見覚えある顔が視界に入って、思わず聞いてみたら、「はい」だって。まさかこんなところでまた会うなんて思ってなかったから、驚いた。でも、彼女のほうがもっと驚いてたようだった。 張り裂けそうで、辛くて 「え、あ、いや……」 私はしどろもどろになりながら、とにかく説明しようと口を開いた。しかし、頭はグラグラするわ、足はフラフラするわで。オマケにさっきの盗みの話で私の頭は混乱状態にいた。そのために、うまい具合にいい言葉が見つからない。言い訳じみた言葉でも言うと言わないとじゃ全然違うと言うのに。それさえも頭に浮かんでこなくて。焦る。気持ちばっかりが先走りする中、目の前の赤髪の男の子とジャッカルさんは話を進めていた。 「ああ、やっぱり。俺もどこかで見たことある顔だと」 「なあんで言わねぇんだよっ!」 「だから!今気づいたんだ!」 そんな二人の言い争いが、耳に届く。でも今の私にはそんなことどうでも良くて。自分に関係あることなんだろうけど、そんなの気にならなくて。とにかく必死に言い訳を考えていた。 「んで、アンタ名前は?」 「え、あ、……」 あっ!また、やってしまった。 馬鹿正直に答えてしまったあと、気づいて、私は口を慌てて押さえる。しかし、もう時既に遅し。言った言葉は取り消せない。しかも、苗字まで答えてしまった。いくら考え事をしてたからと言って。今日の自分は駄目駄目だな、とへこむ。 「じゃ、さんは、赤也の何?知り合いなのかよ?」 「え、それは赤……」 また答えてしまいそうになり、慌てて口を噤んだ。やばい、これ以上質問されたら、なんでも答えてしまいそうだ。マジックだ!なんて、ボケた頭で考える。私はコホンと咳払いをすると、目の前の赤髪の男の子を見た。どうなんだよ?って私を見ているその瞳に、思わずうっとくる。 「当店ではそのような質問にお答えできませんので、悪しからず」 「足カラス?」 なんだよ、それ。どんなカラスなんですか。 私は心を鬼にして。随分素っ気無く返したのだが。どうやら、うまく伝わってなかったらしい。赤髪君は隣のジャッカルさんに「足カラスってどんなカラスだよ?」とこそこそと耳打ちする。丸聞こえだったけれども、私はそれに気づいてないふりをしてあげた。すると、ジャッカルさんが「悪しからず。悪いけどって意味だよ」と、答えを正す。そうすれば赤髪君はおお、と手を叩いた。納得したようで何よりだ。 「って、そんなんケチケチすんなよ!」 「いや、ケチって……」 「助けてやっただろ?」 ……それは、脅しですか? 私ははあ、とため息をつきたいのを飲み込んで。赤髪の男の子を見た。ジャッカルさんがまあまあと赤髪君を宥める。なんだかその姿を見ていると、ジャッカルさんがとても不憫に思えてきた。そして、自分がとんでもなく悪いことをしているような罪悪感に苛まれる。私は二人を黙ってみたあと、また眩暈がするのを感じて、椅子に腰掛けた。もうどうせお客はこの二人しか居ない。そして、もう彼ら以外の客は来ないだろう。私は小さく息を吐き出して二人を見た。 「わかったわ、とりあえず座ってください」 バンバンとテーブルを叩くと、二人は顔を見合わせる。それからまた私の方に視線を移すと、二人は椅子に腰掛けた。私は目を瞑ってもう一度息を小さく吐く。それから瞳を開けると、二人を交互に見やった。赤髪君はウキウキした顔をして、ジャッカルさんはいいのだろうか…とちょっと困惑したような表情を浮かべていた。 「で、赤髪君の質問は赤也と知り合いかどうかですよね」 「赤髪君って誰?」 「あなたです」 ピンと指差せば、俺?と自分を指差す。そう。私はコクンと頷けば、彼は口を尖らせた。 「俺は丸井ブン太!」 「ああ、丸井さん」 私は赤髪君のことを"丸井さん"と丁重に呼ぶと、赤髪君は「ブン太でいいぜぃ!」と口の先を上げた。それから赤髪君、もといブン太君はジャッカルさんを指差して紹介を始める。知ってるよ。心の中で呟きながら、ジャッカルさんに一礼する。 「んで?」 「はい?」 「はい?じゃなくって!さんと赤也の関係は?」 トントントンと急かすように机を人差し指で叩く。その動作に目を移して、じっと見た。それからまたブン太君のほうに視線をやって。 「……その前に、一つ、約束してもらえますか?」 私がそう言うと、ブン太君は?とガムを膨らませながら首を傾げた。ジャッカルさんも私を見る。なんだ?と互いに顔を見合わせる。私はもう一度同じ質問を繰り返して見せた。 「……じゃあその約束ってヤツ言ってくれぃ」 「言ったら、納得してくれますか?」 なんでそんな頑な?とブン太君が口を尖らせた。それでも私は譲れない。引き下がるわけにはいかないのだ。すると、ジャッカルさんが、ブン太君の肩をぽんと叩いた。それから、ブン太君を宥めると、私のほうを向く。 「ああ、わかった」 私はその言葉を聞いて、少なからず信用した。ブン太君はまだ納得できてない点があるみたいで、目を細めていた。けれども、ジャッカルさんは、大丈夫なような気がした。私は一度視線を下に落として、小さくため息を吐く。改めて言うとなると、少しばかり緊張した。 「赤也には、言わないで欲しいんです」 ポツリ、と。落とすように言って、俯いた顔を上げる。ブン太君は理解できないって言った風な表情を顔に貼り付けていた。ジャッカルさんも、ブン太君ほどではないけれど、良く言葉の意味を把握できてないようだった。それでも、私は言葉を続ける。 「さっきの、ブン太君の質問だけれど。私と赤也は知り合いよ。赤也は、以前ここに良く来てたの」 常連客と言ったところか、と呟くと、ブン太君はへえ、とガムを膨らませた。後頭部で両手を絡めて、椅子に凭れ掛る。キィキィと椅子が前後に動いた。ジャッカルさんはそこで、何かを気づいたようだった。ああ、と小さく漏らした声を、私はきちんと聞いた。 「でも、ちょっと気まずくなってしまって」 気まずくなった理由は、伏せることにした。ブン太君がそれは?って聞いてきたけれど、応えるべきではないことがわかったから。これは、赤也と私の問題であって、他人にどうこう言うことではないと判断したから。何度も首を振ったら、ブン太君も何とか納得してくれたようだった。 「じゃあ、なんで傘置いたんだよ」 「……それでも、お客様だったから。風邪を引かれては困るから」 確か、彼はテニス部に入っていると言っていた。スポーツ選手にとって、体調管理は基本中の基本。あの雨の所為で、試合に出られなくなってしまうようなものなら、夢見が悪い。私はごく当たり前な風にブン太君の問いに答えて見せた。すると、ブン太君が不敵に笑う。 「嘘だな。そんな理由で、傘渡すわけねーだろぃ?」 ― Next |