この日は、雨だった。

憂鬱さが増して、私の口からはため息ばかりだった。





切なくて、苦しくて





「あーあ」
「雨酷くなってきちゃったね〜」

私達は今、バスを待っていた。今日は最近元気が無い私を心配してなのか、が急に遊びに行こうと言い出したからだ。ちょうど自分も暇だったものだからそれをOKして放課後とあるクレープ屋さんに行った。どうやら最近出来たばかりらしい。学生の間で凄く人気だとが嬉しそうに言って、私達はクレープ屋に入った。大きいと言いがたいけれど、とても小洒落た内装になっていた。なんだかほんわかとした雰囲気で、すぐにお気に入りの店になった。クレープもオススメ以外もとても美味しく、今日誘ってくれたにとても感謝した。そして、どのくらいか経った後、私達は店を出る。すると、入ったときは綺麗に晴れていた空も、今は朝と同じグレー色に染まって、今にも降り出しそうだった。私達はすぐに別の店に入って、傘を買った。それが、今の状況。

の言うとおり、傘買って正解だったね!」

は、ピンクがかった透明の傘(100均)をくるくると回しながら、私を見る。私は曖昧に笑って、空を見た。グレー色は更に濃くなったように見える。憂鬱さが増す。さっきクレープを食べて、ちょっと気分が軽くなったと思った矢先に、この雨。またため息をつきたくなった。でも、それはに悪い。私は何とかため息を押さえ込むと、そうね、と返事を返した。バスの時刻表を見ると、あとちょっとでバスが来る。

「早く来ないかなーバス」
「あと2,3分だから」

うーと唸りながらは眉根を寄せる。私はそれに苦笑して時間を教えると右を向いた。こっちからバスが来るはずだ。私はちょっと背伸びして覗く。でも、やっぱりバスらしき乗り物は見当たらなかった。そう言えば、今日見せの方に定休日と札をかけてきただろうか。ふと、そんなことが頭を過ぎる。そうして思い出す。もしかしたら、定休日、と言う札をかけてないかもしれない。鍵はきちんと閉めてはいるものの……。

「やば……」
「何が?」

独り言で呟いた台詞にが聞き返す。私はを見ると、今考えていたことを話した。苦笑するしかない。はありゃま、と他人事(所詮他人事だけど)のように一言漏らした。私の口からため息が漏れる。完全なるミスだ。更に、憂鬱さが増した。

「あ、着た!着たよ!」

すると、ブロロ……ッと音を立ててバスが到着した。時刻はピッタリ。ガションとドアが開いたので整理券を取って入り込んだ。そして、キョロキョロと空いている場所を探す。ちょうど、見つけた。私とはよし、とそこへ歩き出す。だけど私はそこに着いた瞬間、思わず立ち止まってしまった。足に根が生えたように動けない。はそんなこと気づかずに、空いていた席に座る。早く、とが私を急かす声が聞こえて、私は震える唇に力を入れた。

「あ、あの…私、やっぱり……立っとく」
「は?」

なんで?と首を傾げるに私はチラリと前の席を見た。はジェスチャーで気づいたのは前の方に首を伸ばす。それから前にいた人物を見て、納得したように私を見た。前に座っている人物は2人。

「大丈夫だって!」

……しかし、次に待っていた言葉は、私の予想とは違う言葉で。私は、目に見えてガックリと肩を落とした。私は尚も首を振ったけれど、がそれに抵抗をする。あまり騒ぐといけないので、ついに私が折れた。バレないように慎重に腰をおろす。そう、ちょうど私の目の前には見覚えのある後ろ頭。こっくりっこっくりと、不安定に不規則的に動く頭をじっと見つめる。バレやしないかと、ひやひやした。思わず釘付けになる。

どうして、赤也が…。

私の目の前の見覚えのある後姿。それは紛れも無く赤也だった。横を通り過ぎる際に見えたので、まず間違いない。心臓が騒ぎ出す。けれども赤也は寝ているようで、こっちには気づいてない。私はあまり音を立てないように、気を遣った。その所為で、との会話は殆ど無かった。それでも怖かったため、私は腰を折り曲げて、見えないように屈む。長い時間に感じられる。私が降りる場所はここからあと6つも先だった。ちなみには3つ先。残りの3つが私にとっては地獄のような時間になるだろうと予測された。





「じゃあね、ばいばい」
「うん、また学校でね」

それからすぐ、の降りるバス停まできた。早いものだと思った。は私に手を振って、バスから降りていく。良いなーとか思いながらそれを窓越しから見ていた。ここからが、勝負だ。いかにばれないように過ごせるか。私はゴクリと生唾を飲み込んだ。

「ジャッカルー暇」
「何でだよ」
「だって、赤也寝ちまってんだもん」

前から会話が聞こえて、私はビクリと体が震えるのが分かった。ゆっくりと前を盗み見る。すると、私の斜め前の赤髪の男の子(恐らく年下)がガムを膨らませながら、自分の一個前の席に座っている外人らしき人に話かけていた。外人さん(ジャッカル、と言ったか)は呆れた表情を浮かべて、未だに不安定に頭が揺れている赤也を見る。それから疲れてるんだろ、と赤髪の男の子に言った。赤髪の男の子はまたガムを膨らませて、眉を寄せる。それから前のシート(空席)をガタガタ揺らして抗議し始めた。

「それはわかってるってーの!でもつまんねーんだよ」
「つってもな、てか、揺らすな」

そうだ、揺らすな。私はジャッカルさんに心の中で同意した。切実にそう思う。真意は簡単。その音と振動で赤也が起きてもらっては困るからだ。寝ていてくれたほうが有難い。もし気づかれて気まずくなりたくない。

「なーんかさ、最近赤也元気ねーんだよなぁ」

赤髪の男の子が急に話を変えてジャッカルさんに話し始めた。ジャッカルさんはそれに耳を傾ける。私も聞いてはいけないと思いつつも聞こえてくるので黙って聞いていた。

「ほら、前言ってたじゃん?お気に入りの店の」
「あー…あの、喫茶店か」
「そー、あの店。最近行って無いらしいぜぃ」

瞬間、冷や汗が流れる。自分のことだ、なんて自意識過剰かもしれないけど、そんなことを言われたら誰だってギクリとする。ぎゅっと鞄を握り締めた。会話はやっぱり自然と耳に入ってくる。

「それからなんだよなー、元気が無くなったの」

なんかあったんかね?とガムを膨らます赤髪の男の子。心なしかその表情は嬉しそうだ。私は視線を下に落として、ぎゅっと唇を噛んだ。私の目的地まであと2つ先。

「さあな、まあ放っとけ」

そして、ジャッカルさんの一言でその話は中断となり、彼らはまた黙り込む。赤也はまだ寝ているようだった。ゆらゆらと変わらず頭が揺れている。



「にしても……凄い雨だな」
「そうだなー、濡れるなー」

また突然話が変わって、今度はジャッカルさんが呟くように声を出した。窓の外を眺めている。それにつられて赤髪の男の子も外を見て、瞬時に嫌な顔をする。私もそれにつられて窓の外を見た。窓には雫が沢山ついていて、本当に凄い雨だった。少し先にある景色が良く見えないくらい。それから私は赤也を見る。そこでようやく気づいた。彼の肩が濡れていることに。赤也だけじゃない、あとの二人も。きっと、傘を持ってないんだろう。私はぎゅっと自分がさっきと買った青い傘の柄の部分を握り締めた。そして、聞こえるのはアナウンスの声。どうやら目的地に着いたようだった。私は慌ててボタンを押す。

「次、止まります」

ピンポーンという音と一緒に、それが聞こえる。私はようやく安心した。あとちょっとだ。赤也はまだ起きる気配を見せなかった。あと、少し。呪文のように心の中で呟いて、髪の毛を結んだ。そして、財布を取り出して、お金を出す。それから暫くして、バスがバス停に止まった。ガションと音が聞こえてドアが開く。私は立ち上がって、前を一瞥した。そのとき、赤髪の男の子と目が合って、ドキっとする。私は慌てて目を逸らすと、持っていた傘を赤也の脇の方にかけた。それから急いで運転手のところまで行くと、行きに取った整理券と一緒にお金を入れた。

「お、おい!」

赤髪の男の子の声が聞こえる。私はそれに気づかないふりをしてバスを降りた。すると、突然窓が開く。赤髪の男の子だ。青い傘を持っている。勿論、さっき私が赤也の脇にかけた傘。

「忘れもん!」
「いえ、それ、赤……黒髪の男の子に渡してください」

叫ばれて、私は咄嗟に言い返した。赤也、と思わず言いそうになって、一端口を噤む。それから素っ気無く言葉を続けて、私は一礼した。赤髪の男の子はわけがわからないらしく、は?と漏らす。私はそれを無視して、歩き出した。赤也が起きないか、そればかりが心配だった。

「お、おい!」

男の子の声がした。それでも私は振り返らなかった。振り向いちゃいけないと思った。

「うわ、びしょびしょ」



私は雨を体いっぱいに受けながら、前髪を払うように後ろにやった。
帰ったら、やっぱり鞄の中までびっしょりと濡れていて、また一つため息がこぼれた。





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