抱き締めたさんの体が、前よりも小さく感じられた。 愛しくて、愛くるしくて 「…離してよ」 「嫌っす」 「離しなさい」 「嫌です」 抱き締めた後、何度この会話を繰り返しただろう。……もう一体どのくらい続いてるのかわからないくらい繰り返してる。時折さんが腕の力を入れて俺を押し返そうとするけど、その抵抗は無駄に近い。このくらいじゃあびくともしない。きっとさんもそれを理解しているはずだ。それでも抵抗をやめないのは、それほど俺のことが嫌いなのか。 それとも……。 「……そんなに不安?」 俺のことを好きで、それを悟られないようにしてるのか。……その可能性はほぼ皆無で、ただの自惚れに近いけど。でも時々見せるさんの仕草、反応を思うと100パーセント有り得ないとは言い切れない。 「…俺のこと、好きじゃないんすか……?」 言えば、さんの体が微かに反応を示した。0パーセントに近い可能性はもしかしたら随分高いかもしれない。 「何言ってるのよ、馬鹿じゃない?」 「…ブン太先輩に聞きました」 …てのは嘘だけど。 一種の賭けだった。 そうすればさんの肩がまたビクッと反応する。 「……ブン太、君…が?」 これはどういう意味の言葉なのか。俺には良く理解出来なかった。可能性としては「なんで嘘を言ったのか」と言う意味の言葉か、と言うこと。もしくはそれが本当で思わず呟いてしまったか。だけどさんにとってそれは無い。あんなにクールでポーカーフェイスだった人なんだから。ちらっと俺はさんを見た。 …え? さんを見て、かなり驚いた。なんでそんな顔するのか。 「……、さん?」 さんの顔はほんのちょっぴり赤かった。遠目からはわからないだろうけど、こんだけの至近距離ならわかる変化。確かに赤いんだ。俺の目の錯覚なんかじゃなく。 「さん」 名前をもう一度呼んでみた。さんの返事は無い。ただ困ったように眉を寄せる。それから、きゅっと一の字に閉じられた唇を噛み締めるんだ。 「…さん、俺」 ドクドクと、すげぇスピードで脈打つ心臓。耳の裏に直に聞こえるそれ。音と言えばそれだけしか今は聞こえない。そのくらい、煩い程に鳴り響く心臓の音。こんな、たった一人の女の人の前でこんな、ドキドキしてガラにも無く緊張なんかして。本当キャラじゃない。呆れて自分で笑っちまう。 「さんのこと」 無になったみたいに。 「好きっすよ」 俯かれたさんの頭が微かに揺れる。動揺してるのだろうか。俺はそんなことを頭の隅で考える。そうだといい。俺の願望。 「だから…嫌だったら殴って」 また賭け。きっと人生の中で一番の大勝負。下手したら嫌われる。だけど今のこの状態なら嫌われた方がマシだ。ぎゅっと唇を噛み締めて、さんの顎に手を掛けた。ビクリと反応が来る。でもそんなのお構いなしに俯いているさんの顔を無理やり上に向かせた。 「…あか……」 不安そうな瞳が俺の目とかち合う。"あか"…続きは何なのだろうか。俺の名前を呼んでくれようとしてるんだと嬉しい。だけど今の俺にはそんなことを訊く余裕も言える余裕も無くてただ無言でさんを見つめた。 「…ごめん、さん」 一言謝る。別にこの後の俺の行動について、許して欲しいわけじゃない。嫌われても仕方が無いって覚悟は出来てる。ただ…少し、罪悪感があるだけ。だから謝ったんだ。今俺がすることは余りにも身勝手でさんを傷つけることになるから。だけど止まらない。この想いを少しでも彼女に知ってもらいたいから。伝わるかはわからないけど。 「どう言うこ」 と、って聞きたかったんだろう。だけど俺はそれをさせなかった。ぎゅっと力一杯目を閉じて。視覚を遮られた今一番発達したのは触覚。触れる唇。きっとさんは今驚いてるに違いない。驚きすぎて抵抗を忘れてるんだ。俺は目をつぶったまま自分の手を彼女の頭に添える。逃げないように。…我ながら卑怯だ。力で抑え込もうとしてる。わかってるけど止まらなかった。止められなかった。触れたところからさんの体温を感じて顔が照てる。ぎゅっと抱き締めて、体を密着させるとまるで一心同体になったみたいだ。心臓の音がこれ以上ないくらいに鳴り響いてその音はさんの少し早めの心音と重なる。そんな些細なことも嬉しい。啄むようなキスを繰り返し、俺はやっとずっとつぶっていた瞼をうっすらと開いた。 どういう、意味…だよ そこで俺の眼に映ったのは、同じく瞳を閉ざしているさんの顔。きゅっと瞑られた瞼から長い睫毛が良くわかる。だけど彼女の心理は謎だった。 なんで、何故、わからない。 疑問ばっかが俺の頭を支配し始めると、俺はそれを拭い去るように前よりももっときつく目をつぶった。唇から漏れる吐息が、妙にリアルで熱い。それから何度も何度も角度を変えながらキスを繰り返した。 「……」 どれくらい時間が経ったろう。対して経ってないはずなのに、俺には随分と長い間のような感覚がした。触れ合っていた唇が離れ、暫く経つとさんの閉ざされた瞳が開けられる。大きな瞳がまた俺の瞳とかち合う。たったそれだけのことなのに、さっきまでの行為を思い出すとどうも気恥ずかしい気持ちになった。顔の熱が帯びるのがわかる。 「さん……」 そうして俺は、彼女の名前を呼んだ。 ― Next あとがき>>ちゅーしちゃいました。無理やりちゅー。 |