「次、降りるぞ」

ジャッカル先輩の声が聞こえた。
目を覚ますと、ブン太先輩のにやけた顔が目に映った。





苦しくて、切なくて





「ふあー」

目覚めしなに俺は一つアクビを零した。そうすれば、ブン太先輩がさらに顔をにやにやさせる。俺は何でそんな顔してるのか不思議に思って、ブン太先輩を見た。

「なんっすか?」

そう言えば、ブン太先輩はいやーと意味ありげに笑うだけ。ジャッカル先輩の方に顔を向ければ、ジャッカル先輩は呆れた表情を浮かべてブン太先輩を見ていた。ブン太先輩はひっきりなしにガムをくちゃくちゃ噛んでは膨らまして、ある程度膨らましたら割って、それからまたくちゃくちゃ噛んで…を繰り返している。俺はそれをぼんやりと見て、小さくため息をついた。ジャッカル先輩には悪いけど、次の停車場にはまだまだ距離がありそうで、直前に起こしてくれたら良いのになんて思った。頭がうまく働かない。

「お前もやるねぇ」

アクビをかみ殺しながらすると、ブン太先輩が口を開いた。ブン太先輩を見れば、またあのニヤケ顔だ。ちょっと癇に触るっつーか、そんな顔。

「何がっすか〜?」

またアクビをすれば、ブン太先輩はジャッカル先輩のほうを一回見た。何か言いたげな表情を浮かべてウインクする。ジャッカル先輩はそれに対してため息を吐いた。なんか、繋がりあうもんがあるんだろうか。アイコンタクトってゆうか、テレパシーってゆうか。

「それ」
「は?」

それから、また俺の方を見たら、指を差して一言。思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。それって俺のほう指差されても……。ちょっと困ったけど、違ったらしい。俺の方を指差したんじゃなくって、俺の後ろを指差したらしい。それに気づいて、俺は振り向く。そうすれば、一本の傘。

「?なんっすか、この傘」

きょとん、って言葉が一番似合ってると思う。柄の部分をひょいっと持ち上げて青い傘を見る。見覚えの無い傘。多分100均の傘。忘れもんだろうか?とにかく、わけがわからなかった。「それ」と傘を指差すブン太先輩の言葉も。俺の横に置かれた傘の意味も。

「これが、なんですか?」

そんで、またブン太先輩を見れば、やっぱりにや〜としたあの顔。しまりの無い顔だ。本当に一体なんなんだ。怪訝そうに見たら、ブン太先輩がようやく次の言葉を口にした。

「それ、お前にプレゼントだってよ」

プレゼント?100均なんてしけてる。じゃなくて、誰からだ。ちょっと気味が悪かった。

「誰からっすか?」

そう言えば、ブン太先輩は知らね、と返す。他人事のようだ。まあ、まさに他人なんだけども。俺は今度はプレゼントと言う青い傘を見た。本気で気味が悪い。一体誰なのか。

「でも、すっげー美人だったよな」

んでもって、年上。と嬉しそうに顔を緩めてブン太先輩はジャッカル先輩に言った。ジャッカル先輩は、急に話を振られて、ちょっと戸惑い気味に頷く。美人で年上なんて、全然身に覚えが無い。

……ん?待てよ

でも、すぐに考え直した。いや、一人だけいる。美人の年上。さんだ。俺はまさか、と小さな期待を寄せて、ブン太先輩を見た。それから口を開く。

「もしかして、それって……50歳に見えないくらいの女の人ですか?」

そう言えば、ブン太先輩が変な顔をした。まるで、宇宙人でも見たような顔。それから、はあ?と呆れた声が聞こえる。ジャッカル先輩も、唖然と俺を見てきた。それを敢えて無視して、更に詰め寄る。そうすれば、ブン太先輩とジャッカル先輩は暫しお互いに顔を見合って、吹き出した。

「ブッ!なんだそれーー!50歳に見えない女って!」

ひぃひぃ言いながら、声を上げたのはブン太先輩。バスの中に乗ってるにも関わらず、そんなのお構いなしだ。周りがなんだなんだと見てくる。ちょっと恥ずかしさを覚えながら、俺は口を尖らせた。すると今度はジャッカル先輩が、俺の名前を呼ぶ。呆れ声だった。でもちょっと声が震えてたことと、口をきつく結ってる姿を見れば、笑いを堪えてるのは一目瞭然。

「で、どうなんですか?」

再度、俺は先輩達に問い掛けた。そうすれば、ブン太先輩はガムを吐き出して、紙に包む。それからまた新しいガムを口に放り込むと何回か噛んだ。そして、話し出す。まだちょっと笑いながら。

「普通の高校生だったぜぃ」
「制服着てたしな」

それから、ジャッカル先輩に同意を求めた。ジャッカル先輩はそれに頷く。ここで、俺の密かな期待は裏切られた。そして、この傘の主には全く身に覚えがなくなってしまった。まさか、さんが高校生の制服を着て街を歩くわけがあるまい。コスプレなんて見るからに好きそうじゃない。そこで、後悔する。ああ、なんで起きてなかったんだろう。傘を置かれる瞬間、目が覚めたらよかったのに。というか……

「そもそもそんとき起こしてくださいよ!」

完璧の八つ当たりだとは重々承知の上だったけども。わかっていたけど、言わずにはいられなかった。そうすれば、ブン太先輩は自分は関係ないという顔をする。次にジャッカル先輩を見れば、ジャッカル先輩は呆れた顔をしていた。それから、「お前いつも睡眠妨害すると怒るだろ」と続ける。図星を指摘されて、一気に立場が弱くなってしまった。先輩の言っていることはもっともだ。

「あーあ」
「ま、しょうがねぇじゃん?」
「勿体無いから使えよ」

人事だと思って、なんてこと言う先輩達だ。俺はジロリと二人を見た。誰が使うか。こんな100均の傘なんて(100均は悪くねぇけど)そう言おうと口を開いたけど。それはすぐに閉じられた。俺の目に、窓の外が映ったから。

「すっげぇ雨」

思わず呟いてしまうほど、土砂降りだった。視界が雨で塞がれている。このまま帰ったら、絶対びしょびしょになること間違いなしだと思った。俺は窓から視線をはずして、何度か見た青い傘に目を落とす。それから、生唾を飲み込む。ゴクリと結構な音が耳に届いた。

「……有難く使わせて貰うっす……」

すっげー不本意だけど。この雨には勝てなかった。俺ははあ、と大きくため息をつく。そしたらグットタイミングで、バスが着いた。



バスから降りて、俺は青い傘を差して、ブン太先輩に冷やかされながら帰路に着いた。
ちなみに、二人の先輩は見事びしゃびしゃに濡れてしまっていた。





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