ダイエットすることを決意して、一週間が経った。
 春〜夏と言うのは、結構露出が増え始めるため、常に気を張っていたから体重の変動はあまりなかったものの、秋〜冬にかけて、と言うのは気が緩んでしまうと思う。何せ厚着になるから殆どの肌を隠してしまう。中にはミニスカート履いて雪の中頑張るって子もいるけど、あたしは前者の方で、寒いなら防寒!と言うタイプだったから、それがいけなかったんだと思う。秋はおいしい食材がいっぱいでついつい食べ過ぎてしまい、一週間前に体重を量ったら、気がつけば3kgも増えてきた。
 これではまずいとようやく気が張ってきて、ダイエットをすることにした。太るのは簡単だけど、やせるのは難しい。私は太りやすく痩せにくい体質なのでかなり不利だ。たかが3kgされど3kg…。体脂肪なんか26%だったからかなりショックだった。20代前半の女の子の平均体脂肪率は24%だ。…つまり、超えているわけで。

 「…うぅ、あと2,4kg…」

 間食禁止!ベジタブル中心の食事、適度な運動として毎朝ジョギング、私の場合、学校はチャリ通だったけどそれも止めて徒歩にすることにした(前TVで徒歩のほうが脂肪を燃焼しやすいって言ってた)毎日毎日頑張って、漸く一週間。だけど、中々痩せはしない。ダイエット宣言してから、大好きな彼とも会わずに頑張ってるというのに!(私の彼は自慢じゃないけど優しいし、私に甘いから私の決意が揺らいでしまうのだ)
 ……にっくき私の忌々しい脂肪分め!…全く、泣きたくなってくる。

 そして、一番むかつく最大の敵は。毎日八時にやってくる。


 「いしや〜きいも〜、焼き芋〜」


 くう!誘惑しないでってばっ!



   * * *



 ……もう、最悪だ。
 今日も歩いて学校に行こうと決めていたのでいつもよりも早くに起きた。結局、ダイエットは一週間にして挫折。つい、間食をしてしまったのだ。八時以降は何も食べない!と言う目標を部屋の壁にでかでかと貼り付けたのに、今やそれが空しくぺらりと捲れている。ああ、もう本当最悪だ。何故こうも自分は継続力と強い意志が無いんだろうか…。

 結局あれから、焼き芋屋さんの誘惑に負けて、焼き芋を買ってしまった。
 だって、えんえんとうちの近所に居座ること、三十分ですよ。しかも少ない量の食事+野菜中心。悲しきかな、現実は我慢で何とかなるわけでなく、いつの間にか私は真っ白いダッフルコートに身を包み、手には財布を握り締め、焼き芋屋さんの目の前に立ち止まっていた。此処まで来たらやっぱり良いなんていうわけにも行かず、しかも近くに行けば行くほど良い匂いが私を誘う。

 『あっちのみ〜ずはに〜がいぞ、こっちのみ〜ずはあ〜まいぞ、ほ、ほ、ほ〜たるこい!』の曲調で、『あっちのい〜もはに〜がいぞ、こっちのい〜もはあ〜まいぞ』なんていう替え歌まで作っているだけあって、食欲をそそる美味しそうな匂い、温かな湯気。気づけば焼き芋を五つも買ってしまっていた。そのあと調子に乗って、やっぱり冬は焼き芋よね、なんてこたつに入りながらもぐもぐもぐもぐ。お母さんにアンタ、ダイエット中じゃなかったの?と言われて、はっと我に返ったときには、お芋さんの姿はであったときのあのふっくらさは欠片もなく、目の前に映るのは、お芋さんの薄っぺらな身包みのみ。やってしまった!と気づいて体重を量ったら、ああ、吃驚。

 ……3kgのリバウンドだ。初めと合わせて約5kgも増えてしまった私の体重。しかも夜に、だ!太りやすい夜に!目の前が真っ暗になるというのがこういうことなんだと初めて知った。ふらっと軽い眩暈を覚え、これでは駄目だと慌ててコートを羽織って、ジョギングをした。無駄なあがきだと言うことは重々承知だったけど。
 朝起きて体重を量ったら、やっぱり無駄なあがきだった。ちっとも体重の変動がなかったのだから。


 これじゃあ、何のためにディーノさんに会わずにいたっていうのよ!


 外靴を履きながら、もう一週間も逢っていない彼のことを想う。彼は自分よりも年上で、それで居て凄く大人っぽい。頼りがいがあって、部下想いで、何でもできる素敵な人だと思った。ディーノさんのことを好きになったのは多分、会った瞬間から――― 一目惚れだと思う。でも、何度か会っていくうちに、話すうちに、やっぱり素敵な人だと尊敬に居た気持ちを抱いていた。
 でも、きっとそれは本当に好きじゃなかったのかもしれない。完璧に私、この人のこと好きだ、って気づいたのは、初めてのデートのとき。
 そのときはまだ付き合ってもなかったからきっとディーノさんからしてみればデートでもなんでもないかもしれない。反対になんか…保護者?みたいな、感じに捉えてたと思う。それでもアレは私にとっては誰が何と言おうとデートで。初めて誘ったときのことは今でも覚えてる。ドキドキして、出られないかもしれないけどいつでもかけてOKだよ、と教えてもらった携帯番号。でもかける勇気が出なくって、デートを誘う日までかけたことなんてなかった。
 震える指先で、アドレス帳を開いて、ディーノさんの名前を探して、発信ボタン。そのボタンを押すまでに随分と時間がかかっちゃって。一度目は、失礼ながらワンギリしてしまった。二度目は出た途端吃驚して切っちゃって、あ、これ絶対イタ電だと思われた!嫌われちゃったかな、と不安に思ってたら、あっちからのコール。
 ドキドキして、何度目かのコール音の後、震える手で通話ボタンを押した。はい、って言う音はきっと凄く震えてたと思う。変に裏返ってしまったことも覚えてる。
 そんな私にディーノさんは「緊張しなくていいよ」と受話器越しにくすっと笑った。それが、とても大人な感じを作っていて、かっこいいなって思ってた。
 初めてのデートは、映画だった。あのとき話題になってる感動物語。ベタかな?と思ったりしたけれど、ディーノさんは快くオッケーしてくれた。素敵だな、と何度となく思った。
 緊張でバクバクだったデート当日。大人っぽく見られたくて、落ち着いた服装で行った、待ち合わせ場所。変じゃないかな、不釣合いに思われないかな?と不安でたまらなかった。そしたら時間五分前に現れたディーノさん……達。
 部下なのか良く知らないけど、凄くショックだったのは確かだ。それが完璧顔に出ていたらしく、映画館に入ったときに、ディーノさんが「お前らは帰れ」と言ってくれた。ああ、やっぱ良いな、と惚れ直した瞬間。
 でも、きっとあのときの私はディーノさんの大人の部分に憧れに近い恋心を持ってたんだと思う。
 映画が始まって、ここクライマックス!と言ったとき、思わず涙腺が緩んで泣きそうになったとき、でもこんなところで号泣したら子どもだなって呆れられちゃうかな?と思って我慢してた。でもそんな心配はなかったみたいで、ふと横を見ると、大粒の涙をこぼして感動しているディーノさんの姿があった。こんな風に泣いたりするんだ。結構感動屋さんなんだ、とかっこいい顔とは裏腹なそれに驚きながらも可愛いなと思った。
 映画が終わって、出て行くときもそうだ。階段の段差に気をつけなくっちゃ、と思いながら高いヒールでこけないように歩いてたときのこと、後ろを歩くディーノさんのほうから凄い音。ドッテーーーン!と豪快なそれに思いっきり振り返ると、見事にこけてるディーノさんがいた。
 実は結構ドジで抜けてるところがあることを知った。そのときのギャップに、更に彼のことを好きになってる自分が居て。守られたいって思ってた気持ちから、支えたい!って強く思うようになった。
 そんな気持ちを抱いて、数ヶ月経ちようやく彼女になれた。告白したときはそりゃあもうドキドキしましたよ。フラれてたらきっと私は身投げしてたに違いない。それくらい本気だった。それがディーノさんにも伝わったのか、告白は成功。にっと笑ってくれた表情がたまらなく好きだと思った。

 「行って来ます〜」

 気の無い台詞を言った後、玄関のドアに手をかけた。憂鬱だ、いま、凄く憂鬱だ。出来るなら昨日のことを全て取り消しにと願うくらいに。はあ、とため息をついて、引き戸を開けた。キラ、と太陽が眩しく降り注ぐ。思わず目を細めて……私は、固まってしまった。

 そこには、居るはずが無い人の姿。

 「おはよう」
 「……、」

 なんで、なんでなんで!私の頭にそんな言葉ばかりが浮かび上がっては詰め込まれる。だって、彼がいるはず無い。なんせ、ダイエットを始めたとき、痩せるまで会わない!と豪語して連絡も取らなかったのに。忙しいのも知ってたから、多分あっちからも電話やメールもなかったと言うのに。けど、目の前にいるのは紛れもなく、

 私の、大好きな人。

 「?」
 「えっ、あっ!」

 ちっとも返事が返ってこない私に不信感を抱いたのか、次にトリップから帰ってきた私の目の前にディーノさんがいた。ていうか、近すぎ!違う意味で言葉が出てこない。そんなのきっとディーノさんは知らないに決まってるけれど。私はどもりながら、ディーノさんの名前を呼ぶと、ん?と優しく返事が返ってきた。

 「な、なんで、いるん、ですか?」

 言いたいことはそんなことじゃないはずなのに、全く素直になれない自分が可愛くなくて嫌だ。でもそんな私の言葉にディーノさんは嫌な顔一つせず、にこりと大人な笑みを浮かべると私の頭をくしゃ、と撫でた。あ、折角髪の毛セットしたのに、って思うけど、嬉しさのほうが大きくて暫く何もいえなくなってしまう。

 「、何してんのかなーと思ってな」
 「…会わないって、言ったのに」
 「…あれ、俺それ了承したっけか?」

 おどけたような台詞に、思わず言葉を失った。そうすれば頭に置かれた手のひらがわしゃわしゃ、とまた髪の毛を撫でる。「大体ダイエットってなー」と説教をおっぱじめようとするディーノさんに口を尖らせて抗議しようとするものの、撫でてたほうの手で小さくでこぴんされた。

 「だって、太っちゃったんですもん。…太ってるの、ディーノさんに見られたくなかったし…それに、」

 ちらりとディーノさんを見上げれば、逆光を浴びてるせいか凄く眩しかった。そこから一度視線を落として、小さく呟く。

 「…太ってる彼女、なんていやでしょ?」
 「俺は構わないけど」
 「っ!じゃあディーノさんは私がブテブテになっても良いんですか!」
 「え、きっとなら太っても可愛いと思うぞー」
 「〜〜〜〜っ!だから!だからディーノさんに会いたくなかったのにっ!そうやってディーノさんが甘やかすから!」

 こんなの八つ当たりだって、解ってた。でもどうしても優しさに反抗してしまう。む、と頬を膨らませれば苦笑してるディーのさんの顔が映った。ポンポン、と頭を軽くまた撫でられる。嬉しい反面悔しい。年上の余裕?みたいなのが感じられるからだ。
 わかってた、きっとディーノさんは外見なんて気にせずに中身を見て判断してくれる人だって。わかってたけど、でもそれじゃあ私が嫌だったのだ。

 「じゃあ、は俺に会いたくなかったのか?」
 「っ」

 そんなわけ、ない。会いたかった、勿論会いたかったに決まってる。何度電話しようとしたか、何度メールを開いて文を打ってたことか。でも、それじゃ甘えてるみたいで嫌だったのだ。でも結果的にそれがストレスになって、結局我慢できずにドカ食いなんてして、リバンドした自分。莫迦みたいで、情けなくて、悔しかった。こんな私を見られたくなかった、のだ。

 「あ、会いたかったに、決まってる、じゃないですか…ッ!」

 きっと気づいてるくせに。私がどれだけディーノさんが好きで、どんなにどんなに一緒に居たいって思ってるか。授業中も、休憩時間も、部活中も、会えない日、ずーっと。思い出さない日なんてないと言うのに。
 言えば、ディーノさんが良かった、って言いながら笑って両手を広げる。…この合図はすぐわかる。私はそれを見て、思いっきりディーノさんに抱きついた。

 「ばかばかばかばかばか!ディーノさんのばかばかばか!」
 「わりぃわりぃ」

 ぽかぽか!と何度もディーノさんの胸を叩きながら文句を言い続ける。言いたい言葉は違うのに上手く出てこない。本当に自分は子どもだ。そう認識させられる。でも、私を抱きしめ返してくれるディーノさんも悪い。優しすぎるのだ。もう一度ばか、って言うと、ディーノさんがうん、と笑った。

 「どうしてもダイエットしたいなら、俺も協力するから、な」
 「ディーノさ」
 「だから、会わないのはもう禁止。解禁、な」
 「…っばか!」

 ぽか、ともう一度ディーノさんを叩くと、ディーノさんが快活に笑って私を一度ぎゅっと抱きしめた。

 「…の言う『バカ』って『好き』って意味だよな」
 「……っ!ディ、ディーノさんのばあああああかっ!」



 『あっちのい〜もはに〜がいぞ、こっちのい〜もはあ〜まいぞ』

 そんなメロディーが私の脳裏に過ぎった。けど、今度からならきっとその誘惑にも勝てそうだと思った。

 「ディーノさん!私、ダイエット頑張るね!」
 「おー。その調子その調子。だけど、、」
 「はい?」
 「学校、そろそろ行かないと遅刻じゃないか?」
 「ひっ!ディーノさんのばかあああ!」
 「しゃあない、俺の車に乗ってけ」





冬色ダイエット模様





 あとがき>>大好きなディーノさん。ディーノさーん!愛してますー!でも貴方の口調と性格つかめません!(笑)唐突のディーノさんネタは、日記にて公開(笑)

2006/12/17