君と奏でるセレナーデ





「今日こそ、一緒に帰らへん?」
「帰りません」

にーっこりと笑ってあたしの前に立つ同級生に、私はいつもと同じ言葉を繰り返した。何度目になるのか。かれこれ、1か月は続いてる光景に、あたしはため息しか出てこない。
毎日毎日誘われ、いつもあたしはNOと答える。1か月間それが変わった事など一度もないのに、目の前の同級生、モトイ佐藤成樹は毎日毎日飽きもせず、誘ってくるのだ。

ハッキリ言って、あたしはこの男が苦手だ。

整った顔立ちに派手なイデタチ。金に染めた少し長めのストレートの髪、そこから覗く両耳にはピアスが開けられている。
一見、不良に見えなくも、ない。しかも噂ではケンカも強い、らしい(まあ見るからに、だ)けれどもフレンドリーな性格の為か(関西人だからか、妙に人懐っこい)(関西人だから、とか偏見カモ、だけど)意外に学校では人気者だ。
まあ、ルックスもあるのだと思う。女の子からの人気は半端じゃない。男の子からも、なんだがんだで慕われている(同様に怖がられてもいるけど)また、"なんでも屋"なるものも行っているらしく、それを利用する男子は多い。
"なんでも屋"とか言ってるけど、ようは助っ人だ。おもに部活動中心。彼はなんでもそつなくこなせた。
……確かこの前もバスケの試合、助っ人で出ていた気がする。

と、まあこの学校ではある意味「佐藤成樹」と聞いて知らない者はいない!と言うくらい、有名な人物だった(良い意味でも、悪い意味でも)

そしてあたしはと言うと、佐藤成樹を苦手とするくらいなので、どちらかと言えばまじめな部類に入ると、思う。
そんなあたしと佐藤成樹の共通点なんて、同じクラスと言うだけだった。

のに。何故、こうなってしまったのか。

それは、香取先生の、所為だ。

あたしは、二年になって、学級委員長をやっていた。
リーダーとか、あまり人に指揮する立場を得意とはしていなかったけれど、まあ打算的に考えて内申良くしたいと思い引き受けた仕事。
それだけなら、良かったのに。それだけなら、きっと佐藤成樹があたしにかまってくる事なんて、絶対ありはしなかっただろうに。

偶然。本当、偶然。

香取先生から、聞いてしまった…佐藤成樹の、事。
本人別段隠してるわけではなかったらしいけれども、どうやらコレを知ってるのは、先生達以外では、あたしだけ、らしい。

それを聞いてから、なんだか佐藤成樹にどう接して良いか、わからない。



「……そこ、どいてください」
「嫌やーゆうたら?」
「…………」

帰らない。とすでに断ったにも関わらず、出入り口の前を退いてくれない彼に、あたしは至極困ってしまう。
無意識に眉根が寄ってしまったんだろう、突然佐藤成樹の悪戯っこい笑みが苦笑に変化した。それから、くしゃり、とあたしの頭を撫でて「そんな顔、しぃひんなや」と困ってるのはあたしの方なのに、今や佐藤成樹の方が困った顔、してる。

「…だったら、困らせないでください、よ」

ぽそぽそと反論すると、佐藤成樹は「ごもっともやな!」とその言葉の時には、すぐに苦笑はどこかへ消えていた。
ついでに、あたしの頭を撫でた右手も、あたしの頭からは離れていた。

…わかんない人だ、と思う。

こうやってあたしを毎回困らせる態度をとるくせに、本気であたしが嫌がる事は絶対しない。

だから、あたしは―――彼が苦手だけれど、嫌いにはなれないのだ。





「なあ、?」

何とかのけて貰って、いざ帰宅。そう思ったのに、突然背中から声をかけられて、あたしはそっと振り返る。
勿論、相手は佐藤成樹しかいない。振り返った先に見た彼は、やっぱり笑顔で。



「そろそろ、敬語やめよーや?ホラ、俺ら同じ学年(・・・・)なんやし」



にっかり、と笑って言われた台詞は、「帰ろう」と同じくらい言われた台詞。
ドクリ、と心臓が騒ぐ。全身が強張るのがわかった。また、どうしていいかわからなくなる。

だって、あたしは―――彼の秘密を知っている。
秘密、なんてそんな大それたものではないのかも、しれないけれど。
そう思うと、今の発言にウンとは頷けなくて(いや、これはあたしの性格が大きく関係してる、んだけど)(他の人だったら、そこまで気にしないのカモ、だけど)

「まあ、考えたってくれや」

ケラケラと笑う彼は、同い年の男の子達と何も変わらないように見える。
気にしてるのは、あたしだけだってわかってる。なんでも気にしすぎるのは、あたしの悪い癖だ。だけど、だけど、だけど。頭ではそう思っても、いざ行動となると、難しいのだ。


『佐藤君ねー…実はわけあって1個ダブってるのよ。だから、年齢で言えばさん達より1コ上の先輩ってなるんだけどね?』


あんな事、香取先生が言うから。
そんなの、八つ当たりだってわかってるけど。だって、きっとその事がなかったとしても、きっとあたしは佐藤成樹が苦手だ、から。










しまった。――――寝坊、した。
中学入学して以来、こんなこと初めてだった。無遅刻無欠席。それが、あたしの唯一の取り柄だった。小学校も皆勤賞だった。それが唯一あたしの誇れる事だった。
のに、油断、してしまった。けれど、まだ諦めるわけにはいかない。唯一の救いは、前日に準備をあらかたしていたことだろう。
何としても遅刻するわけにはいかない。あたしは急いで制服に着替えると、そのままカバンをひっつかんで家を飛び出た。
いつもは二つに結ぶ黒髪も、今は構ってなんていられなかった。

そのおかげか、何とかギリギリのところで遅刻は免れた。
ほっと、一息してあたしは席に着く。すると、前からかかる声。

「あれ?今日は髪、下ろしとるんや?」

普通は「おはよう」と言う挨拶がセオリーなのに、違う台詞にあたしは顔をあげた。
目に映るのは、金色。それだけで誰だか明白だ。「…佐藤、君」名前を呼ぶと、にやっと笑う彼の顔が視界に映る。
それからあたしは彼の今言った言葉を思い出して、サァァと顔が青ざめるのがわかった。「ち、遅刻しそうで、今日は結んでくる暇なかったんですっ」きっと今、凄い髪形してるに違いない。きっとこのニヤニヤ笑い、莫迦にしてるんだわ!とネガティブに考えて、あたしは恥ずかしさでどこかに逃げだしてしまいたかった。言い訳がましいとは思ったけれど、そんな顔見たら、言わずにはいられなかった。
慌てて髪の毛を抑え込むと、佐藤成樹はいったんキョトン、と顔してから、また笑顔になった。

「えー俺こっちの方が全然好みや」

………。

「ま、いつものまじめそうな髪形もええけどな」
「っ!」

なんで、なんで、なんで。


彼は、そんな事、言うんだろう。なんだか馬鹿にされてるみたいで、無性に悔しかった。
ぎゅっと口を結うと、佐藤成樹の腕があたしに伸びて来て「めっちゃ綺麗な黒髪やもんなー」て言いながら、あたしの髪の毛に触れた――――

「っ」

瞬間あたしの中で、何かがはじけた。



「馬鹿にするのも、いい加減にしてっ!」



シン、と周りが急に静かになるのが、わかった。
ここが、学校だとか。クラスの皆が見てるだとか。もう、気にしてられなかった。
ガタンっ!と勢いよく椅子を引いて立ちあがると、佐藤成樹が驚いたように目をパチクリさせてあたしを見上げる。「?」と彼があたしの名前を呼んだけれど、それでもあたしの興奮は収まらなかった。
ううん、それどころか余計に拍車がかかったように、燃え上がる。

「あたしはっ、あたしは貴方みたいな不良、大嫌いですっ!人の迷惑考えない人も大嫌いです!もう、あたしに構わないでっ!!」

言いすぎた。とは、言った後に、思った。けれど、口をついて出てしまった言葉は今更取り消す事なんて出来ない。
未だ静まり返った教室内。一番初めに我に返ったのはあたしだった。さっきまで全然周りが見えてなかった癖に、急に他人の視線が全部あたし達に向いているのだと認識すると、羞恥心がブワっと沸きあがる。


あ、あたし…なんて、事…


見下ろした先には、呆気にとられたと言った風な佐藤成樹の姿が映って。ぽかん、と開いた口が、ゆっくり動く。
急に、恐怖がこみ上げてきた。何か言う。そう咄嗟に思って、あたしはその場を逃げ出した。






キーンコーンカーンコーン

始業のベルが、鳴った。ああ、折角遅刻せずに来たのに、結局これじゃあ遅刻扱いだ。と、心の中で思う。けれども、あの場に戻る事なんて、できそうにない。
さっきの光景が、頭から離れない。呆気にとられた彼の顔が一瞬だけ、傷ついた顔、してたように…見えた。

あたしの気の所為かもしれないけど!てゆうかその可能性が高いけど!

だって、あんな一言で、傷つくようなヤワな神経してなさそうだもん

「…でも」

傷つくようなヤワな神経じゃない…なんて、どうして言いきれる?って、思う自分もいて。
だって、実際はあたしは佐藤成樹じゃないから、わからない。もしかしたら凄く傷ついてたカモ。そう思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。
う、でもでも。あたしは何度も困ってるって言った。それなのに

『えー俺こっちの方が全然好みや』

あんなこと、佐藤成樹が、言う、から。彼にとっては、何気ない一言だっただろう。
でも、あたしは言われ慣れてないんだよ。だから、つい、プツンと来てしまったんだ。我ながら気が短いって思う、ケド。
でも、でも、でも。乙女の純情を弄ぶ佐藤成樹が悪い!と思う。
アイツは、自分が女子からモテること、知ってるハズだ。そんな人気者に「好みだ」なんて、冗談でも言われたら―――困る。
あっちからしたら、何気ない一言でも、受け取る相手が本気にしてしまったらどうするんだ。

あ、いや。あたしは本気にしないけど!

だって、佐藤成樹があたしにホレるなんて、絶対あり得ないってわかってるもの。
佐藤成樹があたしにしつこく声をかけてくるのは、あたしが佐藤成樹の秘密を知ってるからってだけだもの。
―――チクリ。胸が痛んだ。
この感情を、あたしは何となくわかってる。でも、認めたくない。認めちゃ、イケナイと思ってるから。
だから、本気にするな。本気にするな。本気にするな。

好みや、なんてあんなナンパな人だもん。誰にだって言ってるに決まってる。社交辞令。リップサービス。冗談なのだ。本気に構えてたら、バカにされる。
カシャン、とよりかかったフェンスが音を立てた。

「こら!そこの女生徒!何やっとる!!」
「っ!?」

思わず、身を引き締めてしまった。今の時間からなると、もう一時間目が始まる時間だ。しかも、ここは立ち入り禁止場所である。
あああ、内申が…!とか、怒られるっ!とか色々頭の中に入り込んできて、あたしは思いっきり頭を下げて潔く謝った。「プッ」その直後、聞こえてくる笑い声。
頭上から聞こえてくるそれにあたしは恐る恐る頭をあげると――――「………さ、とう…く…?」…戸惑いに、上手く言葉が発せられない。
今目の前に居る人物は、多分あたしの知っている"佐藤成樹"なんだろう、ケド。でも…目の前に居る男は、先ほどとは別人のような装い、で。

「なーに、間抜けな顔しとんの?」

だって、今目の前に居る彼の髪は、キラキラ光る、金髪のハズ、なのに。今は、真っ黒、で。その黒髪から覗く耳には、装飾物が一つもない。ただ、名残として、ピアス穴がいくつも見えた、けど。
視線をずらせばいつもだらしなく着崩している制服は、第一ボタンまでびしっと止められていて。靴だって、何度注意しても絶対かかと踏んでたくせに、今はきちんと履いていて。

「コーラ。無視かい!」
「………」
「俺がナイスガイなんで見惚れるんはわかるけど、そろそろ帰ってきーや?」

っ」

でも、喋るとやっぱり関西弁で。「な、んで」あたしの口から出てきたのは、やっぱり疑問、だけで。だって、だって、急になんで。そんな。
じっと見つめると、佐藤成樹は一瞬キョトンとした後、ツンツン、と自分の黒髪を掴んで、ニカリと笑った。

「だって、委員長が、不良は嫌いゆうから」

俺なりに、考えてみてん。で、ちょっくら抜け出して髪染めて来てん。ど?

なんて、いつもと同じテンポで言う。でも、いつものように、流せなかった。
もしかしなくても、あたしは、彼を傷つけてしまったんだろうか。て、思って。罪悪感が、押し寄せる。

「ご、ごめん、なさい!そんなつもりじゃ…っ、」

まさか、あんなに教師に言われても絶対染めなかった金髪を、黒にする、なんて。
よくよく考えてみれば、改心したって事なのカモ、だけど。…でも、きっと彼は"金髪"と言うものに、こだわっていたハズなのに(理由は、わからない、けど)それなのに、あたしの無責任なひと言で…。
だって、誰だって、人に嫌われるのは―――怖いハズ、なのに(それが例え、特別好きな人じゃなかったと、しても)

思ったら、泣けてしまって。

「何で泣くん?…俺、不良なつもりはなかったけど、まあまじめやなかったから、だからは俺の事嫌いやったんやろ?」

「俺なりに考えて少しでもに気に入られよー思たのに。…これじゃあアカンのんか?」

ずい、と彼が一歩前に進む。でもその一歩が余りにも大股だったために、あたしと佐藤成樹の距離が一気に近づいた。影が出来る。頭一個分大きい佐藤成樹が身体をかがめた。
視線が一緒になる。大きな瞳があたしを見つめる。「?」ふわりと舞う髪の毛が、凄く違和感。本来ならそれが当たり前のはずなのに。でも、決してそれは佐藤成樹の当たり前ではなくて。…違和感。

「ごめ、なさい」

そっと、彼の髪を触る。一瞬佐藤成樹の顔が強張った気がしたけれど、それでもあたしはその手を離さなかった。
そっと触る"黒髪"は。初めて触ったけれど、やっぱり違和感があった。

本当は、違う、のに。
本当は、違ったのに。

「…俺、ホンマの事好きやで?…だから、信じてくれんか」

コクン、と頷いたのはもう無意識だった。何度も、何度も頷くと佐藤くんが、ふっと笑うのがわかった。
「ごめん、ね」素直になれなくて、ごめんね。

ほんとは金髪の髪も、耳に光るピアスも、着崩した制服も、フレンドリーな性格も、

仕草も、
声も、
喋り方も、
八重歯の覗く笑顔も、

全てに、魅了されてた、のに。

苦手だと思っていたのは、彼全てが、あたしとはまるで正反対だったから。
だから、怖いと思った。自分とは相いれない存在だと思っていた。きっと惹かれてた。
でも、だからこそ、この恋は認めちゃいけないと思ったの。

だけど。それももう、限界だ。


「あたし、ありのままの佐藤君が、好き、だよ」


今更だと、彼は言うかもしれない。でも、伝えずにはいられなかった。
嗚咽が、自分の意志とは関係なしに零れる。泣き顔なんて、見せたくないと思うのに、あたしの瞳からははらはらと涙が零れ落ちる。

…え、ちょ…」
「ごめん、ごめんなさい、まさか、そんな…に佐藤君傷つけてたなんて、きづ、かなくて」

…」

不意に、目の前に影が出来て、そっと抱きしめられたのはそのすぐ後だった。
ふわりと香るのは、彼のお気に入りの香水、だろう。でも嫌じゃない、香り。

「ごめん、!…まさか泣かせるとは思ってへんかった!」

聞こえてきた声はいつもと違って余裕がない。抱きしめられた形からは彼の表情は見えなかったけれど、声の質からして本気で驚いてるようだった。
ぎゅうっと強く抱きしめられた後、両肩に佐藤君の手が置かれて、一定の距離が保たれる。見つめ合う形になったけれども、それは一瞬だった。気まずそうに離された視線。
俯きがちの佐藤君の表情を泣きはらした目で見つめると、「ええっと…怒らんで聞いてほしいんや、けど」言いにくそうな、声色。それから、またあたしを一瞥して。

「……髪、染めてへんねん」
「…………………」

「はっ!?」

「ホンマ堪忍やで!いや、ホンマにするとは思わへんかってん!…ほら、あれや。あのー…一日黒染め?っちゅーやつ。スプレー型の。それそっこーで買って来て、シューしただけっちゅーやつ」

せやから、洗ったら元の金パに戻んねんけど。

「まさか、マジにとって泣くとは思わんから。…あ、でも俺の気持ちはホンマやで!?そこは間違うてへんけども!あ、でもほら、今俺のありのままがええゆうてくれたもんな!」

彼の言葉の意味が、わからない。え、一日黒染め?スプレーで、染めた?てことは、さっきの美容院行ってきたって、ウソ?
よくよく考えれば、あんな短期間で染めて来れる時間なんてあるわけないと言うのに。あああ、なんか、もう。
この感情を一言で表すというのならば。

「………佐藤、君」
「……はい」



「今すぐ、黒髪に染めてこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!」



きっと、愛しさよりも、怒りだった。










後書>>笛!では水野が好きだったくせに、シゲさんが初登場で現れた瞬間、あたしの中で王子様が切り替わりました(笑)シゲさんらびゅー。
セレナーデ→音楽用語で「小夜曲」
20105.14