「今日、俺誕生日なんだけど」
突然現れたと思ったら、でんとわたしの目の前に立って、そう言い放ったのは、わたしの部活の先輩でした。
て言うか、下級生のクラスに来ないで下さい、かなり注目の的なんですけど?
…まあ気にしてるのはどうせわたしだけでしょうけど、ネ…。
For you Dear...
お昼休み真っ只中。さぁ、これからご飯でも食べようかなぁなんて思ってたときに、現れた部活の先輩。先輩がうちのクラスに来るなんて滅多にあることじゃない。その所為だ。
突然の出現と、唐突過ぎる言葉に、わたしはぽかんとしてしまって、はあ、としか言いようが無かった。
それが先輩の怒りを買ってしまうことだとわかってしまっても。
「はあ?はあ、ってそれだけなの?」
見事逆鱗に触れてしまったらしいわたしの言動。来る!と思ったあとにはもう遅い。先輩のマシンガントーク炸裂だ。
誰も止められないと言う先輩の毒舌をわたしは心の中で涙することでしか耐えるすべは無い。すう、と先輩が息を吸って。
「いつも世話になってる先輩の誕生日だって言うのに、『はあ』だけなわけ?当日になっても全く姿を現さないしょうがない後輩のためにわざわざ僕が下級生クラスにまで来てやったのに、『はあ』の一言だけ?もうちょっと別の言い方ってものがあるんじゃないの?それとも何?お前は誕生日だって言う人に対して『はあ』って言えって習ってきたの?そんなわけないよね。もしそうだとしたらまあ仕方ないかもしれないけどさ、でも普通は『はあ』なんて言うわけがないよね―――」
相当地雷を踏んでしまったらしい。息つく暇もないほどの饒舌ぶり。よくもまあ噛まずに言えることだ…って感心してる暇もないんだけど、止めることが出来ないんだから別のことを考えてないとやってられない。
先輩の名前は椎名翼…先輩。
見た目そこらの女の子よりも可愛らしくて美人さん故、付いたあだ名は「姫」。まあそんなの本人に言おうものなら血を見るだろうから椎名先輩はそう呼ばれてることは知らないんだけど。
そんな可愛らしい容姿をしていて身長も多分わたしとあまり変わらないんじゃないだろうか?まあ、僅差でわたしが負けてるんだけど…。
そんなわけで、見た目はとっても麗しい椎名先輩なんだけど、一度口を開けば、出てくるのは悪態の言葉。毒舌なのだ、先輩は。言葉で勝てた人なんてきっとこの学校にはいないんじゃないかなぁとわたしは踏んでいる。
ほんと、黙ってれば綺麗なのになあ。
それはもう、人形みたいで。…確かわたし達の入っている部活――サッカー部――の監督さんとハトコだって聞いたけど、本当に監督さんも綺麗な女性だ。家系って言ったらそれまでなんだけど、本当に綺麗の一言に尽きる。…二人とも、黙っていればの話だけど。
ぼんやりと考えていると滑らかに動いていた口が一瞬ピタリと止まった。それから怪訝そうな表情を作ったあと、ワントーン低い声で呟く。
「……今、僕に対して失礼なこと考えなかった?」
「め、めめめ、滅相もございませんっ!」
口には出していないはずなのに、まるで心を読んだかのような先輩の口ぶり。やっぱり椎名先輩って侮れないと思う。思わず噛み噛みになってしまったわたしの言葉を椎名先輩はやっぱり疑っていた。大きい瞳がわたしを見る。…まるで透視されているかのようだ。(そんなわけはないんだけど)
思わず背筋をぴんと伸ばさずにはいられないのは、椎名先輩だからだ。ごくり…と生唾を思いっきり飲み込んでみる。
何が悲しくて椎名先輩と見つめ合わなければならないんだろう。…いや、『見つめ合う』と言うのには言葉が綺麗過ぎたか…。そんなことを考えながらもう心の中では大泣きだ。ふ、と目をそらしてあたりを先輩にバレない程度に見てみる。
…かなり、痛い、かもしれない…。
わたしはあたりを観察して、本気で泣きたい気分になった。いつの間にか自分達は見世物状態。自惚れなんかじゃなく、クラスの殆どが今や自分達に注目している。…殆ど先輩を見てるんだろうけど…。その中でも一際目を引くのは、やっぱり女の子の存在だと思う。
先輩はなんていってもモテる。
その外見はジャニーズ系だと評判で、既に『椎名翼ファンクラブ』なんてものが出来てるくらいだ。わたしの友達も何人かそのクラブに入っているのを知っている。だから、余計に人の目を惹くんだろう。
わかってる。わかってるんだけど…凡人のわたしからしてみればそりゃもう居た堪れない気持ちになるわけで。
椎名先輩はそんなこと全然思ってないみたいだけど…。
先輩の顔を見れば、周りの見物人なんてアウトオブ眼中。て言うか、見られると言うのに慣れているんだろう。いつも部活が始まればグラウンドを隔てているフェンスの周りには見物客(ほぼ先輩のファン)が群がっているから、この程度のこと、慣れっこなんだ。
でも…。
「し、椎名先輩、あの…っ!」
「…で、こんなところに連れ出してなんなわけ?」
此処は人気の無い中庭。
あの後わたしは先輩の腕を強引に引っ張ると、先輩の有無も言わさずにこんなところまでやってきてしまった。人間、本気になれば何でも出来るものなんだと再確認。普通の精神状態だったらまず、出来ないだろう。…先輩の腕を引っ張って連れ出す、なんて。
自分のしてしまったことの重大さに半分後悔すると同時に、あの場に居るよりは今の状況は全然マシだったと、自分のしたことを正当化させようとしてるの半分。
結局どっちが良かったのかはわからないけど、現時点であの場にいるのは自分には生き地獄であったから、自分のしたことは良しとしよう。一人でそう納得してみる。
「!聞いてる!?」
「うわ、ハイッ!」
一人思いに耽っていて、全く先輩の話を聞いていなかった。かなりわたしのことを呼んだんだろう。次にわたしの耳に入ってきた先輩の声は明らかに怒っていた。そして顔を見れば、眉間の皺。相当怒らせてしまった。
わたしは今日、先輩を怒らせてばっかりだなあと冷や汗をかくが、だんまりしていても現状は変わるまい。…更に悪くなっていくことは必至だ。
わたしはとりあえず中庭にあるベンチに座ることを促すと、先輩はふて腐れながらも座ってくれた。座りざまに吐いた明らかに大きなため息はきっとワザとなんだろう。
「で、こんな寒い中わざわざ外に連れてきてなんなの?理由次第では覚悟しろよ?」
言ったあと、先輩はにっこりと微笑んだ。しかし、その端麗な顔…額あたりに見えるのはきっと漫画風に言うなれば怒りマーク。青筋を浮かべながら笑う先輩を何度か見てきたわたしとしてはコレはやばい状況だ。
今まで見てきたと言っても決して自分にだけは向けられたことはない怒り。それが今、まさにわたしに向けられている。…これは非常に不味い状況だ。背筋が凍るような思いというのはきっとこのことなのだろうと思う。まるで、死刑を言い渡される前の囚人のような気持ちだ。
明日、きっとわたしは今までと同じ学校生活は送れないだろう。…まだ卒業まで二年もあると言うのに…。
それもこれも全部先輩の気まぐれな行動の所為だ。誕生日だか何だか知らないが、わたしの平穏な日々を壊さないで欲しい。
「?何黙っちゃってるの?」
思えばこの一年、先輩の所為で全てが狂わされたと言っても過言ではない。
新しい学校、新しい教室、新しい友達、新しい先輩、そして小学校ではあまり気にしなかった先輩後輩と言う間柄。全てに夢を持ってこの学校へと入学した。
それなのに、その夢は数週間の後ものの見事に打ち砕かれたわけだ。あの時、先輩に出会わなければ、サッカー部のマネージャーにならずに済んだのに…。
「……?聞いてんの?」
「いひゃ…!へんぱひ、放してくだしゃひ…」
急にやってきた、両頬の痛み。そこで自分がまた一人トリップしていたことに気づく。目の前には更に怒気を含んだ先輩の顔のドアップ。先輩の手によって思いっきり伸ばされているわたしの頬。その所為で発音しづらかった。
懸命に言葉を発すると先輩はふん、と鼻息を荒くして、最後にもう一度強くわたしの頬を引っ張ると解放してくれた。
じんじんと痛む両頬を自身の両手で包み込む。多分わたしの頬っぺたは赤くなってるに違いない。少々涙目になりながら先輩を睨みつける。殆ど変わらない身長差故、他の先輩よりも近くに見える椎名先輩。…ちょっとだけ、怯む。
先輩を見れば俺は悪くないと言った風な態度。飄々としたその姿にため息をつきたくなった。
「で、此処まで来たワケは?」
先輩の大きな瞳がわたしを見据える。真っ直ぐな視線が痛いが、本当のことが言えるわけもない。
まさか人の視線に耐えられなかった、なんてそんなこと言おうものなら即雷だ。
「え、えっとそのあの…い、いい天気なので…!」
「寒いんだけど」
ばっさりと一本取られてしまった。
春、と言えども今日は本当にちょっと寒かった。最近暖かかったのに何故か、今日だけは。天気の気まぐれと言えばそれまでなんだけど、ちょっとだけ恨めしい。
わたしは即答した先輩を遠慮がちに見つめ、はは、と誤魔化すように笑った。それでも先輩の表情は変わらず怖い。
「す、すみません…」
「……」
「あの、急に、先輩が来るから、焦ってしまって」
ちょっとだけオブラートに包んだ本音をぽつりと吐き出す。そうすれば先輩の眉がぴくりと動いて中央の皺が一本増えた(気がする)
それから明らかに不機嫌そうな声色で言葉が続いた。「俺が来たら迷惑なの?」と。
迷惑なわけではないのだが、平穏な時間を壊されるのはちょっとだけ心外だ。
でもそんなことがいえるわけもなく、わたしの口からは「そんなわけじゃありませんけど…」と言う酷く曖昧な返事しか出なかった。また、先輩がため息をつく。
果てしなく思い空気がわたしと先輩の間に流れる。気まずいこの状況から本当なら一刻も早く抜け出したい。
でもそんなことは出来ないからこの沈黙に今は耐えるしかない。本当なら今頃、友達と昼食タイムをとっていたのに、何故こんなことになってしまったのか。本当に泣き出したい気分になる。
自然と顔を俯かせる。今わたしの視界を支配するのは茶色い地面。
「…で、一言もなし?」
「え…」
ぎゅ、と自分のスカートを握り締めた瞬間、ため息のあと聞こえてきた先輩の台詞に、わたしは顔を上げた。先輩の顔がすぐ傍に見えることに一瞬ドキリと胸が高鳴る。やっぱりどんなに毒舌だろうが口が悪かろうが、先輩の容姿には見惚れずにはいられない。
素っ頓狂な声を上げると先輩がまた眉根を寄せた。でもさっきとは違うのは、表情。
今まで向けられていたのは怒りだったはずなのに、今の表情からは怒りよりも別の何かを感じた。まるで、今にも泣き出してしまいそうな…苦しげな。残念そうな、淋しそうな。
「椎名、先輩?」
名前を、呼んでみた。でも先輩からの返事はない。ふい、と逸らされた視線。細められた瞳が切なく見える。
もう一度先輩の名前を呼んでみるけども、やっぱり先輩の返事はなかった。……変わりに、小さな舌打ち。
「ばっかばかしい。時間のムダだった。所詮出来の悪いマネージャーじゃこんなもんだよね。、もう帰れ」
それから、かけられた言葉はいつもの毒吐きのときよりも早口な言葉。一見独り言にも近い先輩の言葉。
聞き漏らしそうになったけど何とか全部拾うことが出来て、ゆっくりとわたしは意味を理解する。結局、先輩がなんでウチのクラスに来たのか、わからない。
「…椎名、先輩?」
先輩の真意は本当に謎だ。
「いつも世話になってる先輩の誕生日だって言うのに、『はあ』だけなわけ?」
多分、きっと、先輩の気まぐれだったんだろう。
「当日になっても全く姿を現さないしょうがない後輩のためにわざわざ僕が下級生クラスにまで来てやったのに、『はあ』の一言だけ?もうちょっと別の言い方ってものがあるんじゃないの?」
じゃなきゃ、わざわざわたしのクラスに先輩が来るわけがない。いつもそうやって突然現れては人を掻き乱してくんだ、先輩は。わたしの気持ちは無視して。
「それとも何?お前は誕生日だって言う人に対して『はあ』って言えって習ってきたの?」
それで、上手くいかなかったらすぐに怒って。こんな先輩の下につくなんて本当わたしって付いてない。今日だって思い通りに行かないとすぐに…。
「そんなわけないよね。もしそうだとしたらまあ仕方ないかもしれないけどさ、でも普通は『はあ』なんて言うわけがないよね―――」
そこまで考えて、先輩の言葉を全部思い出して。はた、と考えるのをやめた。なんか、ちょっと、わたしなりに答えが出たかも、しれない。
先輩を見る。先輩は不機嫌そうな顔をしたままだった。いや、でも、良く見るとその顔は…。だけどわたしの思い違いかもしれない。と言うか十中八九わたしの思い違いなんだろうけど…。でも、でも。
「先輩、もしかして、拗ねて、ませんか?」
言った瞬間、椎名先輩の頬がカァと紅く変化した。
え、もしかして…ビン、ゴ?それじゃあ、もしかして、先輩は。
「そんなわけないだろ!良いから早く教室戻れよ!」
わたしに祝って貰いたかったの、かな?なんて。思っちゃったりするわけです、よ。
「……、何笑ってるわけ?」
そう思ったら、笑いを堪えることが出来なくなった。なんだ、先輩も可愛いところあるじゃんか、ってね。
未だ紅い顔をしてわたしを睨む先輩。でもさっきまでの怖さは全く感じられなくて。
「先輩、お誕生日おめでとうございます」
にこっと笑ったら、先輩の大きな瞳が更にまんまるくなって、それからふん、とそっぽを向いた。
多分、先輩なりの照れ隠しなんだろう。そんな先輩を見て、笑顔が治まらない。
「…ブサイクな顔」
先輩の毒舌が、いつも以上に優しい声色で聞こえた。
― Fin
あとがき>>笛!の椎名翼さんの誕生日ネタでやっちゃいました…!(ガタガタ)てか、翼さんっていつ転校してきましたっけ?設定ではヒロインは中二で、翼さんと出会ったのはヒロインが中一で翼さん中二(サッカー部結成後)の予定なんですが…。翼さんが転校してきたのってもしかして中三だった?もしそうだったらおかしなことに…(全くだ)…ちょっと調べるのがもうめんどくさかったです。間違ってたら指差して爆笑するなりなんなりしてください。そして最後には忘れてください(…)もう随分遅れちゃいましたけど、誕生日おめでとです、翼さん。
2006/04/28