「ブン太先輩」 俺は決心して、先輩の名前を呼んだ。 好きで好きで大好きで 明らかに、怪しい。 「どう、したんすか?」 俺を見る先輩の目は、きょどってるし。いつもの元気が俺の前ではない。それどころか、向けられる視線が少し、同情を含んだように感じるのは、多分俺の気のせいじゃない。周りが気付かなくても、向けられてる本人は実はわかったりするもんだ。 「何、隠してんすか?」 そう言えばブン太先輩は、なんも隠してねぇよ!って返す。でも表情とその言葉は全く正反対で何があったか、ってのはすぐわかる。俺は怪訝そうにブン太先輩を見た。そうすれば、ブン太先輩は更に慌てた様子で視線を宙に漂わせた。それから何度となく目をきょろきょろさせた末、ジャッカル先輩に助けを求める。……何だか自分が悪いことをしているみたいだ。 「なんだよ」 「いーから!」 ほら、ジャッカル先輩のお出ましだ。先輩は凄くめんどくさそうな表情でゆっくりと俺らの元にやってきた。それからジャッカル先輩はブン太先輩と俺を交互に見比べた後、事を察したのか溜息を吐く。そしたら、ブン太先輩は困惑した表情のままジャッカル先輩と見詰め合うのだ。 なんだよ、なんだよ。 まるで、俺が先輩を苛めてるみたいだ。もっともこの状況じゃそう考えるのが正しいのかもしれないけど。でも、罪悪感は無かった。俺にも訊く権利はあるはずだ。反対に、ブン太先輩がこんな風に取り乱してるんだ。……何かあったのは明らかのはず。でも、それは全て「はず」なだけで、"真実"ではない。だから、ブン太先輩にちゃんと証言して"真実"にしたいんだ。 「赤也、あまりブン太をいじめんな」 好きで、苛めたいわけじゃない。そもそもさ、そんななら隠さなきゃいい話だろ?それなのに隠すってことは、よっぽど俺に知られちゃ困る話?ただ俺は、なんでそんな目でブン太先輩が自分を見るのか訊きたいだけだ。だって誰だってやだろ?なんもしてないはずなのに、哀れんだような、同情したような目で見られたら。ジャッカル先輩に思ったことを伝えれば、ちゃんとわかってくれたようだ。それから、俺の言葉を聞いたあと、すぐさまブン太先輩をきつい目で見下ろす。そうすればブン太先輩とジャッカル先輩の目が合って、ブン太先輩の目はますますヤバイと言った風な表情をする。 「お前なあ!」 「うわあ!ジャッカルちょいタンマ!」 呆れたような、少し怒ったような顔でジャッカル先輩がブン太先輩を叱ろうとする。ブン太先輩も怒られることを察していたのか、ジャッカル先輩が口を開いた途端、両手を頭あたりにやって、防御する。決してジャッカル先輩はブン太先輩を殴ろうと考えてるわけじゃないけども。多分、条件反射。その行動の裏は、きっと……真田副部長の手厚いプレゼントのせいだと考えられる。(てか、それ以外考えらんねえ。俺とブン太先輩は良く怒られるから) 「……なんすか?ジャッカル先輩も俺に隠し事があるんすか?」 二人ともに隠し事されるなんて気分が悪い。しかも綺麗に隠してくれるならまだしも、こんなに解かりやすい隠し事だ。普通だった機嫌がどんどん斜め下に下がっていくのが解かる。はっきり言って、胸くそわりぃ。 「赤也の気にすることじゃない」 そう、ジャッカル先輩は言うけど。ブン太先輩を見ればそれが嘘なんだと言う事は一目瞭然だ。それにジャッカル先輩が気付かないわけない。俺はわかりやすくブン太先輩ばっかり見ていたら、ジャッカル先輩にも焦りの色が見え始めた。 「ブン太!普通にしてろ」 小声で、ジャッカル先輩がブン太先輩に耳打ちした。はっきり言って丸聞こえだ。ブン太先輩は、だってよ……、と不安そうな顔でジャッカル先輩を見る。それから、次のブン太先輩の出した名前に俺は自分の耳を疑った。 「さんの話聞いたら……」 「馬鹿!ブン太!!」 確かに、ブン太先輩はそう言ったのだ。そしてブン太先輩がその名前を口にした途端、ジャッカル先輩が今日始めてブン太先輩の頭をベシっと叩く。叩かれた本人のブン太先輩は、いて、と声を漏らして、叩かれた部分をさする。……その行為。もう、決定的だった。 「、さん?どういうことっすか、ブン太先輩?」 あえてブン太先輩を集中攻撃。二人の先輩は互いに顔を見やって、冷や汗を垂らした。二人の顔にはっきりとしまった、と書かれてるような気がする。ブン太先輩はまるでロボットのようにギギギと機械的に首を動かし俺を見て苦笑。ジャッカル先輩は後ろ頭に手をやって気まずそうに下を向く。それから実に言いにくそうに、ブン太先輩は口を開いた。 俺は今、全力疾走にしていた。手には何故かずっと捨てられなかったアノ傘を持って。向かう先は今まで毎日のように通っていたあの喫茶店。つまりはさんのところ。 「ハァ、ハァ」 ―――咽が痛い。きっと今急激に止まったりしたら、苦しいに違いない。あれだけハードな練習をしている俺だけど、今の方がもっとキツイって思った。 「実はさ、赤也……口止め、されてたんだけどよ」 でも、こんなに辛いのに嫌だと感じない。それはきっと――― 「あの雨の日に赤也に傘を置いてったのは、」 今、一番したいことだから。 早くさんの顔が見たくて。一刻も早くさんに逢いたくて。だから、どんなに辛くても平気だって思える。 今、一番思うこと。 「さん、なんだよ」 俺は、本気でさんが大好きなんだ。 ―――改めて気付かされた想いに、少しくすぐったさを感じて、俺は走るスピードを更に速めた。 ― Next |