さんのやってる喫茶店に行かなくなって、どのくらい経っただろう。 あの日から、何もかんも、面倒になった。 何をやっても、面白く感じない。 会いたくて、恋しくて また、今日もおんなじ一日が始まる。何だかそれさえも面倒で。朝、早く起きて学校行って、つまらない授業聞いて。放課後になったら部活に行って。その繰り返しだった。前は、部活の時間が待ち遠しかったのに、何か知らないけど、今はそれほど楽しいと思えない。 「さんにとって……俺は絶対に、恋人になることは、ないんすか?」 「ないよ」 あの時の、さんとの会話が、脳裏を掠める。 そして、それと同様にいつの間にか、こんなにも好きになってたんだと気づかされた。 「……私、年下は嫌いなの」 そう言われて、ずきっと胸が痛んだ。年齢のこと言われたら何も言い返せるはずない。あのときの自分には、わかったって、頷くことしか出来なかった。無理に駄々捏ねて、困らせたくなかったし、ガキだって思われたくなかった。最後くらいは、すっぱりと身を引いて、大人っぽくさよならしたかった。……馬鹿な選択かもしれないけど。それでも、俺はそうしたかった。 「ダゼェ……」 なのに。本当はちょっと、期待、してた。さよならって言いながらドアを閉めて、ちょっと歩いたら、さんが来てくれるんじゃないかって。嘘だって、言って。馬鹿ねって、微笑んで。そうして、また今度は温かいコーヒーとか淹れてくれんじゃないかって。……馬鹿で、間抜けな期待をしてた。でも、そんなことは全然無くて。彼女が来ることはなくて。暫く、ドアの前で待ってても、一向にその扉は開くことなくて。必死に追いかけてくるさんの姿が、現れることは、なくて。凄い惨めな気持ちんなった。 「自分で、自分の首閉めて、どうすんだって」 でも、だからって、また何食わぬ顔して入ってくことは出来なかった。入って、もし、辛そうな顔を見たり、したくなかった。……傷つきたくなかった。だから、逃げたんだ。俺は。彼女から。自分が傷つくのが怖くて。 「だらしないわよ!たった一回負けたくらいで!いつもの元気はどうしたの?落ち込みたいのはわかるわよ!でも、だからっていつまでもうじうじしてちゃ駄目なんじゃない!?勝つものも勝てなくなるわよ!」 辛いときには叱ってくれて。 自分のことのように怒ってくれて。 「ごめん、なんか、可笑しくて」 初めて、笑顔を見て。 「怖かったのよ。ていうか、今も怖い……今のあなた、怖い。今日の試合、怖かった。不二って男の子の眼、怪我させたときは、どうなるかと思った。……あなたのこと、全く知らない人みたいで……」 それでも、傍にいてくれて。 「……私が、教えてあげるわよ。英語」 「何にも罪がないのに、弟は事故に遭って、そして、今も苦しんでる……それなのに、私は、何にも出来ない。……自分の無力さが、悔しい」 「あなたって、なんでアイスコーヒーなの?」 「ほら、いつまでもこんなところで突っ立ってないで、席につきなさい。……いつものアイスコーヒーでいいでしょ?……赤也君」 思い出すのは、さんのクールな顔。怒った顔。呆れた顔。微笑んだ顔。恥ずかしそうに顔を赤らめる顔。色んな彼女の顔。……いつでも彼女はいてくれた。冷たく見られがちだけど、本当は違う。優しい人。 「未練たらしい……」 自分で呟いて、全くだって思った。 「ああ、さんに会いたいなー……」 こんなにも俺はさんにはまって、溺れてったんだと思った。本当にダサい。こんなの俺じゃない。俺のキャラじゃないって思った。会いたいって思うんなら、会いに行けば良いのに。そんな度胸なくって。 でもこの行き場のない感情をどうすればいいのかもわからなくて……。 ― Next |