、断った。

「知ってるよ」

つもりだった。けど、僕の目に映る朝日奈さんは全くと言って良いほどあっけらかんとしていて、むしろフラれる事がわかっているような口ぶりだった。「佐藤君好きな子いるんでしょ?」ズバリ良い当てられて僕は返答に困ってしまう。朝日奈さんはそんな僕を見て、さらに確信したようだった。

「だから、良いの。今回は宣戦布告ってことで。だってそれにまだ佐藤君私の事知ってくれてるわけじゃないし、長期戦で行く事にするの。とりあえず今回は私の気持ち知っといてほしかっただけ。まあ、今日告白して付き合ってもらえたらラッキーとは思ってたけど。でも佐藤君の気持ちそんな軽いものでもないと思うしね」

ペラペラと聞かされる声に僕はやっぱり口をはさむことなんてできなかった。すると僕の返事を待たずして朝日奈さんはふわりと笑顔を浮かべながら一歩、また一歩と僕の方に近づいてきて

「恋する気持ち、佐藤君は痛いほどわかってるよね?悪いけど佐藤君の気持ちが本気なように私の気持ちもそんな軽いものじゃないんだ。受け流すことなんて、させないから」

覚悟してて。朝日奈さんが言ったと同時に、彼女の顔が近づいてくる、瞬間、の顔が浮かんできて、「…!」無意識に朝日奈さんの唇を塞いだ。突然唇に手のひらを当てられた朝日奈さんは面をくらったようだ。「あ、ごめん」自意識過剰だったかもしれない。
…キス、されるかも。なんて。
そう思ってた自分が恥ずかしくて、すぐにその手をどけると朝日奈さんが「ちぇーあとちょっとだったのに」って言ったから、あながち僕の考えは間違っていなかったかもしれない。でも何はともあれ諦めてくれた。それが油断となった。

「すきあり」

その声とともに、頬に触れたソレ。慌てて彼女の方を見ると、してやったりと言った風な顔をした朝日奈さんの顔があって。

「ちゃんと、覚えててね!」

そう言い残し、彼女は去って行った。……やられた。気持ちがズウンと沈む。ああこんなときこそ、の顔が見たい。の笑顔を見たら、それだけでこんな気分吹き飛んじゃうのに。そう思ったけど、もちろんに会えるはずもないし、がココに駈けつけてくれるなんてこともなかった。










2009/08/28
モノフォニー…伴奏のない単旋律の音楽のこと。今回の場合『伴奏』はヒロインを示し、一人(孤独)をイメージさせました。音楽用語としては違うとは思いますけど、そこはまあ雰囲気ってことで。