今日は日曜日。だと言うのに特別用事もなくて、でも家でごろごろしてたら、うちで飼ってるワンコ二匹が遊びにつれてけと言わんばかりに私の服を引っ張ったから。
しょうがない。ちょうど外は快晴で、絶好のお花見日和だろうと、犬二匹のリードと、家の鍵。そして携帯を片手に家を飛び出した。





チェレルメンテに恋をした





せっかくお散歩で花見するんだから、と意気込んでいつもの散歩コースよりも遠出することにした。
徒歩で行くのはいささか疲れるけれど、まあこまめに休憩すれば良いかと考えて、ちょっと遠めの公園までやってきた。
入り口からすでに見えるピンク一色に、思わず笑みがこぼれる。凄い満開の桜、だ。これが誰かと一緒だったらもっとはしゃいでただろうけど、あいにく傍に居るのは犬二匹。
はしゃいでたら馬鹿みたいだ。良い年した大人が。
心の中ではしゃぎながら、あくまで平然を装い公園の中へ入ると、やっぱり休日の所為か、沢山の人が花見を楽しんでいた。
歩いてゆくと、あちらこちらで良い匂い。ところどころにある屋台を見ると、やきもろこしやらイカ焼きやら、屋台の定番が所狭しと並んでいて、活気だっている。

ぐうう。

思わず、腹の虫がなった。そう言えば、昼ごはん食べてない。手元に目をやれば、でももっているのは携帯電話と家の鍵のみ。
ポケットの中を一応探ってはみたものの、小銭さえ出てこなかった。ああ、こんなことなら財布持ってくればよかった…!
激しく後悔。食べられないとわかっていると、さらにお腹が空くものである。

ぐうう。

先ほどよりも大きな音。ああ、食べたい。食べたい食べたい食べたい食べ―――

食欲と言う欲求が高ぶっていた瞬間、突然振動しだす手の中のモノに、私は声をあげずとも驚いた。
設定したメロディーが手の中で鳴り響き、私は携帯を開いて、(着信からしてメールだ)メールを確認すると、今では毎日やり取りしている相手からだった。

『すげー良い天気だな。今何してんだ?』

簡潔なそれに対しての返答を返す。犬の散歩だと伝えると、ぱちりと携帯を閉じた―――のだが、瞬間にまた振動。
今回は先ほどとは違うメロディーからして、電話のようだった。着信を確認すると、さっきのメールの主だ。
訝しげになりながら電話に応対すると、耳に直に聞こえる、少し色気のある声に、どきりとする。

『んじゃ暇なんだな』
「暇じゃありません、犬の散歩だって書いたでしょう?」
『あーまあそういう事にしといてやるよ。今どこにいるんだよ』

もう!と思いながらも、
T公園ですと伝えると、彼左之さんはわかった!んじゃ其処に居ろよ。と言って、自分勝手に電話を切ってしまった。
「ちょ!待って!!」静止なんて勿論届かないとは知っていたけれど、言わずにはいられない。けれども電話越しに聞こえるのは"ツーツーツー"と言う機械音のみだ。
慌てて電話をかけなおしたけれど、発信すれど、相手は出ず。メールを送ったけれど返事は返ってこなかった。

……と、言う事は、だ。私はここで彼が来るのを待たなければならないと言う事になる。
今、彼がどこにいるかわからないのに、だ。ぐうう。また、お腹がなった。
と言う事は、だ。私は彼が来るまで、この腹の虫と無言で戦わなければならないと言う事になるのだろうか。
辺りからは美味しそうな香り。…ゴクリ、思わず生唾を飲み込んだ。

勘弁してくれ。

私は無言で項垂れた。



★★★



「わりーな、遅れた!」

それから彼が来たのは、二十分余りしてからの事だった。急ぎ足で私の前まで駆けてくる。…遅れたもなにも、約束なんてしていない。そう思ったけれど、口には出さなかった。
と言うより、私が何かを言うよりも早く、犬達が反応したのだ。わんわんキャンキャン!と大声が相手に向かって投げかけられる。「うお!」左之さんが驚いたように後ずさった。
けれども、人当たりの良い笑みを浮かべると「おーよしよし!」って言いながら、一歩わんこ達に近づく。左之さんに近寄ったのは、オス犬の方だけだった。

「おー!人間に慣れてんのなあ」
「……その子は、男が好きなんです」
「…マジでか」
「嘘ですよ。人懐っこいだけです。んでこっちの子は、私に似て人見知りなの」

一方の近づこうとしない犬を見やって簡潔に説明すると、左之さんがたははと笑った。
それから雄犬の方を軽々と抱き上げると、私の方に近づいて、「ん、一つリードよこせよ」と私の手に触れた。

「犬の散歩の手伝いしてやるよ」

にかりと笑った笑顔が、まぶしい。言われるがまま、リードを渡してしまったのはそのせいだ。

「さーんじゃ、花見でもしながら散歩するか」
「…てゆうか左之さん、今日暇だったんですか」
「んあ?俺はの為ならどこへでも駆けつけるっつったろ?」

それは、もう何度も聞いた台詞。こうゆう甘い事が平気で言える人なのだ。
初めは戸惑いもしたけれど、何度も聞いてくると悲しきかな慣れてしまうもので、今では軽くスルー出来てしまう自分がいる。
今も例にもれず「はいはい」と呆れたように言いやると、左之さんは「またそうやって流す」と苦笑したけれど、だって…本気っぽくないんだもの。口を開いた瞬間。

ぎゅるるるううううう

一際大きなお腹の音に阻止されて、言葉を紡ぐ事も出来なかった。…発せられた箇所は自身からのお腹だと気付いて、顔が赤く染まる。
う、ああああ!無言で顔を手で覆うと、聞こえてくる、笑い声。けれどもそれは豪快な声ではなくどこか、押し殺したような―――我慢しているんだと気付いて、私は手の隙間から相手の反応を見て

「……笑うなら、もう思いっきり笑ってください…っ!」
「いやいやいや」

くくくと明らかに笑いを堪えてる左之さん。彼の手が、私の頭に降ってきて、ポンポン、と二三度優しく撫でると「待たせちまった詫びになんか買ってやるよ」と言った。
何が良い?いまだに笑っている左之さんの言葉に、「…焼きそば」とつんけんした言い方をしてしまったけれども、きっと私は悪くない筈だ。
可愛げない言葉だったけれども、左之さんは怒る事もせず、やっぱり笑顔で、了解。って言いながら、屋台の方に走っていってしまった。雄犬を連れて。
取り残された私は近くのベンチに腰かける。それから何の気なしに左之さんを見つめていた。


あ、女の子二人組に声かけられてる。


屋台の焼きそばを買っている際に、寄ってきた女の子二人組は多分私と同じくらいの年の子だろう。
何を喋っているのかはここからでは聞きとれる筈もない。まあ聞く気もないけれど。
だって、私と左之さんは、恋人同士でもない、ただのちょっと親しい知り合いだ。友達未満って関係だと思う。

だって、彼とこうやって二人で会うのは、実際今日が初めてだった。なんだかんだ理由をつけて断ってきた。
何故、と言われても困るが…まあ、あの容姿に性格だ。軽い男ノーセンキューな私にとって一番信用ならないタイプだったからだろう。
大勢で遊ぶには良い人だと思う。気配りも上手いし、お世辞も社交辞令も完璧。でもだからこそ、二人きりで逢ったら危ないと、心のどこかで察知した。
だから、二人で会うのだけはよそうって思ってた、のに。

…迂闊だった。

何やってるんだか。と自分に呆れながら、左之さんを見ていると、まだ女の子達を話している。
別に誰と会話しようと、その会話が盛り上がろうと私の知った事じゃない。そんなのはどうだっていいんだ。けど、時と場合を考えろっつー話だ。いい加減、こちらの腹は限界なんだ!

話なんて私にその焼きそば手渡してからでも出来るだろうに!んで、理由をつけて私とバイバイすれば済む事だろうに!
だんだんいらだってきたのは、きっとこの上ない空腹の所為だ。ああ、お腹空いた。なんで自分は財布持ってこなかったのか。やっぱり後悔が残る。
見ている、が睨むに変わってきた頃、不意に左之さんがこちらを見た。同時に、一緒に四つの目がこちらを見る。

え!

勿論、何を話してるのかはさっぱりだったけれども、左之さんに指差された瞬間に女の子二人組が左之さんから離れた事から、多分私の事を何か説明してたのだとは、理解した。
それから、焼きそばを持って駆け寄ってくる左之さん。「わりいわりい」と私の前までやってくると、ほかほかの焼きそばを私に手渡す。

「あり、がとう」
「ん、どーいたしまして」

備え付けの割りばしをパキリと割って、パックに入ったそれを一口食べた。ああ、お腹が満たされる。きゅるる、と胃が鳴った。「美味し」思わず笑みがこぼれたのは、ようやく与えられた食事からなのか。
すると、横から視線を感じて、ふっと見る。左之さんがばっちり見てる。あんまりご飯中見られるの好きじゃないから驚いてしまって、咀嚼もそこそこに結構な塊を呑みこんでしまった。
「あ、あんまり見ないでくださいよっ!」ちょっと息苦しかった。

「ああ、わりいな。なんか本当幸せそうに食うなって思ったら可愛くってよ」
「………はいはい」
「まあた流す」
「だって、左之さんの言葉って100パーセントお世辞ですって感じなんだもん」
「世辞使う女とそうじゃない本気の女って俺はちゃんと使いわけてるんだぜ」
「で、私は前者ですか」
「いいや、後者の本命タイプっつーこと」

ほんと、軽々しい!さわやかな笑顔に、一瞬騙されそうになる。ああもう!だから二人は嫌なんだ!まだこれで第三者がいてくれたら、上手く流す事が出来るのに。
左之さんの言葉をまるっきり無視して、出来るだけ今度は食べてる瞬間を見られないように反対向きで焼きそばを口に含んだ。
ああもう。左之さんのせいで焼きそばの味がわかんなくなりそうだ。

「誰にでも言うくせに」

ぽつりと呟いたのは、独り言に近かったけれど、左之さんには聞こえたようだった。
「誰にもじゃねーって」ぽん、と頭に手を置かれる。無骨な手がわしわしと私の頭をなでて、

「だって、今メールや電話してんの女では一人だし。それに、さっきの連中にもついてかなかっただろ?」
「………別に、ついていってくれて構いませんでしたけど」
「拗ねんなって」

彼は本当に口がうまいと思う。もそもそと焼きそばを食しながら思った。本当に女の人をドキッとさせる言葉を心得ている。
きっと私が素直な女であったなら、ころっと行ってしまうと思った。ちら、と横目で見た左之さんは雄犬を抱きながら、満開の桜を見つめていた。

「犬に感謝だなー」
「…なんですか、急に」
「いや、だって、こんな事ない限りとデートするなんて出来なかっただろうしな」
「ブッ!で、デートじゃないです!」
「え、花見デートだろうが」
「違いますって!ただの犬の散歩ですっ」
「んじゃ散歩デートだな」

にかっと笑う左之さんに、ああもうこれ以上いってもきっと無意味だと悟った。一枚も二枚も上手なのだ。それとも私の脳みそが足らないだけなのか。
はあ。ため息をつきながら、残り半分になった焼きそばを見つめる。初デートだと称すのならば、焼きそば食べるってなんてムードのないのデートなんだろうか。
いやいや、デートではないんだけども!仮にそうだとしての、仮定だ。


「なんですか」
「焼きそば、俺にも一口くれ」

見つめると口を開けて待ってる左之さんがいて。「…自分の分、買わなかったんですか」呆れたけれども、私自身のお金じゃなかったので強くは言えなかった。
それに「食べる気なかったけどがあんまり美味しそうに食べたから食ってみたくなった」なんて言われたら、断れるわけもない。
渋々箸で掴んだ焼きそばを彼の口に持っていこうとして―――気付いた。

「ちょ!てゆうか自分で食べて!」

危うく、あのバカップルで良く見る、

『ハイ口あけて?』
『あーん』

ってゆうアレを無意識にしそうになって、私は我に返った。上げるのはしょうがない。にしても食べさせてあげる道理はないはずだ。
箸と焼きそばを渡そうとすると、けれども左之さんは一向に食べる気配がない。「今の流れからして、食べさせてくれるんじゃないのか?」的な目で見られて、私は当惑する。
なんで、私が責められなくちゃならないのか(いや、彼は何も言ってはいないけど目が語ってる)気まずくなって、俯くと、ふいにパックを持っている手に、彼の手が添えられた。

それから箸を持っている私の手を掴むと、焼きそばを掴んで、

あ、っと思った時にはそれが左之さんの口に運ばれた。
顔が、熱くなる。

「さ、左之さんっ!」
「ん、うめ」

慌てる私とは正反対で彼は余裕の顔だ。それから口の端についたソースをぺろりと舐めとって、私の手を離した。
「さんきゅ」って言いながら返された焼きそば。馬鹿みたいに心臓が煩くなる。
別にどうってことない動作のはず、なのに。彼がすると、彼にされるとドキドキに変わってしまう。
ああもう、静まれ心臓!ぎゅう、っと無意識に胸辺りの服を掴む。すると、くくって笑い声が聞こえて、

「……食わねーのか?」
「…食う、です」

ドキドキしてるのを悟られたくなくて(きっと今の笑いからして、左之さんにはバレバレだと思うけど!)私はつっけんどんに言い返す。
それから、改めて箸をにぎって残りを食べようと口に運ぼうとした瞬間

「ああ、そうそう。そういや、間接キスになるなあ」

なんて、莫迦な事、言うから。
それ以上、焼きそばを食べる事が出来なくなってしまった。

ヤバイヤバイヤバイ…!

しまった、落ちてしまった。

「左之さんの意地悪」
「男は好きな女をいじめたくなるもんなんだよ。まあ、お前をいじめれんのは、俺だけっつーことにしといてほしいけどな」










後書>>さくちゃんとの電話で、書き途中の左之さん夢があるんだよー的な話をしてたんですが、なんかもう開き直ってupすることにしました。やっぱり中途半端。あ、ちょっとだけ加筆したんですけど、ね。
チェレルメンテ→音楽用語で「急速に」
2010/06/17