……日差しが、暑い。 こんな暑い中、笑顔でこんなことをしなくちゃならないなんて、今の若者も大変だなーと、他人事のように思う。 そして、この暑さだけでも、体力を沢山消耗させるというのに、それに拍車をかけて、今日もあの男の子は来た。 暑い暑い昼下がり 「アイスコーヒー1つ下さい!」 ここは、決してお世辞にも栄えてるとは言えない、小さな喫茶店。その中に少年は軽い足取りで入ると、にこりと笑顔で言った。店内には、数人のお客がまばらに場所を確保して、座っている。そして、カウンターの前まで来た少年は、その椅子を引いて座った。 「……少々お待ちください」 ウエイトレスは笑顔で、受け答えをする。そうして、奥のほうへと素早く入っていく。それを少年は眺めるように見やると、奥へ行ってしまったウエイトレスに向けて、口を開いた。 「ねえ、そろそろ名前、教えてくれないっすか?」 アイスコーヒーの用意をしていたウエイトレスは小さくため息をつく。その表情はうんざり、という言葉がぴったりだった。その問いに、答えることなく、まるで聞こえなかったかのように、着々とコップに氷を入れる。後ろから「ねえねえ」と少年の声が聞こえるが、ウエイトレスはまるっきり無視だった。 「……お待たせいたしました」 そうして、奥の部屋から出てくると、少年の座っているテーブルまでくる。ウエイトレスは、テーブルとコップの間にソーサーを挟むように、ことんとアイスコーヒーを置いた。少年は「どうも〜」と顔を綻ばせる。ウエイトレスは「ごゆっくりどうぞ……」と言うと続けて会釈をした。 「じゃ、なくって!」 ウエイトレスは、言うや否うや少年の向かいに移動した。別に、少年と話したいからではないのだが、用がない場合はそこにいなければならないので、仕方なし、にというか、嫌々そこへ、という感じだ。 「名前!名前教えて下さいよー」 「すみませんが、お客様。当店ではそのような質問はお答えしておりませんので、悪しからず」 駄々をこねる子どものように、少年はテーブルをどんどんと軽く拳で叩く。それを横目で見やってから笑顔であっさりと、でも素っ気無く答えるウエイトレス。 「あ、出来れば年齢も」 「……人の話、聞いてます?」 ウエイトレスは丁重に断ったつもりだったのだが、少年はその話を聞いていなかったようだ。笑顔で、年齢も、などと続けるあたり、きっと自分に都合の良いことしか、耳に入ってはいないのだろう。ウエイトレスは、呆れたように重々しい息をついてから少年に問うと、またもや少年は彼女の言葉を綺麗に流す。 「あ、俺、切原。切原赤也!あかや、の"あか"は色の赤で、"や"は―――」 と、自分の名前の漢字まで丁寧に教え始める。……そんなこと、聞いてないわよ。そう心の中で目の前に居る少年に悪態をつきながら、何食わぬ顔をしてウエイトレスは、布巾でテーブルを拭く。 「んで、立海大付属中2年、テニス部レギュラーやってるんすけど――」 「に、2年!?」 切原と名乗る少年の言葉を、流しに流していた彼女は、思わず彼の言葉を遮って、声をあげた。切原は、反応を返してくれたことに、少々驚いた様子を見せながら「そうっすよ?」と目をぱちくりさせる。 ……そりゃ年下かな?とは思ってたけどまさか、中2だなんて…… 中学生だったとしても3年だろう。いや、高校生だと言っても十分通用するんじゃないか。……そんなことを考えながらも、唖然と、切原を凝視する。まあ、身長は高校生という風に考えたらちょっと低いかもしれないけど、でもそれくらいの身長もいるし……でも、なんか……信じられない。ちょっとした詐欺なんじゃないか……!?ウエイトレスがどんなことを考えているのか、知りもしない切原。彼女を見て、照れたように 「そんなに、あつ〜い目で見つめないでくださいよ〜」 へらり、と笑う。その、なんとも頼りなさそうな表情を浮かべる切原にやっぱり中学生だな、と彼女は妙に納得をすることが出来た。そうして、不適に笑う。その視線に気づいて、切原も笑い返した。……だがどうやら、その笑顔の意味には全く気づいていないようだ。 「で、あなたの名前と年齢と、住所は?」 「住所って……」 増えてるんだけど…?と聞き返す。すると切原は、おかしいな〜?と茶化す。 「まあ、そんなことどうでもいいじゃないっすか〜。そんなことより名前と年齢」 しつこい……。 目を細めて、切原を睨む。……が、そんな攻撃が効いているのならば、こんなにもてこずることはないはずだろう。ウエイトレスは、はあ、とため息をついて、再度切原を見た。 「一度しか言いませんからね?」 彼女の言葉に頷いて、聞き耳を立てる切原。そうして彼女は至極小さい声で、彼に聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、己の名前を告げた。 「って言うんすか〜」 名前が聞けたことが、よほど嬉しかったらしい。今までよりも、もっと間抜けな笑顔を作ると、カウンターに身を乗り出す。 「で、年齢は??」 「……50歳」 ……。二人の間に、小さな沈黙が出来た。切原の顔は、鳩が豆鉄砲を食らったかのような。……なんとも言い難い表情で、彼女……を見やる。 「……見た目のわりには、年っすね!」 いや、ていうか嘘なんですけど……!? 切原の言葉に、「ええ、よく言われる」と返しながらもはそんなことを心の中で叫んだ。……相手は冗談のつもりなのか、はたまた素で言っているのか……。は切原の顔を見やる。その顔はどうやら本気らしかった。 「50歳か〜……てことはー……37歳違いかー。うーん……」 「ちょ、ちょっと……?」 そこまで考えこまれると、さすがに今更、嘘だなんて言えない。は口の先を引きつらせて、頬杖をついて考え始める切原に手を伸ばす。………すると、急に瞑っていた瞳を開けて、にかっとに向けて微笑んだ。 「まあ、年齢なんて関係ないっすよね!」 「はあ?」 そういうと、切原は立ち上がってお金をカウンターに置く。それを唖然と見ていると、切原はスクール用のかばんと、テニスバックを肩にかけた。そうして、ただ黙って自分を見ているの顔に自分の顔を近づけると、そっと耳に唇をやる。 「俺、さんのこと、好きになっちゃったみたいっす。だーかーら、覚悟しといてくださいね!」 そういうなり、ちゅっとの頬にキスを落とすと、ご馳走様でしたーと笑って、走っていってしまった。不意打ちのキスと少年の言葉に思わず静止する暇もなく、ただただ呆気に取られる。しかしそれも数秒のことなのだが。はすぐに我に返ると顔をほんのりと紅くさせた。 「……あ、あいつ……!」 は、キスをされた頬に手をやって、そう呟いた。そして、机に目を落とす。そのお金を見て、は驚いたようにそれを掴んで、切原の後を追うように、ドアを開けた。 「ちょ、ちょっとおつりーーーーーー!!!!」 大声で叫ぶと彼は気づいたのか、一度振り返ってにかっと笑うと 「また、明日来るんで、そんときまで預かっといてください!」 手を振って、走り去っていった。は、そんな嵐のような少年を、ただただ見つめていた。……ほとんど何も知らない少年。ただ、完全にわかることは、明日彼が来ることと、彼に恋をしてしまった自分。 「まいった……」 は、空を見上げて、額に手をやった。蒸し暑く、太陽が憎らしいほど眩しかった。 ― Fin あとがき>>か、書いてしまった……!!(ガタガタ)しかも、なんだこの切原……!ただのナンパおと……ゴホン。でもって、ヒロインの年齢50って……!あり得ないでしょう!まず(笑)もちろん、これは本当の本当で嘘なので、安心してください(笑) 今気づいたら、切原一回もアイスコーヒー飲まずに帰っちゃったよ……!もったいないっっ!!(問題はそこなのか?)切原以外のお客さんも、どうなったのか、微妙だし……ずっと、喫茶店に居たのだろうか……(笑) ……続きます。 2004/07/23 |