今日は5月5日。
世間で言う「子どもの日」で、学生とか一般の大人たちにとっては素敵な「祝日」
部活に何にも所属していない私の場合も立派な「祝日」になるはずだったのに。
GWの真っ只中っちゅーのに、どうして…!





JO-NETSU RED






……有り得ないんですけど。

今、私の目の前には山積みになった書類がドンと置いてある。何人も座れる大型の机は、普通なら見通しが良い筈なのに、今や私の目の前を白い紙の束が視界を遮ってくれている。有り得ない。今日、何度その言葉を思ったか。私は静かにため息を吐き出すと、山積みの中から一枚ずつプリントを取っていった。さっきからずっとその作業の繰り返しだ。
何度となく繰り返した作業は、頭を使わない簡単なものなのに飽き性の私にとっては大概の苦痛だ。落ち着きの無い性格には地獄であろう。本来なら私は今日の休日を有意義に過ごしていた筈なのだ。というか今日だけでなく、この大型の休みを有意義に過ごしていた筈だったのだ。昨日なんか上野動物園が無料だった(なんでだったっけ?)から絶対行こうって思ってた、のに。

、手が止まってるよ」

今聞こえた声の主の所為で、私の連休は全てパーである。紙の束の所為で視界が悪くなっているけれども、私の丁度向かいにいる大きな椅子に座っている人物を紙を通じて睨みつけると、私は「はいはい」とやる気がなさげに返事した。
カサ、と小さな音が立った。今の音は私の出した音ではないので、多分向こうだろう。…向こうにいる、委員長のことを考える。
私は、部活には所属していないが、委員会には所属していた。と言ってもじゃんけんで決まったってもので、本当はそんなのなる予定ではなかったのだけれど(内申は良くしたいけど、委員会ってガラじゃないし)何故か皆から推して推して推され通されたわけだ。
その委員会って言うのが「風紀委員」結構曲者であった。この委員会に入って私の予定は狂いっぱなしだ。一体何をそんなに話すことがあるのよ?ってくらい殆ど毎日委員会だ。その所為で最近始まった再放送なんて見れやしない。しかも毎日委員会が終わった後、何故か他の生徒は帰す癖に私だけこうして居残りなのだ。まあ多分…と言うか絶対私の所為なんですけどもね。

自分でもなんだけど結構私はずけずけ物を言うタイプの人間だ。年上とか先輩とか先生とか関係ない。気に入らなかったら言っちゃうタイプなわけです。結果、友達も多い反面敵も多いわけだ。でもそんな自分嫌いじゃないし、これが自分だと思ってやってきていた。この委員会で、委員長に会う前までは。
でも、この委員長―――雲雀恭弥に会ってから、私は自分の気持ちを半分もいえないでいる。

「…なんか文句あるわけ?―――咬み殺されたい?」

委員会初日。委員会の予定を聞いた私は勿論抗議したのだ。そんなに委員会をする意味はあるのか、そこに意図はあるのか?と。そしたらその一言。結構私と雲雀の距離は離れていたにも関わらず、文句を言った瞬間、瞬く間のうちに雲雀は私の懐に入り込んできて、制服の中に仕込んでいたトンファーを私の頬に当てて言い放ったのだ。「僕のすることに文句あるの?」その冷たい瞳に、背筋がぞくっとした。あ、殺される。と本気で思ったものだ。
それでも、強気に立ち向かった自分は凄いと思う。トンファーを突きつけられてどれくらいの時間が経ったのかは解らない。あの頃は何十分も経ってるんじゃないかと思ったけど、多分実際は1分やそこらだったと思われる。お互い一歩も動かない膠着状態が続いていた。…いや、私の場合は怖くて動けなかった、んだけど。
そうすると、雲雀の方がトンファーを落したのだ。

「まあ、肝は据わってるみたいだね。でもまだまだ。文句があるならいっぱしに働いてからしてもらわないと」

そう言って雲雀は袖を通していない学ランを翻して自分の特等席に座ったと言うわけだ。
「お手並み拝見、ってところかな?」そのとき見せた笑顔が、どこか艶っぽくて文句が言えなかったなんて、死んでも言えない。

―――そんな事があったから、多分雲雀は雲雀なりに私を試しているんだろう。そして、ちゃんと自分と同等なのか見極めている最中なのだろう。だから、他の生徒達をわざわざ帰して二人になっているに違いない。そして、何よりこの資料の量だ。…試しているとしか言い様がない。もし無意識なのならば、かなりの虐めっ子だ。俗に言うイビリ?って奴。

「…そんなちんたらしてたら仕事終わらないよ」
「……解ってますよーだ」

カシャン、と何部目になるかわからない資料を作り終えると、雲雀がまた言い放った。私はふて腐れた感を出しながら雲雀の忠告に反論して、また資料を手に取る。大体にして、何枚作るつもりなんだ。というかそんなにこれが重要だと思えないんだけど、それは私の脳味噌がおねむだからなんだろうか?雲雀を見れば―――というか雲雀の座っている机見ればだ―――私とは比べ物にならないほどゴク少数の資料を眺めている。…え、てゆうか、ほんと何この差!

「……なんか言いたいことあるの?」

多分、私の顔から感情を読み取ったんだろう。雲雀は私を一瞥すると口許をほんの少し上げて言う。それが何か癪で(だって、男の癖に綺麗なんだ)私は「別に」と視線を雲雀から資料に移した。カチャン、カシャ、と二箇所にホッチキスの芯を差し込むと、出来上がった資料の上に新しく作ったそれを乗せていく。大体、半分終わったと言うくらいか。はあ、とため息をついてまた雲雀を睨むと、しまった…雲雀とバッチリ目が合ってしまった。これでは全然「別に」ではないわけである。…まあ、雲雀には最初からバレバレだったのかもしれないけど。
すると今度は雲雀がため息をつく番だ。ふう、と呆れたようなそれは(呆れたような、ではなく実際呆れているんだろうが)勿論私の耳にもしっかりと届く。む、と顔をしかめると雲雀が持っていた資料をひらひらと扇いだ。言ってみろ、って言う意味だ。

「明らかに、委員長のほうが簡単だと思います」
「…じゃあはこっちがやりたいの?」

そう問いかけられて、え、いつもと違う反応だと思った。何と言うか、いつになく優しい?「君は僕より働け」とか何とか言われるかと思っていた私は、雲雀の願っても無い申し出に吃驚してしまってすぐさま答えが出せなかった。それでも数秒経つとそれも理解できて、理解できた後すぐにウン、と肯いていた。すると、また雲雀の口角が上がるのがわかる。

「…折角のこと考えてあげてたのに」

ポツリとそう呟かれた一言に私は何の疑問も抱かなかった。だって、明らかにこっちをやるほうがキツイに決まってる。おいで、と手招きされて私は大人しく従った。雲雀の椅子は他のパイプ椅子に比べるとかなり高級感溢れる感じのそれで、あーあー、なんていうか委員長様って感じなわけだ。それから数枚…数十枚重ねられた資料を雲雀から受け渡される。それを覗き込んで、息を飲んだ。

「な、に…これ」
「じゃあ計算宜しくね」

雲雀から受け取った資料にはびっしりと詰め込まれた数字の数。てゆうか、ここって風紀委員よね?生徒会じゃないよね?と疑いたくなる。「こ、これ…」資料を指差しながら問いかけると、雲雀が「勿論暗算ね」とケロっと言い放ってくれちゃったわけだ。じっくりと見てみると、数字の左横には人の名前らしきものが載っていてその更に左横には学年と組っぽいものが記されていた。

上のほうには大きく4月分、と書かれている。

…中には知った名前をあって。共通することから。

「…遅刻者?」
「当たり。昨年、一昨年の資料もあるからそれを全て統計して対比を測ってもらって個人の遅刻回数を」
「うわわ!ちょストップ!」

これは何だか雲行きが怪しいらしい。私は淡々と会話を進める雲雀の言葉を一度遮ると、雲雀の瞳がこちらを向いた。それから「何?」の一言。多分、コイツは私が困ることを知っていて、了承したんだろう。ほんと性格が悪い。私はぐっと唇を噛み締めると、憎々しげに謝罪の言葉を吐いた。屈辱的だ!

「い、まのままで良いです!」
「……そう」

すんごいむかつく!この雪辱いつか晴らさねば!そう心に誓って私は元いた場所に戻った。そうすれば見慣れた資料たちがこんにちわだ。はあ、と何度目なのかもう解らないため息を吐き出すと、また作業に戻る。―――がすぐに手を止めた。

「…でも、委員長」
「何?」
「折角のGWなのに、委員長は他の予定とか、その無いんですか?」
「…」
「……委員長って本当学校大好きですよね」

それに振り回されるこっちの身にもなってもらいたいものだ。言いたかったけどその言葉は飲み込んだ。じゃないとあのトンファーの餌食である。とりあえずまだ死にたくはないのだ。ふう、と小さく息をつくと、雲雀の手がプスリと止まった。
それは至極珍しいことだった。あの雲雀が作業の手を止めるなんて。今まで何度か作業中に話をしかけたことはあるがそのときでも決して手を止めなかったのに、今やそれが止まっている。かなり珍しい光景だ。「委員長?」と首をかしげて雲雀を見つめると、雲雀がまた私を見る。

「…帰りたいの?だったら帰っても良いよ」

それはまた、願っても無い申し出。雲雀はそう素っ気無く言い放つとまた何食わぬ顔で仕事に戻った。でも、何故だろう。本当なら「え?マジで?ラッキー」とか思って帰っちゃうのに、それが出来なかった。言われたときに条件反射で立ち上がったものの、一歩も動けない。それは一瞬だけ見えた、雲雀の表情の所為だろうか。何だか自分が悪い事してる気分になってくるのだ。普通は仕事を途中で放棄しようものなら迷わずトンファー持ってにじり寄ってくるのに、今日の雲雀はそれがない。きっと今此処で帰り支度を始めても、彼は私に目もくれず仕事を続けるのだろう。―――そう思うと、何か厭だ、と思った。

「…あれ。座るの?帰らないの?」

ストンとまた席に座りなおすと、雲雀が目ざとく言った。私は雲雀の顔が見れなくて、そのまま「別に!」と言葉を紡ぐ。

「別に!別に…委員長のためじゃないですから!…し、仕事を途中で止めて帰るのが何か許せないだけで!ぜんっぜん委員長が困るからとか、そういうんじゃないですからね!誤解しないでくださいね!…って、何笑ってるんですか!ほんと違いますからね!」

バーっと捲くし立てると、雲雀の口元がU字を描いた。ちゃんとした笑顔だと、気づく。嬉しい―――雲雀の笑顔にそう瞬時に思ってしまって、え、と考え直す。え、てゆうか、嬉しいって何!どういうこと!原因不明の感情に戸惑うばかりだ。

「と、とにかく!ちゃっちゃか終わらせます!パパーっと終わらして、帰るんですから!」

バっと資料を取りながら言い立てると、雲雀が「くす」と声を出して笑うのが解った。それからと私の名を呼ぶから、え、と顔を上げる。

「…終わったらご褒美として柏餅買ってあげるよ」
「子ども扱いしないでください!」
「だって、食べたかったんでしょう?柏餅。…くだらないけど付き合ってあげるよ」

憂鬱だったGWの居残り作業。だけど、今日の居残り作業は楽しいかもしれない。そう思ったのは内緒だ。だって、雲雀にバレたらこれからも目一杯こき使われそうだしね!





― Fin





あとがき>>誕生日おめでとうごじゃります、雲雀さん。誕生日関係ねー。誕生日ネタまで持っていけなかった!このヒロインは雲雀の誕生日知りませんからね!で、オマケも用意。SSです。
2007/05/05