「わあ〜、凄い人〜!」 「……、恥ずかしいから、大声出さないで」 落ち着ける心 「それにしても凄い人だね」 周りを見て、は感嘆の声を上げる。は大はしゃぎしている親友を一瞥して、そうだね、と素っ気なく答えた。はそういったの返答に相変わらずだなぁと苦笑する。しかしあまり気にせずにまた辺りを見渡した。 「それにしても……これ中学生、だよね?」 「っぽいね」 ははあ……とびっくりしたように目をパチクリさせる。はこれまた素っ気なく答えると、すたすたと歩き出した。迷いのない足取りはまるでこの場所を知っているようだ。は歩き始めたに、待ってよ、と小走りで追いかける。 「ねえ、ここ来たことあるの?」 「ないわよ?」 足は止まらない。けろりとの言葉に否定の意を表す。前を見たままで……。大丈夫なのか?の頭の中に嫌な予感が浮かぶ。そうして、が考え事をしていると、急にの足が止まった。必然的にはの背中にぶつかる。 「いた」 「えっ?」 いたた……、と鼻を押さえるをは見やる。……と同時にある一点を指差した。は、の指差したほうに目を向ける。どれどれ?と言いながら手を額の方につけた。「ほら、今試合してるワカメ頭の……」そこまで言っては言葉をとめた。を見るとにやーっと何やら意地の悪い笑みを浮かべている。は、しまった、と後悔した。 「こんな遠くからわかるなんて……愛だねえ」 やっぱり…… はの言葉にがっくりとうな垂れた。そんな風なことを言うんじゃないかと思っていたが、本当に言われると頭を抱えたくなる。 「そんなんじゃないわよ。ただ騒がしかったから目を向けただけ」 歓声の声が気になったの。と冷静に返す。は、へえ〜……と意味あり気に漏らす。明らかに目は面白がっていた。は目を細めて、バシンと叩く。 「馬鹿なこと言ってないで行くよ」 「だからって叩かなくっても……!」 酷ーい、と頭を擦る。そうしてまたの後ろを着いて歩いた。はきょろきょろと空いているところはないかと探す。そうして小さなスペースを見つけそこに入って行った。それから一度のほうを振り返って、来い来いと手招きをする。 「ふう……なんかバーゲンみたい」 なんとか場所を見つけそこまで行くと、はうんざりと言った様子で呟くように言った。はバーゲンと言う単語に、ははは、と乾いた笑みを漏らし、フェンス越しに試合を見た。 「……どっちが勝ってる?」 「えっと……不二って子」 と言うことは負けてるんだな…… 頭の中でそんなことを思った。そして切原の表情を見て、言葉を失う。いつも見る切原はなんとも頼りなくて、イライラするときもあるのに……。それなのに今目に写る彼は、目が充血していて真剣そのものだ。思わず、息を飲んだ。バクバクと心臓が高鳴る。 ……これが赤也? がくがくと足が、いや、体中が微かに震えて止まらない。真剣な眼差しや、怒った表情を見たことは、以前にもあった。けれど、アレとは全く、違う。熱いように見えて、とても冷たい瞳。 怖い……! 正直に、そう思った。 「?終わったみたい」 の声が微かにの耳に届いたが、顔が強張るだけで何も言えなかった。どっちが勝ったか、なんてもうどうでも良かった。ただひたすらに怖くて、逃げ出したかった。 「、さん」 不意に、切原の自分を呼ぶ声が、聞こえた。びくっと体が震える。恐る恐るは切原を見ると、怒っているような悲しんでいるような、何とも言えない表情。ずきっと胸が痛くなった。何か言わなければ……、とは口を開く。しかし言葉が出ることはないまままた閉ざされた。ぎゅっと拳を握る。 「……見てた、んですね……」 押し殺した声で、一言言うと、切原は黙り込んだ。の横ではおろおろとして、に耳打ちする。「何か言いなよ」と。はを一瞥すると、一度大きなため息をついて、切原を見た。 「ねえ、ちょっと出てきてよ」 「じゃあ、私向こう行ってるね?」 「ごめん、有難う」 切原の姿を認識すると、は気を遣ってその場を離れた。はそんな彼女の気配りに感謝して、暫くの背中を見やる。そうして、切原のほうへと向き直った。テンションは完璧下がっていて、機嫌が悪そうだった。 「なんか、かっこ悪いとこばっか見られてるっすね、俺」 そうして、無理して笑った。その笑顔には見覚えがある。あのときだ。1年の男の子にテニスで負けた、と言いに来た時のあの顔と同じだった。今にも泣きそうで、つらそうで。あのときは見ていられなくて。でも、今回は、彼に何が出来るだろう。下手な慰めは全く意味の無いものだとは思った。そのため、言葉が出ない。 「……呼び出しといて、何か用だったんすか?」 睨むようなあの鋭い目つき。ああ、先ほどの恐怖がよみがえる。……体が震え出す。 「……ないんですか?」 言わなくちゃ、と思っているのに、声が出ない。怖い。恐い。 「……無いなら、もう戻らないと」 「………った」 「は?」 やっとのことで、は声を出した。が、あまりにも小さすぎたようだ。切原の顔が歪む。はぎゅっと拳を握って、キッと切原を睨んだ。 「怖かったのよ。ていうか、今も怖い……今のあなた、怖い」 ああ、言いたいことは、こんなことじゃない。怖いといわれてもわかるわけがないじゃないか。切原の表情は変わらない。は、俯いて尚を喋る。 「今日の試合、怖かった。不二って男の子の眼、怪我させたときは、どうなるかと思った。……あなたのこと、全く知らない人みたいで……」 ああ、きっと困ってる。ううん、怒ってるだろう。はそう思った。でも口が止まらなかった。止めてしまったら、今にも我慢している涙がこぼれそうで。それを必死に止めるためには喋り続けるしかなかった。 「だから……」 しかし、それ以上口に出せなかった。腕を引っ張られて、次に自分の視界に移ったのは、今まで見ていたユニフォーム。切原に抱きしめられたのだ。ポンポンと頭を撫でられる。 「何、するのよ」 「したいこと」 そう言って、切原はぎゅっと腕に力を込める。そうして、肩に顔を埋めるのだ。は黙っていた。周りが見ているのはわかっていたが、何も言わなかった。 「負けたとこ、さんに見られたくなかった。……あんな俺、見られたくなかったっす」 ポツポツと吐き捨てられる言葉たち。は胸が苦しくなるのを感じた。 「……何より、今までの自分を見られたことがなんか、嫌で……」 今まで、他人を罵倒してきた自分。今日の試合も、不二を馬鹿にしていたのだ。自分の認めた相手は、手塚のみ。その手塚が他のヤツに倒されて、はっきり言って、不二なんか相手にならないと思っていた。でも、それは間違いだったと気づいたのだ。今までの自分が恥ずかしくなった。そうして、それをに知られてショックだったのだ。……怖い、といわれても無理はないと切原は思った。 「……嫌わないで」 「……赤、也……?」 彼の名前を呼んだ。返事はない。ただ、声が震えていて、なんとも頼りなくて…。はぎゅっと口をかみ締めた。そうして、切原の背中に腕を回す。 「嫌わないよ」 そうして、切原を自分から離すと、彼の顔を見る。ポカン、としていて、なんとも頼りなかった。はプッと笑ってペシンと叩く。 「ほら、さっさと自分の場所に戻りなさい!」 それから、切原に言ってやった。切原はそれでも間抜け面をしていたが、はっと我に返ると、慌てて踵を返す。そうして、有難う御座います!と笑った。 ―Next |