いつか、捨てられるんじゃないかって。
いつか、愛想つかれるんじゃないかって。

ずっと怖かった。だからずっと逃げてきた。

でも、そんなこと考えずに、貴方だけを信じていればよかったのにね。





もう迷わない、

もう迷いたくない






校門をくぐったは少し先にいる、切原を見つけ歩みを止めた。目の前にいる切原はこれから部活に行くらしく、テニスバックを肩に担ぎ、丸井と一緒に歩いていた。元気がない。それがが見た、切原の印象。ずき、と胸が痛んだ。そうさせたのは紛れも無く自分だと言う罪悪感がの胸にしこりになって浮き上がる。

「……っ」

ここで、赤也!と叫ぶことが出来たら、どんなにいいか。でもさすがににはそれが出来なかった。切原の横顔を見るとどうしても声が出せなかった。折角ここまで来たと言うのに、校門をくぐってすぐそこから、もう既に歩くことは出来ず足は根っこが生えたように動かない。もう、息の乱れは落ち着いたと言うのに。叫ぼうと思えば叫べるはずなのに。切原の前だと弱気になってしまう。ぎゅっと自分の手を握って拳を作った。あまりに力強く握るので拳が震えた。

「……さん……?」

自分を呼ぶ声に反応して俯いていた顔を上げた。見れば先ほどは横顔しか見れなかった切原の顔が自分の方を向いていることに気付く。ちなみに切原の隣にいた丸井も、だ。さっき自分を呼んだのは、丸井だと言うことに気付いた。丸井はだと確信が持てると人懐っこい笑みを浮かべ、両手を高々と上げブンブンと左右に降って見せた。まるで自分の存在をアピールするように。そうして丸井がに向かって歩き出す。丸井との距離がだんだんと縮まる。しかし切原とは変わらないまま。どこか視線を合わそうとしない切原の様子には気付いた。ズキズキと胸が締め付けられる。そんな二人の様子に気付かないのか、丸井は歩いていた足を一端止め、振り返る。自分に着いてきていない後輩を見て、ふう、と溜息をついた。

「おい!赤也お前も来い!」

そうして促すように叫ぶ。そうすれば切原は地面を見つめていた顔を上げ、ゆっくりとであるが丸井の後ろをついてきた。その足取りはお世辞にも軽いとは言えるものではない。

「…久しぶり、ブン太君」

目の前までやってきた丸井にはぎこちない笑みを浮かべた。元々笑顔と言うものは得意ではないだったが、更にぎこちない。それは隣に切原がいるからだろう。丸井はそんなの様子に気付いたものの、特に突っ込むことはしなかった。その優しさに感謝しながらは切原のほうを一瞥した。そうすればやっぱり顔を見ようとしない、切原。気まずさを身にまといながら、ポケットに両手を突っ込んでいる。

「でもどうしたんだ?さんが此処来んなんて」

理由は何となくわかってはいるものの、聞きたくなるのが性分である、丸井ブン太。?とガムを膨らませながらの質問。は丸井の質問に答えるべく丸井を見上げた。そのときにグリーンアップルの匂いが微かに漂ってきた。

「……ちょっと、話したいことが、あって……」

ちらりと切原のほうに視線を寄せれば、切原は微かに反応した。ビクっと肩が震えるのには気付いた。そうすれば丸井はガムを膨らませたままと切原の顔を交互に見やる。そうして、パンッと故意にガムを割ると、にっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「そーいうことなら仕方ねえ!」

言いながら、自分の斜め後ろで小さくなっている切原の背を押した。不意打ちに切原の足元がぐらつく。押されたと気付いたときにはもう目の前にはの顔。切原は冷や汗が流れるのを感じた。

「ちょ、ブン太先輩!」
「安心しろぃ!真田には上手く言っといてやるよー!」

勢い良く振り返れば、抗議しようにも遠く離れてしまった丸井。後ろ走りしながら手を大きく振って、笑顔だ。切原はやられた…と言う風に溜息をつき、目の前の人物を躊躇いがちに見つめた。も切原を見ていたようで、視線がぶつかり合う。

「……なん、す、か?」

は切原の口から途切れ途切れに紡がれる言葉を妙に痛く感じた。でもそれは自分がそうさせたことなのだ。いつも素直だった彼を、そうさせてしまったのは自分なのだ。そう思うと、今の彼の態度は極当たり前の出来事で受け入れられた。でも、傷つかないわけがない。まるで、今までの自分達が入れ替わったような感覚がした。以前、自分は同じような態度を切原に向けていたことを思い出す。

……傷つけた、よね

あんな冷たい態度をとって、傷つかない人間なんているはずないのに。自分がその立場に立ってみないとどれだけ辛いことなのかわからなかった。そんな自分が酷く馬鹿らしく思えた。

「最低」

……先日切原に向けて言い放った言葉が頭を過ぎる。最低なのは、切原じゃなく自分のほうだ。心の中で自分を批難する。本当はこんなに好きなのに、プライドだけは一丁前で、傲慢ちきな自分。

「……ごめん、なさい」

ぽつり、とか細い声で言ったのは、謝罪の言葉。何に対してなのかにもわからなかった。強いて言うならば今までの態度について、全部、だ。多分一回言ったくらいじゃ全然足りないほど傷つけた。なのにも関わらず、それでも出る言葉はそれだけしかなくて…。泣きたい気分に陥った。

「何が…さんが謝ること、ないじゃないっすか」

切原は今、先日の「最低」という言葉についての謝罪だと思ったようだった。しかし、謝られることなど何も無い。だって「最低」だと言われる原因を作ったのは自分なのだ。謝るとすれば、キスをしてしまった自分のはずなのに。の言う台詞ではないのだと言う事を切原は伝えた。しかし、はそれについて首を振った。違うのだ、と。弱々しくもはっきりと否定した。

「……私、あなたを傷つけたわ」



泣きそうになるのを必死で堪えて、震える声で言葉を紡いだ。





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