!今日暇?」

が私を遊びに誘うときのお決まり台詞。
私はその台詞に苦笑を零し、小さく首を横に振った。





消えれば良いのに。

こんな想いなんて






私はからの誘いを丁重に断ると、ある場所に来ていた。そこは正直言ってあまり好きじゃない。あまり、と言うか……出来れば来たくないところだ。薬品の匂い。狭い個室。決して自由の許されないこの空間。何度も私はここに来てはいるものの、やっぱり気持ちのいいところではないと思う。それでも私がここに来る理由は―――。

「……変化、ナシ……か」

事故に遭った弟のお見舞い。じゃ無かったら好き好んでこんなところに来ない。寧ろ私には無関係な場所だと思う。私はベッド横に置いてある椅子に腰掛けると、未だ目の覚めない弟を見つめた。一件安らかに眠っているだけなのに、もう目が覚めないでどのくらい経っただろう。事故当初に出来た傷はだんだんと治癒されて治っていく。……弟が生きている、証拠。まだ死んでないと言う証。弟がまだ、生きることを諦めていないんだと思うと、嬉しくもあり、辛くもあった。

「……辛い、よね」

辛くないわけない。ずっと眠り続けるとはどういう感覚なんだろう。私には想像することしか出来ない。いや、想像することも出来てないのかもしれない。

「……代わって、あげたいよ?」

出来ることなら、自分が代わってあげたい。其れが出来ないのが、歯がゆい。ぎゅっと弟の手を握る。暖かい。彼は生きてるんだ。ちゃんと血が流れて、呼吸をして。今も尚、この世の中を頑張って生きてるんだ。それなのに、決して目が覚めることはない。こんなに頑張っているのに、神様は意地悪だ。私から大切なモノを奪っていく。

「……私、疫病神なのかもね」

に言った言葉。そのときのはそれを口にした途端とても怒っていたことを思い出す。だけどね?本当に思うのよ。こんなにも辛い現実と向き合うと。本当に自分は疫病神なんじゃないか、って。握っている手を更にきつく握った。これで反応してくれれば、どんなにいいことか。でもそんなに簡単なわけがない。それくらい、重々承知だ。

「……目、覚ましてよ」

一人はもう、嫌だ。失うのはもう嫌なのだ。以前は、絶対に一人でも生きていけるって思ってた。だけど、やっぱり自分は弱い。こんな風に思ってしまうなんて。それもこれも赤也に逢ってから。全ての歯車が狂い始めてしまった。

居心地が良すぎて。

離れてしまって、淋しく感じる。元に戻っただけの筈なのに。今じゃあもう、一人は淋しすぎて、狂いそうになる。何度も何度も泣きそうになった。

「早く、目、覚ましてよ……っ」

だから、お願い。少しでもこの淋しさを紛らわしたい。弟が目を覚ましてくれたら、私は一人じゃなくなる。利用しているのは十分にわかってる。赤也の代わりを探してるんだってことくらい、わかってる。

……前は、赤也を弟と重ねて見てたっけ。

でもいつからか、それが逆になってしまってる。決して赤也は弟なんかの代わりじゃない。それに気づいてしまったんだ。目頭が熱くなる。赤也のことを思うと、無性に泣きたくなる。自分が望んだことの筈なのに、辛くて苦しくて、息をするのも困難になる。

「だから、目、覚ましてよ……!」

ぎゅっと真っ白いシーツを握り締めて。私は布団に顔を押し付けた。ギシ、ベッドがスプリングする。そしてその反動で一瞬弟の身体が動くけれど、それは自分の意志じゃない。それを見て、更に苦しくなる。何度も何度も祈った。「早く目が覚めますように」って。もう何度言ったのかわからないくらい、言った。それでも目が覚めない弟。

「……もう、アンタの声忘れそうだよ」

自嘲的に笑って私は弟の部屋を後にした。





広い病棟を歩いていた。何度も通ったこの病院。もうある程度把握してしまって初めこそ迷ったものの、今では軽快な動きで病院内を歩いている。それが何だか虚しかった。

「……?」

そこで歩いていると、見慣れた背中を発見する。一人は一度見たら忘れない印象的な赤髪。決して高いとは言いがたい背丈。そしてもう一人は色黒な肌。丸坊主な頭。がたいの良い身体。

「ブン太君に、ジャッカルさん?」

間違いなく彼ら二人だった。逢ったことは二度しかないものの、間違えるわけがない。私は二人の背中を目にして疑問に思う。まず一つは、何故こんなところに?と言う事。どう見ても健康体の二人。こんなところで逢うのは不自然だった。誰かのお見舞いだろうか。私はそう結論付けると一歩一歩二人に向かって歩き出す。声を掛けたほうがいいのだろうか?

「げ、さん……!」

或る程度近づいたころ、あちらも私に気付いたようだ。吃驚した様子で私を見つめるブン太君。

にしても、げ、ってなんだ。げ、って。

見れば、ヤバイと言うような表情。私に会っちゃマズイことでもあるのだろうか。ジャッカルさんを見つめれば、ジャッカルさんと不意に目が合う。そうすれば、気まずそうにジャッカルさんの視線が泳いだ。どうしたの?と問い掛ければ、二人は顔を見合わせる。それから何か通じ合うものがあったのかアイコンタクトで二人は会話?をするとまた気まずそうな顔をする。全くわけがわからなかった。

「ちょっと、何なの?」

私は少し強めの口調で言った。そうすればブン太君が焦ったように縮こまる。そしてジャッカルさんはと言うと肩をすくめるだけだった。

「ちょっと」

そう言ってブン太君の腕を掴む。ハッキリしないこの状況が嫌だった。何かあるならあるでハッキリしてほしい。迷うのがいけないとは言わないけれど、決断力のないのは一番嫌いだ。ブン太君とジャッカルさんを睨み続ける。そうすればジャッカルさんはまいったなぁと言ったような表情を私に向けて、ブン太君は怯えたような顔をした。

「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

痺れを切らして私は少し大きめな声で言い放つ。そうすれば二人はもう一度顔を見合わせて次の瞬間二人とも同時に私に向けて頭を下げた。



さん!わりぃ!!」





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あとがき>>実は幸村と同じ病院にいる弟さん。