「元気なくない?」



ああ、きっと見透かされちゃってたんだろうな。
きっと、弟にはなんでもお見通しで、私が泣いてたわけも、気付いていたんだ。





大好きの気持ち





「…っ……はっはっ…!」

だんだんと息が上がってきた。現役運動部員じゃないにとってはこの坂は地獄の坂だ。それでもは走る速度を緩めなかった。今の時刻だったら、きっとまだいるはず。小さな期待を寄せて、斜面の高い坂を上った。





「―――て、わけ」

それは数時間前のこと。元気ないと指摘されて、初めは誤魔化そうとしたのだが、そこは姉弟の関係。直ぐに嘘だと見破られてしまった。決しての嘘はバレやすいわけじゃないけれど、弟にはいつもバレてしまうのだ。さっきもあっさりと見破られてしまって、は観念して弟が目覚めていなかったときの出来事を話した。

…勿論、赤也のことを、だ。

それを話し終えたあと、は向き終わった林檎を弟の近くのテーブルに置いた。弟の顔を見れば呆れ返った顔。何か言われるのだとすぐに悟った。

「ばっかじゃねーの」

案の定、吐かれた暴言。は呆気にとられて何も言えなかった。呆然とした顔で弟を見れば「間抜け面」と一言。

「馬鹿って、何よ」
「言葉の通りだよ、ほんと馬鹿」

弟ははあ、と溜息をついて林檎に手をつけた。
シャリとみずみずしい林檎ならではの音がの耳に届く。

「そんなプライド捨てりゃいいじゃん。姉貴って変なとここだわるよな」

シャリシャリと林檎を食べる音がする。
は妙にその態度が気に入らなくてバンと机を叩いて立ち上がる。

「煩いな!あんたに何がわかるのよ!」

気付けば怒鳴り散らしていた。病み上がりの人間にそんな言葉を吐いちゃいけないのはわかっていた。けれど感情がついていかなかったのだ。

「変なとこって言うけどね、歳の差はあんたが思うより気になることなのよ!相手は中学生で、あんたよりも年下なのよ?違いすぎるわよ…!」
「相手はそういったのかよ!」

が感情に任せて怒鳴り散らすと、弟が遮るように口を開いた。少しきつめの口調。
は次に続くはずの言葉が出てこなかった。

「そいつが、姉貴のこと年上だから嫌だって言ったのかよ!」

真剣な瞳。怒った表情。
は咽に何か詰まったような感覚に陥って何も言えなくなってしまった。

「……自信持てって。馬鹿姉」





乾いたアスファルトを力強く蹴る。ようやく坂を登り終えた。はあはあ、と息が乱れる。しかしは息を整えることもせずに次の目的地に向かって走った。真っ直ぐ突っ走り、左手にしてある時計を見た。時刻は3時30分。まだ十分間に合うだろう。きっと今の時間は学校が終わって部活の無い者が下校している時間だろう。本来なら自分もこの時間…いやそれ以降まで学校があるのだが……。今日は生憎職員会議とか何とかで早めの放課となったのだった。だから、決着をつけるなら今日じゃない駄目だと思った。

咽が、熱い……

吐く息の速度もだんだんと速く浅くなっていくのを感じた。それでも走るのをやめないのは、今までの自分を悔いているからなのかもしれない。

「俺、さんのこと、好きになっちゃったみたいっす。だーかーら、覚悟しといてくださいね!」

「俺がさんの彼氏になるって、有り得ないことなんすか?」

さんのこと、好きっすよ」


思い出せば、赤也は、私に素直な感情を出してくれた。きっと今度は私がそれを返す番なのだろう。別にここで本音を言って、上手くいくなんて思ってない。もう来るなと言っておいて、コロっと発言を取り消すとは…自己中心的な考えすぎる。我侭すぎるだろう。だけど、もう自分を偽るのはやめたのだ。良いほうに転ぼうが、悪いほうに転がろうが、もう逃げるのはよそう。そうは考えた。この道をあと少しすれば、彼のいる場所まで着くだろう。心臓が高鳴る。走っているからではないことは確実。はっはと吐き出す息が熱い。きっと今立ち止まったら足がガクガクして立てなくなってしまうだろうことは容易に想像できた。だからは立ち止まらなかった。ただ、目的地を目指して、長い長い道を走る。まるで、切原と出会ってから今にいたるまでの道程のような気がした。それも後少しでゴールなのだ。





「はぁはぁはぁっ」

目の前には校門。ようやくたどり着いたのだ。は額から流れる汗をふき取って、乱れた呼吸を整えた。校門の中を見れば、立海大の生徒であろう人がこぞって校門に向かって歩いてくる。きっと今が丁度下校ラッシュ時なのだろう。は校門の陰に隠れながら深呼吸をした。さすがに中学校だけあって、自分みたいな人間がいるのは場違いだと思った。今自分の着ている服は立海大の制服なんかじゃないから余計に目立つ。緊張に胸が押しつぶされそうだった。だけど、此処が正念場。弟も頑張ったのだ。いつも自分に優しかったあの弟が、あんな風に言ってくれたのだ。

「ふう…」

もう一度最後に深呼吸をして、顔をあげた。そして意を決したようには校門をくぐった。生徒たちの視線が、集中するのを感じながら、は前だけを真っ直ぐ見て……そして。

「赤也…」



―――………彼を見つけた。





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