あの女、どっかで……。

俺は思い出せそうで思い出せないあのウエイトレスの顔を一瞥して、今も尚真剣にメニューを見てるブン太の方に視線を移した。





張り裂けそうで、辛くて





「お待たせしました」

私は、最後の品のサンドイッチを彼らのテーブルに置くと、ごゆっくりと続けて立ち去る。第三段階もすれすれクリアを果たした。そのことに何度目かのわからないため息を漏らすと、カウンターへと歩く。そうすれば、カウンターにいたあの一人の男の人がまた注文をしてきた。おかわりらしい。私はそれについても一礼して、カウンターの上に置かれた空になったカップを手に取ると奥の部屋に入っていった。頭がグラグラする。ああ、薬飲んでおけばよかった。なんて今更ながらに後悔して、ホットコーヒーを注ぐ。

「こら!何やってんだ!!」

すると、突然大きな声があっちのほうで聞こえる。その声の人物は多分あの赤髪の男の子。続いてガタンって何かが倒れる音がした。私は慌てて今やっていることを放り出して、奥の部屋から出た。そして、足が止まる。今の状況についていけなかった。呆然とした。いや、呆然としている場合じゃないのは重々わかっているのだが、一体何故、こんな状態になっているのかが全くわからなかった。目に映るのは、赤髪に羽交い絞めされている、あの男性。カウンターに座っていたあの男の人だ。離せ、と男性が声を荒げる。それでも赤髪の男の子は離さなかった。ジャッカルさんが駆け寄って、二人で挟み撃ちするような形をとる。わけがわからなかった。けれども、これはまずい。それだけはわかった。面倒なことが起こった。ぱにくった頭で理解する。お客様同士のいざこざは、はっきり言ってうざいことこの上ないのだが、ここの従業員である以上、放っておくわけにもいかない。とりあえず、三人の間に何があったのか、それを行くのが先決だろう。私は走り寄って、間に割って入った。

「ちょ、お客様!どうされたんですか?!」
「知らん!こいつが勝手に」
「は!?ふざけんなよ、おっさん!俺見てたんだからなっ!金盗もうとしてたの!飲み逃げだけならいざ知らず!」

……え?金盗む?

赤髪の男の子の言葉に思わずポカンとしてしまった。今も尚拘束されている男性の腕。必死にもがいてた。そして、何とか彼の言葉を飲み込もうと必死に頭を働かす。それから、数秒の間考え込んで出た答え。
おいおい!飲み逃げも良くないって!………って、違う。思わずつっこんでしまったけども違う。問題はそこじゃない。いや、そこなんだけど、そうじゃない。ああ、なんだか頭がグラグラしている所為か、いつもよりも頭が働かない。反応が遅い。私は頭を押さえながら、赤髪の少年と男性を交互に見やった。赤髪君の表情は嘘をついてるようには見えない。かといって、彼の言葉を鵜呑みにして、男性に言いがかりをつけるわけには行かない。証拠がないのだから。ああ、どうして私は奥の部屋に行って、その現場を見ていなかったんだろうと後悔する。

って、私がいないのを確認したからこそ、そういう行動に出たんだよな。

一人ツッコミを心の中で繰り返して。ため息をつく。

「あの、お客様。とりあえず落ち着いて。それに、こちらの方が本当に取ろうとしたのかと言う―――」

もしかしたら、会計を済ませたくて、足を進めたのかもしれない。初めから疑ってかかってはいけない。だから、そう信じて。すると、赤髪君はキッと私を睨んで、大声を出した。キーンと頭に響く。思わず眉をひそめてしまった。

「俺は嘘ついてねー!」
「わ、わかっています。しかし」

だんだんとこじれてきた。このままではあらぬ方向へと進んでいってしまう。そのときだった。

「ほら、おっさんその手の中の金出せ」
「は?」

口を閉じていたジャッカルさんが、ため息をついて男性の腕に手を伸ばした。瞬時、男性の顔が強張る。よせ!やめろ。と男性が更に声をあげる。それでもジャッカルさんは気にせず手を進めて、腕を掴んだ。男性はまだ、赤髪君に拘束されたままなので、あまり抵抗出来ない状況にいる。少し身を捩るだけだったので、ジャッカルさんは難なく男性の手を握った。固く握り締められた手を無理やりこじ開ける。私はその光景を黙ってみて。……愕然とした。床に落ちた、数枚のお札。ゆらゆらと、まるで枯葉のようにそれは落ちた。私はしゃがんでそれを拾うと、また立ち上がって、男性の方を見る。

「……このお金は?」
「っ……!それは俺のだ!」

豪語する男性の声を聞いていると怒っているのがわかる。盗人呼ばわれされて、心外だと。しかし、それとは裏腹に男性の表情は強張ったままだった。

「嘘つくなよ!おっさん!!」

赤髪の少年が大声で怒鳴る。本当に、盗もうとしていたのだろうか。信じたくないけれども、床に落ちたお札。不審な行動、少年の発言。きちんと、つじつまが合うのだ。全てを照らし合わせると、さすがに男性の言葉は真実に聞こえなくて。私は頭を抱えた。頭がズキズキと痛む。だんだんと酷くなってきた。頭が割れるような感覚に陥って、眉をひそめる。

「本当のこと言えって!」

そうすりゃ警察には言わねーかもだろぃ!赤髪君の声が、脳内に響く。視界が揺らぐ。気をしっかり持たないと、今にも倒れそうだ。ふらふらと足元が覚束ない。

「本当に、盗もうと…したんですか……?」

もう何も考えられないような状態で、私はそう男性に問い掛けた。そうすれば男性は顔を真っ赤にさせる。

「なんだ!この店は!客を疑うのか!?もういい!俺は帰る!!離せ、ガキ!!」

そう言って、赤髪の男の子の拘束が少し緩んだ隙に、バシっと腕を振った。拘束を解いて、顔を真っ赤にさせて出て行く。

「……帰るじゃなくって、逃げるの間違いだろー!」

赤髪の少年はくつくつ笑っていた。それをジャッカルさんは呆れた風に息を吐く。私はぼうっと乱暴に閉められたドアを見て。

駄目だあ……。

耐え切れなくなって、床にへたり込んでしまった。すると、「大丈夫か?」と頭上から声がかかる。見上げると、彼ら二人が私を見下ろしていて。私はそれをぼんやりとした視界で見た。思考回路が低下しているみたいで、どうすれば良いのかわからなくなってきた。とりあえず大丈夫なことを伝えて、立ち上がる。少し揺らめきながら。

「吃驚だよなー腰が抜けるのもわかる!……って、あれ?」
「はい?」
「アンタさ、この前バスん中で赤也に傘渡した女?」
「はい」

もし、このような質問をされたら、シラを切りとおす。それで笑顔でかわしてそれ以上会話は持ち込ませない。そう思っていたのに。頭がうまく働かなかった所為だ。思わず正直に頷いてしまった。私は我に返って、冷や汗を垂らす。顔が引きつるのがわかった。





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