私は今、目の前に広がる世界の終わりに、愕然としている。
くらくら 眩暈
ていうのは、大げさとしてもだ。今、かなりピンチだという事は同じ事だ。目の前に広がるのは、沢山の倒れた自転車の列。自転車版ドミノ倒しを、身をもって体感している真っ最中である。ほんとう、全くついてない。目の前に広がる大海原(全然違うけれども!)(ただの自転車の山だ)を、呆然と見やって…とりあえず、手前にあった自転車を起こして、まだどんどん先に広がる自転車を見ては、もう泣きたいやら悔しいやら恥ずかしいやらで、逃げ出してしまいたかった。
ほんとう、どうなってんだ、全く。
あたしは、自転車登校生だった。例にも漏れず、今日も自転車で登校して、決まった停車場に自転車を置いて(そのとききちんと鍵もかけて)授業に出た。それから、時は過ぎて放課後。あたしのかえる時間はやってきたわけだ。ただいつもと違ったのは、図書館に寄って珍しい事に書物なんてものを借りてきた事くらいで、そうそう遅くない時間だ。ちなみに借りた本と言うのは、漫画ではない。うちの図書館には漫画もあるが、断じて漫画ではなく、有名な著作者の名前の印刷された小説だ。残念ながら名前もタイトルも忘れてしまった。しかも今はどうでも良いことである。寧ろこの小説を借りた所為でこうなってしまったんじゃないかと責任転嫁である。
とにもかくいも、あたしは司書の先生からその本を借りて、そのままの足で自転車置き場にやってきた。それから自分の停めた自転車場にたどり着いたとき、――何ともまあ、出しにくい状況だったわけだ。あたしの自転車に絡まるようにして我が物顔でその場にデーンといる赤い自転車。一瞬目をひくそれに、ちょ、邪魔だなこれ。と心の中で毒づいて、でもこんなことよくあることだしなぁとため息をついて、その自転車をどかしに掛かった。
そしたらなんとまあ、意外にしつこいくらいくっついている自転車。まるで求愛をせがんでいる魚のようだと思った。こちとら早く帰りたいんですが!とちょっとムキになって赤い自転車を引っ張った。そしたら、
ガッシャーーン!
と、すんごく嫌な音が鳴り響いたのだ。その音は一度にとどまらず、がしゃ、とかガタガタ、とか必要以上に大きな音を出していた。それがやんだのは数秒の後。嫌な予感を胸に抱きながら恐る恐る振り向くと沢山の自転車の死骸。
…一番初めに戻るわけである。
ほんと、ついてない。今日、あたしが何をしたと言うのだろうか。きっとめざましテレビであたしの星座最下位だったに違いない、と1位から6位までしかいつも見ない占いの事を思い出した。これなら最後まで占い見ときゃ良かった。そうしたらこう言った事態を防げたかもしれないのに。悔やんでも、後の祭りであるのだけれど。
憎憎しげに赤光りするにっくき自転車を睨みつけて、あたしはまた一つ自転車を起こしに掛かる。自転車のペダルが倒れているもう一つのチェーンの部分に絡まったりなんかしちゃったりして、起こしにくい事この上ない。もう、ほんとついてない。
でもだからといってこのままの悲惨な状態のまま放っておくことはできない。後味が悪すぎる。(と言うかもしかしたら誰かに見られてる可能性もあって嫌だ)たとえ、あの自転車が元凶だったとしても、倒してしまったのは他でもないあたしであって、結局のところ不注意だったわけである。ほんと、腑に落ちないがしょうがない。
また次の自転車を起こしに掛かる。こんなん、今は人がいないけど、そろそろ誰か来ても良さそうだ。恥ずかしいから誰も来てくれるなよ、と念を込めて、また次の自転車を起こす。
てゆうかさあ…キリが無いよこれ!
何台かの自転車を起こして、まだまだ沢山寝転がっている自転車の道を見て、もう、なんていうか途方にくれた。大体さあ、こんなキツイところに置くやつも置くやつなんだよ!イライラし始めて、赤い自転車をニラみつける。さっきは赤い自転車はあくまでうんたらかんたらとか言ってたけど、やっぱり赤い自転車の所為だ!思いっきり責任転嫁して、「くそう」って小さく毒づく。
「わ、大丈夫?」
突然振ってきた声に、泣きそうな顔しながら見上げると、見覚えのある顔。といっても知り合いとか言うわけでなく…うん、こっちが一方的に知ってる程度の人間なんですけども。
佐藤寿也、同い年の三年。野球部のキャプテンだ。人望もあって、男女ともに人気(女子からは言わずともがな、恋慕として、だ)そんな人に見られて、しかもファーストコンタクトがこんな醜態さらしてる時って、ほんと最悪だと思う。はあ、大丈夫です。冷静に返したけれど、内心恥ずかしさでいっぱいだった。早くどっか行っちゃってくださいよ!と心の中で叫んだけれど、それは佐藤寿也にはもちろん届くはずもなく。「凄いな、コレ。…怪我なかった?」なんてさらに話しかけてくるので、あーハイ。とこれまたブアイソに返事して…これも全部赤い自転車のせいだ!と赤い自転車を睨み付けた。
「手伝うよ。一人じゃ大変だろ?」
…噂でしか聞いたことなかった彼だけれども、人望が厚いというのは頷けた。普通に良い人なんですけど!軽く感動しながら、それでも羞恥は消えてくれず、「ごめんなさい、ありがとう」とぼそぼそ言葉を発して(きっと彼の中であたしの印象は最悪だろう)、また一台自転車を起こし上げた。佐藤寿也と言えば、少し離れたところから手伝ってくれてる。…ほんと、良い人だ。それに比べてこの赤い自転車の持ち主は…。くう、といまだに恨みが消えない。この恨み、どうやって消化してやろうか。そんなことを考えながら重たい自転車を起こしていると、そうこうしてるうちに佐藤寿也は凄い速さで(といってもあたしと比べてだけれど)自転車を次々に起こしていった。
へえ、結構力、あるんだ。
場違いな感心をしていると、バチリと一度目があって。気まずくなる。だって、あたし佐藤寿也に任せてるっぽくない!?すっかりとまっていた手をあわてて次の自転車に向けた。
「重いよね」
大丈夫?と けれどもあたしの不安をよそにそんな優しい言葉がかかってくるから、あたしはブンブンと頭を横に振って否定した。「付き合わせちゃって、ごめんね。佐藤、君忙しいのに」さっきよりはちょっと大きな声で佐藤寿也に向けて言い放つと「ううん、良い特訓になるよ」なんて爽やかに返された。ほんと、出来た人だ。心の中で感激しながら、次の自転車を持ち上げようとした。
うぬ!けれども今回の自転車はほかのよりも重い、気がする。と言うか、だいぶ腕が疲れてきただけで、重さ的にはあまり変わりはないのかもしれない。ちょっとちょっと!と再度力を入れる。こんなところでモタモタしてるわけにはいかない。佐藤寿也は次々に自転車を起こしてくれてるのに、倒した本人が殆ど役に立たないってどういうことさ!
それでも、自転車はあたしの気持ちを無視して、起き上がらない。どうやらチェーンが深く絡まってるらしい。
「…大丈夫?」
そう思ってたら、佐藤寿也があたしのところに来て、「手伝うよ」なんて言いながらあたしの持っていたところの近くをつかんで、自転車を軽々と持ち上げた。瞬間、さっきまで重かったのに凄く軽くなったよ!凄いよやっぱり君は!ばっと顔を見上げて、「ありがとう!」とお礼を言うと、「ううん」と言った後、これで全部元通りに出来たしね。と言われて、さっきまで自転車の山になってたところを見てみると、本当に全部元通りになっていた(それどころか前よりもきれいに整頓されてるよ…!)再度お礼を言って、何かおごります!って言ったけど、やんわりと断られた。その笑顔に不覚にもときめいて。これが女子を夢中にさせる笑顔なんだなぁ…と邪念を振り払うように顔をブルブル振った。
「さんこそ、お疲れ様」
「えっ!…え?なんで!」
「?なんでって?」
聞こえてきた佐藤寿也の声に吃驚して声をあげたら(きっと佐藤寿也との会話の中で一番大きな声だ)向こうは不思議そうな顔をしている。でも、だって…
「な、なんで名前知ってるの?」
そう、気になるところはそこなわけでして。そう問いかけると佐藤寿也は「え。同い年でしょう?」と当たり前のように返された。あ、あなたは同い年なら全員の名前を覚えてるのか…?さすが秀才君はわけが違う。あたしなんてほんと、同じクラスになった人か、有名な人しか覚えてないよ(だから佐藤寿也のこと知ってたくらいだし)
「す、凄い、ね」
「そんなことないよ」
苦笑交じりで佐藤寿也が言うから、いやいや、ほんと凄いことだと思うよ。と感心していた。そうすればまだ続きがあるらしく「別に全員じゃないし…それに」一度区切られて、ん?と佐藤寿也を見つめたら、ちょっとだけ顔が赤くなっている、ような気がして。
「…ちょっと、さんのこと、気になってたしね」
なんて、言うから。その顔が、その声が。あまりにもやさしくて。さっきまでの素敵スマイルとは比べ物にはならなくて。
くらくら、眩暈がするのがわかった。こいつ、今度こそあたしをキュン死にさせる気らしい!
結局その後うまい事声が出せなかった。見事、落ちてしまった。…恋に。
― Fin
あとがき>>そしてその赤い自転車が実は佐藤寿也のだったというオチも考えていたけれど、うまく文章を作れないのでやめときます(笑)
2009/01/02