目の前には勢い良く頭を下げる二人。
これで驚かない奴なんて、いるわけがない。

私は目の前の光景に内心驚きながら冷静を装った。





消えればいいのに。

こんな想いなんて






「ちょ、ちょっと……」

私は至極困った。まさか、そんなに怖かったのだろうか。ちょっと脅すつもりだっただけだったのだけど、冗談が通じなかったのか。そう考えると、自分が何だかとても悪いことをしているような気持ちになった。罪悪感が募る。目の前の二人、特にブン太君は今にも泣きそうだ。

「わりぃ!さん!!」

頭を下げたまま、また謝るブン太君。勢い良く下げられた頭を見下ろす。私は少し焦りながらブン太君の肩をポンと叩いた。ビクリ、とブン太君の身体が震える。

……そんな、怯えないでよ

怯えさせる原因を作ったのは確かに私。でも、そこまでビビることだろうか。其れほどまでにも私は怖い印象を与えているんだろうか。……確かに自分は無口なほうだから、怖いイメージを与えてしまうけれど。少し、ショックだ。

「ちょっと、ブン太君?」

出来るだけ私は相手を怖がらせないように言葉を選ぶ。自分で言うのもなんだけど、優しい声だったと思う。するとブン太君はゆっくりと顔を上げた。まだその表情は怯えが見えたけれど。それから諭すように言えば、ハの字になった眉が少しばかり緩む。

「ごめんなさい、強く言いすぎたわ」

そうして私が謝れば、ブン太君はきょとん、と不思議そうな顔をした。その様子で私が今しがた考えていた推理は外れたようだ。?と未だに首を傾げる彼を見て、そう思った。「違うの?」なかなか何も言わないブン太君に、もう一度私は言葉を紡ぐ。そうすればブン太君はコクリと頷いた。完璧にハズレだったようだ。それならば、どうしてあんな風に謝ったのだろうか。最もな疑問が浮かぶ。それについて私は聞いた。

「理由は、言えねぇ」

すると、ブン太君はまた困ったような顔をする。あの、怯えたような目も、だ。それから暫く私とジャッカルさんを交互に見やって……ボソリと呟いた。その言葉に今度は私の眉間に皺が寄る番。は?と思わず声が出そうになるのをどうにか堪えた。

理由が言えないって、どういうことよ

切に思う。あれだけ本気で謝っておいて、理由は言えないとは、本当にどういうことなのだろうか。

「…そんなに悪いことをしたの?」

何だかブン太君の言動にだんだんと不安が募ってきた私。尋ねた自分自身もきっと今はブン太君の顔と同じくらい微妙な表情をしているに違いない。ブン太君はチロリと私のほうに目を向けて、また更に眉根を寄せる。それからまるで苦虫を噛むような、苦汁の選択を出されたような顔をして、それから。

「……ああ、……多分、さん怒る」

と、呟いた。その言葉に怒りが込み上げないわけがない。知りたいと思わないわけない。だけど、すぐさまに言葉が出なかったのは、きっとブン太君のこの表情のせい。まるで、悪戯をして母親からこっ酷く叱られ挙句の果てには口も満足に聞いてもらえず、反省している子どものように。まるで、土砂降りの中、捨てられてしまって凍えそうになっている仔犬のように。

そう、まるで……。

私に叱られて、しゅん、と肩を落としている赤也のような表情をしていたからに違いない。

「……理由は、言えない。自分勝手だってわかってるけど……ちょっと、言えない」

黙っている私に先制を取ったのはブン太君。呟いた言葉と同じくらいの音量で続ける。

「……きっと、今日、全て、わかる、から……」

そう言ったブン太君はどこか辛そうで、悲しそうな瞳で私を見据えた。

「……そう言うわけですから」

そうして、次に声を上げたのは、今まで黙っていたジャッカルさん。厳しい表情を一瞬だけ緩めると、ブン太君の肩に手を添え私を見下ろした。心なしかジャッカルさんの表情も優れない。それから私とブン太君とジャッカルさんは何を言うでもなく、暫し無言で立ち尽くしたが、ジャッカルさんが息をついた時にそれは幕を閉じた。

「じゃあ、俺たち用事があるんで……元気で」

用事がある。そう言われてしまっては止める権利などない。私は踵を返したジャッカルさんとブン太君の後姿をぼんやりと見つめた。私の口から出た言葉は文句じゃなくてただ、うん、の一言。だんだんと遠ざかっていく二人を見つめていると、ブン太君が最後に私の方を振り返って何かを呟いた。だけれどもあまりにも小さすぎた声は私の耳には届くことが無かった。また、私も聞き返すことなどできず、気にはなったものの、気にしない素振りを見せ、同じように二人に背を向け、出口へと向かった。





そして、向かう先は、お父さんの経営している、小さな喫茶店。トボトボと歩いている中で、何やら言い知れぬ不安と、そして小さな期待を胸に、私は前を見つめた。このときの私はまだ、これから起こる"コト"なんて知りもしなかった。そして、ブン太君の最後に言った一言を何故あの時聞き返さなかったのだろうかと、後々後悔することになるのだ。



残暑厳しい道程を、私は歩く。サンサンと降り注ぐ太陽の陽。
じりじりと暑さを吸収する肌。そして額には小さな光るアセ。


私は額に手を当て、眼を細め顔を上げて空を見上げた。





― Next





あとがき>>やっと、ここまで来た、ってカンジ、っすね……(マジで力尽きる5秒前)(古)