あれから、また数日が経った。

今日は、日曜日。





張り裂けそうで、辛くて





「いらっしゃいませー」

こじんまりとした喫茶店。お世辞にも繁盛しているとは言い難いお店。しかし、今日は何故か人の出入りが多く、は忙しなく動いていた。一つ注文を終えれば、また新しい注文。一つの勘定を終えると、また新たにお客。そんな中は慣れない笑顔で一人一人に丁寧な対応をしていた。今、この喫茶店には従業員と呼べる人は一人。それがだ。てんやわんやになりながらも、一つもオーダーを聞き漏らすことないように細心の注意を払って。

「はあ…」

は奥の部屋に入って、思わずため息をついた。今日は何だか身体がだるい気がする。きっと原因は先日の雨の所為だろう。傘は切原に渡してしまったので、は濡れて帰ったのだ。勿論雨避けになるものを全く持っていなかったため、全身ずぶ濡れ。濡れ鼠とはまさにこのこと。と言うような格好では家について、慌ててお風呂を沸かしたのだが。それでもやっぱり風邪を引いてしまったらしい。ずきずきと痛みを感じて、は額を押さえた。眉間に皺がよる。また小さくため息を吐いて、は今しがた注文を受けたジュースの用意をしようと新しいコップを出した。

こんなことならにでも助っ人頼めばよかったかも

少し後悔して。でもすぐにその考えを打ち消すように首を左右に振る。駄目だ、甘えてはいけない。仮にも今日は休日。きっと彼女だって予定と言うものがあるだろう。自分みたいに年中暇人ではないのだ。自分に言い聞かせてはコップに氷を入れた。カラカラと氷がコップの中でぶつかり合う。は次にアイスコーヒーの入った機械にコップを置く。ボタンを一つ押せばバーっと一気にコーヒーがコップに注がれた。それを見て、ぼんやり思う。

そういえば、赤也も毎回アイスコーヒーだったな。

そんなことを頭の中で考えながら、どんどんとコップの中身を支配していく黒色のそれを見た。なみなみと注がれ、はそれを手に持って、トレイの上に乗せる。

「お待たせしました」

そうしてコーヒーを持っていった彼女は、待っていた客人に一礼すると、次の客の元へ足を運ぶ。すると、またカランと音が鳴って誰かが入ってきたことを知らせる。はいらっしゃいませ、と今日何度か言った言葉を紡いだ。そして、驚きの余り目を見開く。あの時の赤髪の男の子と外人(ジャッカル)だった。タラリと嫌な汗が額に浮かぶ。

「ジャッカルー何頼む?」

しかし彼らはまだに気づいてないようだった。あまりの方を見ずに、空いている席に行った所為なのだが。そのことに少なくともはほっとして、目の前にいる客に、一言断って奥の部屋に入る。そして、二人分の水を用意すると、トレイに乗せて、戻ってきた。先ほどほっとしたと言うのに、また緊張が走る。絶対にバレる。いや、別に彼らにここで働いているのがバレるのが困るのではない。問題はその後なのだ。
多分、と言うか絶対に、この前の会話からして、彼ら二人は切原と顔見知り。「赤也」と彼を下の名前でしかも呼び捨てにするあたりから言って、仲は良い方だろう。

やばいなあ…

あの後、は傘を切原にと言って立ち去った。その後の会話など勿論のこと、知らないのだ。だから想像上でのことなのだが、きっと、傘の話はしただろう。じゃないと、いくらあの単純な切原でも怪しむに決まっている。は手に汗をかきながら、彼ら二人のところに着実に進む。問題は、赤也が感づいたかどうか。そう、問題はそこだ。一応、彼ら二人に会ったのは、あの日が初めてだし。勿論名前を名乗ったりなどしていない。だから、切原に教えるにしても、外見だけのほんのちょっとの情報だろう。それで切原が気づいたかどうか。もし、自分と傘の人物が結びついてないのであれば、まだOKなレベルである。

でも、今彼らがここに来た理由は?

もしかしたら、切原は感づいて、彼ら二人にここに来るように言ったのかもしれない。または、彼ら二人が自ら興味本位か何かで来たか。はたまた、まだ切原は感づいてなどいなく、偶然この店に来たか。どっちにしても、ヤバイ。もし後者ならば、傘の人物がここで働いていることが彼らに気づかれてしまって。もし、二人が口が軽く、そのことを切原に話してしまったらアウト。せっかく気づかれずに渡したのが無駄になってしまうわけである。しかも、もしそれがわかったら、切原はどういう反応をするだろうか?怒って捨ててしまうだろうか?まあ、実際今も尚あの傘を持っているとは考えがたいが。何せ、誰の傘かも分からない傘だ。普通は不気味がってすぐ捨てるだろう。(100均の安物傘だし)悶々と考えこんでいる間に、二人の座っているテーブルについてしまった。なるべく目をあわさないように、それとなくコップをテーブルに置く。赤髪の少年は、じぃっとメニューと睨めっこしていて、気づく気配はなかった。ジャッカルのほうは、何か律儀にコップが置かれた瞬間小さくお辞儀をしたが、彼もをあまり見ることなく、すぐに赤髪の少年のほうに目を移す。はばれなかったことに一人安堵して、その場から立ち去った。第一段階はクリアである。





それから、徐々に客足は途絶えてきた。中にいた客の数人も、だんだんに勘定を済ませ帰っていく。しばらくすると、彼ら二人と、あとカウンターに一人の男性、そして、の四人だけとなった。どうにかこうにか、何とか、今日の山場を越えて、はふう、と息をつく。それから、カウンターの客がオーダーしたホットコーヒーを作るべく、奥の部屋に入った。まだ、頭痛は治まらない。それどころか酷くなったように思えた。しかし、あと少しである。は踏ん張って、コーヒーをカップに注ぐと、それを持ってカウンターの男性に手渡した。

「すんませーん」

そして、タイミング良く声がかかり、はそっちに向かって歩く。あの二人組みだ。はまた冷や汗を垂らして、唾をごくりと飲み込んで、スタスタと歩く。エプロンから注文用の紙を出しながら。気持ちはまるで戦場にでも行くような気持ち。はふう、と心を落ち着かせるため、小さく息を吐いた。勿論、お客に不快感を与えないため、バレないようにこっそりと。そして、彼ら二人が座るテーブルの前まで来ると、手前で立ち、ペンを構える。

「お待たせしました」

そう言えば赤髪の男の子は、じっとメニューを見ながら、次々と注文していく。ジャッカルはおいおい、と呆れながらそれを見て、自分は紅茶を一つ頼む。それをは書き足しながら、一つも聞き漏らさないように聞き耳を立てた。



「―――で、飲み物コーラ。以上」
「かしこまりました。では、繰り返させていただきますね」

それからつらつらとオーダーの数々を繰り返していく。赤髪の男の子はメニューを見ながら、うんうん、と頷きながら肯定していく。そして、最後の注文のコーラとまで言うと、赤髪の少年はOKと言わんばかりに、大きく頷いた。

「それでは、暫くお待ちください」

は紙の品が合っていることを確認して、足早にそこを去った。どうやら、まだバレていないらしい。第二段階も何とかクリアである。はまた第一段階のときと同じく、安堵すると、ふう、とため息を漏らした。そして、奥の部屋に入る。それから紙に書いた注文を一つ一つ目で追って、作り始めた。



それが出来上がるのは、それから数分後のこと。





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あとがき>>ブン太とジャッカル友情出演(笑)