いつものように赤也が来て、いつものように彼はアイスコーヒーを飲んで、いつものように他愛もない話をしていた。そう、それはなんら代わらない落ち着ける日々。でも、それは次の瞬間音を立てて崩れ落ちるのだ。 そんなこと、今の私にはわかるはずもないのだけれど。 唯一わかったのは、自分が震えていて、足に根が生えたように動けなくなっているということだけ。 落ち着ける時が壊れた日 「……何しに来たの?」 カラン、と音を立ててドアが開いた。その音を聞きつけてが音の矛先に目を向ける。そして、その顔を確認したとき、一瞬は驚いたように目を見開くと、至極冷たい声で、呟いた。ドアの前に立っていたのは、綺麗な女の人。髪の毛が肩まであり、ウエーブがかった髪を耳にかけている。瞳は、くっきりとした二重で。 「……酷い言い草ね」 くすり、と落とすように笑うと、女の人は前髪をうざったそうに手で掻きあげた。の表情は変わらない。いや、逆に更に怒っているようにも見えた。切原はわけがわからず、二人を交互に見る。そこで、気づいた。このウエーブがかった透き通るような薄茶色の髪も。同じく、くっきり二重の茶色がかった瞳も。長くカールしたまつげも笑った表情も。そう、に似ているのだ。 「……、さん?」 切原は、そのことを聞こうとの名前を呼んだ。するとはピクっと体を強張らせる。そして、なんでもない風に薄ら笑いを浮かべた。 「とりあえず、コーヒー貰える?」 「……いきなり現れて……」 「私は客よ?それとも何?此処の経営者は、客を選ぶっていうの?」 カタンと、当たり前のようにカウンター、切原の隣に腰掛けると、テーブルをトントンと人差し指で叩いた。はその行動に、眉をひそめるが、しぶしぶ、言葉を返すと、奥の部屋へと消えていく。切原は、何やら険悪なムードになったことに、少々戸惑いながらアイスコーヒーを飲んだ。自分はここにいてはならない気がする。そう察したのだ。だから早く飲んで、出ようと思った。ゴクゴクと喉を鳴らしながらそれを飲む。そしてフと視線を感じ、赤也は一旦ストローを口から離すと、ゆっくりと横を向いた。 「なんスか?」 切原は素っ気なく聞いた。視線の元はさっき来たに似た女性。女は舐めるように切原を見ると微笑を浮かべた。 「ねえ、君何歳?その制服立海大附属中学校よね?」 「な……」 何でアンタにそんなこと言わなくちゃならない?切原は咄嗟に思った。しかし行って良いものかと考え、その先の言葉につまる。彼女の血縁者かもしれないなら尚更だ。するとガシャンと音が鳴った。 「やめなさいよ!この子はなんの関係もないただのお客なんだから!!」 音の原点はだった。持って着たコーヒーを乱暴に置くと、彼女にしては珍しく、声を荒げる。切原は目をパチクリさせを見た。 「ごめん、今日は凄く悪いんだけど、ちょっと帰ってくれない?」 「あら、駄目よ?いるいないなんてお客さんの勝手なんだから」 「あなたは黙ってて。私は今、彼に言ってるの。横から口挟まないで!」 キッと鋭く睨む。切原は自分がどうしたらいいのかわからなかった。立ち上がったはいいものの、その場に立ち尽くす。 「てんで子どもね」 しかし女の人はの態度を見て少しも驚いた様子は見せない。それどころかくすっと落とすような笑みを浮かべて挑発するように言い放った。の形のいい眉が歪む。それからふいっと顔を背けた。 「そんなこと、わかってるわよ」 一人じゃ何も出来ないってこと。苦労をかけることしか出来ない自分。それに甘えてた子どもの私。ううん……今も甘えてる。今度はこの少年に。……そんなことわかってる。 「わかってるわよ……でもそんなことあなたにだけは言われたくない」 「あなた……なんて随分な言われよう」 ピリピリした雰囲気が室内に流れ込む。しかしその空気は次の一言でもっと酷いものへと変わっていった。 「実の母親に向かって」 は?母親? その言葉にはぎゅっと唇を噛んだ。苦しそうに顔を歪めて。エプロンの裾を強く握る。余りに強く握ったためか、黒いエプロンはしわしわになっていた。 「久しぶりに来て、何が、母親よ。今更、偉そう、に、言わないでよ」 途切れ途切れに紡がれる言葉。切原は俯きながら言葉を落とすを黙って見ていた。 「勝手に出てって……忘れたころに現れて、男のとこ行って幸せなんでしょう!?」 「さん」 「私たちのこと捨てといて、何よ……っ」 の瞳は涙でいっぱいだった。そんな眼で鋭く母親を睨む。真一文字に口を結うその姿は、泣くのを我慢しているようにも見えて、妙に痛々しかった。切原は小さくの名前を呼ぶと、ポンっと彼女の肩に手を置いた。 「そういうけど?だって楽しく生活して来たんでしょう?年下の男と付き合って。私のこと言えないと思うけど?」 「彼は関係ないって言ってるでしょう?!」 意地の悪そうな笑みを浮かべの母親が、の隣りの少年……つまりは切原を指差す。するとは急に大声を出して叫んだ。これにはの母親も驚いたようで、一瞬瞳を見開く。しかし、すぐに冷静を取り戻したらしく、また笑顔を作る。そしてまた言い争いをし始めた。切原はそんな二人のやり取りをとめることも忘れ呆然と立ち尽くしていた。 「彼は関係ないって言ってるでしょう?!」 さっきのの言葉が何度も頭の中でぐるぐると回る。 なんで俺、ショック受けてんだよ。わからない。わかんねぇけど……イライラが止まらない。抑えきれない。 「あなたと一緒にしないでよ!」 の声が何だか遠くのように聞こえる。 まるで自分だけが別の場所にいるような。 ガンッ! ……次の瞬間、切原は思いきり柱を殴ると、至極冷たい目での母親を睨み付けると、至極低い声で言葉を放った。店内に静寂だけが広がった。 「アンタ、うざい。とっとと消えろ」 ― Next |