あだ名をつけましょ
「雲雀はさあ、何かこの学校で浮いてるよね」
そう言ったのは、いつもいつの間にか隣にいるさんだった。同じ委員会に属している彼女は、資料をまとめながら急にそう口にすると、僕を見つめた。じっと揺ぎ無い真っ直ぐな瞳にドキリとする。
実は、僕は彼女のことが好きなのだ。さんにそう言ったら(所謂告白、だ)「あたしも好き」とあっけらかんと。そう、それも普通の会話と変わらない風に言い放った。…それがあまりにも普段と変わらないから(別にさんに頬を赤らめろ、とかそういう乙女的なことを期待したわけじゃないけれども)意味、わかってる?と聞いたことがある。「勿論解ってるよ。あたしは雲雀のことが好きで、愛してるよ」と真剣に言われた。…嬉しい、と不本意にも思った。群れるのが大嫌いな僕なのに、彼女だけは許せる。いや、反対に彼女が居なければならない。心の中ではポーカーフェイスでいられない。そのことに彼女は気づいているだろうか?
そんなこんなで、全く代わり映えはないが、僕とさんの交際が始まったわけだけど。本気で何度も言うが何が変わったのかは解らない。呼び方だって以前のままだし、甘い雰囲気があるわけでもない。勿論こんな感じの彼女が甘えてくるわけもない。はたから見たら付き合ってんの?って感じかもしれないと僕はどこかそれを他人事のように思った。…実感が、わかないのだ。恋人とか彼女とか、そういうの。(だけど僕はさんが好きだ…そういうものなんだろうか?)
「…突然、どうしたの」
言えば、さんが「実は前から思ってたんだよ」と大きな瞳をぱちぱちと瞬きさせて、重ねた資料をホッチキスで止めた。僕はそれを一瞥すると、怪訝そうに彼女を見やる。…浮いてる、なんて思ったことがないのだ。勿論生徒の全員が僕に怯えの感情を持っているのは自負しているけれど、でもそれを浮いてるなんて思ったことがない。今まではずっと一人でいいと思っていたし、一人の空間が好きだった。何より、学校自体が好きだったのだ。なので、突然の台詞に、顔には出さなかったけど動揺した。
「なんかさ、あたしの友達とかさ、怖がってるよ、雲雀のこと」
「だから?」
「…あたしとしてはさー、雲雀はやっぱ自慢の彼氏だし、凄い好きなわけよ。だから、同じように好きな友達には好感持ってて欲しいわけ。でも本人同士がそれを拒んでるっていうか…なんか一線引いてるっていうか。…フレンドリーになれとは言わないけどさ、もうちょっと砕けてもいいと思うのよね」
パチパチとホッチキスを止めていく作業を見やっていると、彼女が淡々と喋る。会話の中で「自慢の彼氏」とか「凄い好き」と言われたけれど、それはもう普通に「今日のお弁当美味しかったんだよね」とか「ドラマのなんとかくんが凄い好きなんだよね」と言う日常会話みたいな気がしてならない。その証拠に、彼女の視線は一向に僕ではなく、その薄っぺらな白い紙に釘付けだ(まあ目を離しながら作業が出来るほど、器用ではないんだけどね)
どんどん積み重ねていく資料は今度の会議で使うものだ。彼女は良く喋るけれど、それと同様に手も動かしてくれるから、凄く助かる。
「…どうすれば良いって言うの?」
「まあ、雲雀がさ人懐っこい性格だなんて思ってないけど、もうちょっと歩み寄ってほしいかなって思うわけですよ?」
「……例えば?」
僕はさんのお願いに対して興味もなかったけれど、とりあえず彼女の意見を聞こうと尋ねれば、さんが一度プリントから視線を外し、僕を見た。それから、眉根を寄せて「うーん…」なんて考え始める。ピタリと止まった手を僕は見つめていると、彼女がちら、とまた僕を見たのに気づいた。僕も視線をさんの顔に向ければ必然的にかち合う視線。じっと真っ直ぐ見つめられて、僕は言葉を忘れたようにただ黙り込んだ。
「あだ名つけるとかさ」
「…あだ名?」
「そう、例えば」
そう言った彼女の唇を見つめていると、ノック音がした。失礼します、と。視線をそちらに向けて、どうぞと低い声で言い放つと、ゆっくりと扉が開いた。また、二人っきりなところを邪魔する輩。チッと小さく舌打ちして、ドアの向こうの人物をこの眼に焼き付ける。そうすれば、現れたのは三人組。
「……なんで君達が此処にくるかな」
「あ、ひ、雲雀さん」
ちょこんと出てきたのは綱吉。僕のボスに当たる人物だ。隠さず嫌そうな顔をすれば、綱吉が困ったように目を泳がせる。その横で獄寺が「お前、十代目になんつーこと!」とか何とか言ってるけど、今の僕には関係ない。じろりと見やれば更に小さくなりそうなくらい身を縮める綱吉が居た。さんを見れば彼女は人好きだから「いらっしゃい」なんて笑みを向ける。…なんか、ちょっとむかつく。いや、大分むかつく。そう思ったところで実は自分が凄く独占欲が強いんだと気づいた。…きっとさん限定なんだろうけれど。
「まあまあ、雲雀、そんなカッカすんなって」
ハハっと阿呆みたいな面でにこやかに笑う山本に視線を向けて、僕はもう一度舌打ちを打った。直後さんの「こら!雲雀、失礼でしょ」と咎める声が聞こえてきて僕は口だけの謝罪をして、椅子に深く腰掛けた。
「で、何の用なの?」
言えば、三人は互いの顔を見合わせた。それからははっと苦笑した綱吉が「実は、リボーンが雲雀さん連れて来いって」と紡いだけれど、ハッキリ言って僕は従いたくなかった。今の状況見てわかるでしょう?ふうん、とにこやかに笑ってやると綱吉の身が固くなる。その様子を楽しんでいるとさんが「そこが問題なんだよ」と呆れたように言った。
「ほら、やっぱりあだ名が必要なのよ」
「…ああ、そういえばそんな話をしていたね」
三人をほっぽってまた話を戻すと、三人はドアのほうで突っ立ったままだ。それを空気のように扱っての話に聞き耳を立てると、そうそう。と彼女は資料を積み重ねながら言った。
「ひばりん、とかどうよ」
「…は」
… … … 。 何 、 言 い 出 す の 、 こ の 子 。
思わず素っ頓狂な声が僕の口からついてでた。そうすればさんが「だーかーらー」と間延びの声で続ける。
「ひばりん、とかどう?って言ってるの!可愛くない?」
「…可愛さを求められても困るんだけど」
言いやれば彼女は「そう?」と普段の声で言った。さんは「似合うと思うんだけどな」とぶつぶつと独り言を呟く。それから声を少し上げて「それに、ほら…なんか雰囲気が柔らかくなる気がしない?」と尚も薦められて、僕は困った。実際僕はさんさえ居れば他の人なんてどうでも良いのだ。そういいたかったがそれを彼女は望んでいない。もしそんなことを言って嫌われたら?そう思うとどうしても言えなかった。僕としたことが、何だか弱い生き物のようだ。…自分自身に腹が立つ。すると、その顔が出ていたのか「嫌?」といつの間に寄ったのか、顔を覗き込んでくるさん。突然のドアップに、ちょっぴり驚いて、このままキスしたらどうなるんだろうとか考えた。そっと離れる顔にちょっと名残惜しさを感じながら「ちょっとね」と控えめに答えれば。
「でも良いとおもうよ、ひばりん」
「…人の話聞いてた?」
「聞いてたよ、ひばりん」
「わざとらしいんだけど」
「そうかな?ひばりん」
ああ、そういうことね。何か言う度にとってつけたように名前を呼んださんの思惑がなんとなく読めて、僕はふうと小さくため息をついた。
「そうやって定着させようとしてるんでしょう?」
「あ、バレた?」
へへへ、と無邪気に笑う表情を見て、全く、とため息を吐き出す。「でも良いとおもうけどな、ひばりん」とまだ言い続けるそれを僕は自身の耳で聞きながら「全然良くないよ」と言い返す。すると、今まで黙っていた三人組のうち一人が、ボソリと呟いた。
「…何がひばりんだよ、そんなキャラじゃねえだろうが」
その一言を僕は見逃さない。やってらんね、と言いたそうにポケットから煙草を取り出す馬鹿を見て、すっと立って勢い良く馬鹿に近づいて僕はトンファーを取り出した。
「は?何?咬み殺すよ?」
トンファーで煙草の火を消すと、馬鹿が「うわ!」と後ろに飛んだ。ち、外した。
「今度そういうこと言ったら本気で殺すからね」
言ってトンファーを制服の中に仕舞いこんだ。後ろを見れば、呆気にとられているさんの顔が目に入って、笑ってしまう。話し中ごめんね。そう言えば彼女はなんら変わったことなんてなかったかのように「いいや」と首を横に振った。
「いくら煙草が許せないからって、トンファーは危険だから普通に口で注意しようね、雲雀」
「ごめんごめん」
ひばりんひばりんと馬鹿みたいに言ってたくせに、結局いつもの「雲雀」に戻っていることが、ちょっとだけ残念に思えたのは内緒だ。…それに、他の奴らに言われたら間違いなくむかつくしね。…きっとさんだから良いんだ。そう思っていると、雲雀、雲雀と声をかけられて、ん?と見れば、目の前には…シンプルな
「箱?何コレ」
「大好きなひばりんの為にチョコレイトを用意したでござる!私の愛」
そう言われてもう一度手にされた箱を見る。不意に笑みが零れた。
「…まあ、受け取ってあげるよ」
…そういえば、今日はバレンタインだと言うことに気づいた。
―Fin
あとがき>>と言う感じで、ヒロインにベタ惚れな雲雀さんを書いてみた。実は「ひばりん」というあだ名を気に入っている雲雀さん。そんなことあり得ないだろうけど可愛くないですか?(笑)
2007/02/03