「どうして?」 「だって、いくら大切なお客様だからってよ、自分が濡れちまうのに……」 「そうだ。赤也に傘を渡したから、アンタは、風邪引いたんだろ?」 一目会いたくて 私は、一人店内にいた。今日は沢山の客が来てくれたが、今はもう閉店し、私以外の他人は一人も居ない。チカチカと時計の針の音だけが妙に耳についた。私は溜息をついて、時計を見る。時刻は22時を回ったところ。1時間もボーっとカウンターに腰掛けていたのかと思うと笑ってしまう。まだ、片付けも終わっていないと言うのに。確か、皿もコップも溜まりっぱなしだ。明日まで引きづるわけにはいかない。それでも頭ではわかっていても、行動に移せずに居た。原因はきっとブン太君と、ジャッカルさんとの会話。1時間前まで話していた内容が自分の頭の中で渦巻いている。 「客だからって、おかしいっつーの」 私は思わず、ポカンとしてしまった。まさかそんな返答が返ってくるとは、思いもしていなかったから。二人を交互に見つめた後、え、と声が漏れた。勿論無意識のうちに、だ。小さい声だったけれども、静粛な部屋だった為かブン太君にはバッチリ聞こえたらしい。そうすれば、ブン太君がまた同じようなことを繰り返す。 「いや、ですけれども……」 確かに、大切な客だからと言って、もしこれが出会っていたのが赤也じゃなかったら、傘なんて渡さない、けど。確かに、今私はその所為で風邪を引いています、けど。でも、どうして……。どうしてこんなにも突っかかってくるのか。納得してくれなくちゃ、困るのに。それでなくても、今は風邪の所為で思考力が低下していると言うのに。文句を言いたくなるけれど、そんな文句を言えば、ますます疑われてしまうので、心の中でぼやく。 「テニス、出来なくなるのは、辛いだろうと思って…ですね」 不自然すぎる言い訳だけれども、今の私にはそれ以外言える言葉がなかった。勿論、2人は怪訝そうな表情を浮かべる。おかしいことなど、承知の上だ。それでも、気づかれるわけにはいかない。 「嘘くせぇー」 やっぱり、反応は私の思った通りだった。ブン太君は怪訝そうに私を見つめていた。そんなブン太君の態度にジャッカルさんがマズイと思ったのか、おい、と小声で忠告するように肘でブン太君をつつく。それでもブン太君は関係ないと言わんばかりに言葉を続けた。 「さんさー嘘つきだけど、嘘つくの下手」 ドクン、と心臓が騒いだ。自分で言うのもなんだけれども、私は思っていることが表情に出ないタイプだと思う。つまりはポーカーフェイスなのだ。良く、友達に何考えてるのか解からない子、と言われたこともある。それなのに、今目の前に居る赤髪の少年は自分のことを嘘が下手と言った。私は思わず眉根を寄せてブン太君を見る。 「嘘じゃないわよ」 こんなに心臓がバクバクするのはどうしてなのか。今まで、嘘をついてもこんな風になることはなかったのに。それは、バレる危険性がなかったからだけど。目の前の二人は訝しげな視線を私に投げかけてくる。それだけで、冷や汗が流れた。それだけで、ポーカーフェイスが崩れそうになった。 「だってさ、さん赤也の話、すっとき、」 ―――今までと違う顔、してた。 「―――……!」 ブン太君の言葉にドキリとした。今までになく、心臓が騒いだ。ポーカーフェイスなんて一発で壊されてしまった。何か言わなくちゃいけないのに、言葉が出ない。唇が、口の中が乾いて、声が出ない。そして、黙っている私に、彼は決定的な一言を言った。 「……まさか、あんな子どもに見破られるなんて、ね」 私はふ、っと自嘲的に微笑んで、机に突っ伏した。出るのは、情けない溜息ばかり。何でこうなってしまったのか、今更考えても遅い。本当にペースが乱されっぱなしだった。風邪云々よりも、あのブン太と言う少年。……何処となく、赤也に似ていたのだ。外見でなく、性格が。どういうところが、と聞かれても答えられないけれど。感覚的なモノだから、言葉では言い表せないけれど。だから、なのか。正直になってしまったのか。親友にさえ、伝えていないと言うのに。あんな今日まともに話した、全然の他人に。 「どうか、してたのかも」 本当に、どうかしてた。きっと万全の状態だったら、あんな相手、上手く丸め込めたはずなのに。風邪と言うのは怖い。本音が出てしまうから。それとも、本当に私は……。そう考えて、頭を振った。未だに認めたくない。この想いは。それなのに、もう誤魔化せないところまで来ているのも現実。 「本当は、赤也のこと、好きなんだろぃ?」 ブン太君の言葉が妙に耳に残って。鼻に熱いものがこみ上げて、涙が出そうになって。それがバレたくなくて、そっぽを向いて。でもそれが余計に、辛くさせる要因になって。 「さん!」 頭に浮かぶのは、彼の笑顔。嬉しそうに私を呼ぶ、彼の声。 嗚呼、こんなにも愛しい。君の声が聞きたい。 悲しいくらいに、苦しいほどに。会いたくて、逢いたくてたまらない。 「……好き」 ― Next |