沢山傷つけた。 沢山泣いたりもした。 不器用すぎて遠回りばかりした。 だけど、それは全部無駄じゃなかったよね。 落ち着ける貴方との時間 切原は振り絞るようなの声を訊いてを見た。震える肩が目に入る。あんなにクールで、大人だと感じていたが。まるで子供のように小さくなって見えた。 「さん」 名前を呼ぶとは今にも泣きそうな顔を切原に向けた。唇を噛み締めるその仕種は、悪い点をとって怒られるんじゃないかと怯えている子供みたいだった。切原は何か言おうとその重々しい口を開いた。しかし、そこから何か紡がれることはなかった。切原の口の前にはの手が出されていた。 「……黙って、訊いてて、欲しいの」 それは、今まで大人な印象を与えていたの、弱々しい本音。決意の言葉。切原はそれを感じ取って、開いた口を静かに閉じた。はそれを目で追って、安心したのか切原の顔の前にやった手を下ろした。 「……弟がいるって、言ったでしょ?その弟ね…数日前、目覚めたの」 ポツリポツリと語られる内容は弟のこと。勿論切原は覚えていた。前に彼氏、とに嘘をつかれたあの写真立てに写っていた彼だ。切原は目覚めたという単語に安堵の色を見せながらを見つめる。 「今日、此処に来たのは、その弟が原因…って言う言い方、おかしいわね」 言い直すの言葉をただ黙って聞いた。 何を言わんとしているのか切原にはまだ理解が出来ない。 「弟に、怒られたわ」 いつもとは違う、はちゃめちゃな話の繋ぎ方に切原は眉根を寄せた。らしくない、そう感じた。しかし、すぐにその意味がわかった。ずっと微かに震えている腕。平然を装っているように見えるけれど、密かに不安そうに揺らめいている瞳。…彼女が今、物凄く緊張をしているんだと言うことがわかった。自分に伝わってきた。 「馬鹿か、って」 そこまで言って、は自嘲的に微笑んだ。 切原はその姿に胸が締め付けられる思いがした。ぎり、と唇を噛み締める。 「……本当の私は、臆病、なの。プライドだけで生きてて…それを捨てたら、ただの弱虫で。強がって、変に大人ぶって、あなたを子ども扱いすることで、安心してたの」 ポタ、との瞳から一筋の涙がこぼれた。切原は瞬時にそれを拭おうと手を差し出そうとした。しかし、ある程度まで伸ばされた腕はの涙を拭うことをせずに、また元の位置に戻ってしまった。はそれに気付いて自分自身の手で涙を拭う。それからまた一呼吸置いて言葉を紡ぎ始めた。 「……本当は…、怖かった。あなたに好きだって言われる度。恐怖を感じてたの」 また、涙が流れ出た。その雫は地面を濡らす。 「あなたの私への"好き"はいつまでなのか。そう考えると、素直になれなかった。きっと私への"好き"は一時の気の迷いなんだろう。そう思うことで、自分の気持ちに蓋をした。そう思うことで、強くいられた」 涙と一緒に加速していく言葉。切原は今紡がれているの本音にこみ上げてくる気持ちを感じた。自惚れかもしれない。自分の良い様に考えてるだけだ。そう思うもののその思いはだんだんと強くなる。 「最低なのは私なの。本当は……―――っ!?」 の言葉を遮るように切原は力強くの腕を引っ張った。そうすればすっぽりと切原の胸にが納まる。……突然の事態には唖然とするしかなかった。今起きた出来事を理解する能力が今のにはなかった。呆然と切原の胸によたれかかったを切原はぎゅっと抱き締める。逃がさないように、きっちりと。だけど優しさが伝わる抱き締め方。 「…もう、良い。そんな…責めないで、ください……」 切原は振り絞るような声でに言った。久しぶりに香る切原の香り。ツン、と少し酸っぱい匂いが鼻を掠めた。そして、久しぶりに感じた切原の体温に自分の熱が上がっていくのがわかる。 「……私、あなた……赤也のこと、…本当は」 ―――好きだったの 落とすような告白。ようやく訊けたの本音。切原は更にぎゅっと強くを抱き締めた。細いの身体が折れてしまうんじゃないかと言うくらいに、強く。それでもの口からは「痛い」とか文句の言葉が出ることはなかった。反対に切原の背中に伝わるのは、の腕が回されたのだという感触。恐る恐る触れるの手が、現実的で切原は嬉しさを感じた。いつまでもこうしていたい。切原はそう思ったが、そうもいくまい。何せ此処は学校の校門。過ぎ行く人の視線が気になる。名残惜しさを感じながらも、切原はを抱き締める力を緩め、を解放した。するりと離れるそれが少し淋しい。 「、さん」 目が合って、切原はを呼んだ。は名前を呼ばれたことに少し顔を紅くする。その姿を本当に愛しく思ってしまうほど、自分はこの女性を好いているんだな、と切原は再確認した。 「赤也……私、もう一つ嘘ついてたこと、あるの」 もうこの格好を見ればそれが嘘だと言うのは一目瞭然だけれど。は苦笑して付け足した。そこで切原は改めての格好を上から下まで見た。暫く考えて、ああ、と理解する。 「……50歳」 に名前を始めて聞いたときに言われた年齢。切原自身信じていなかったものの、やっぱり彼女は気になっていたらしい。 「……改めて、自己紹介、するわ。私の名前は、。……私立の高校に通っている16歳2年生」 恥ずかしそうに頬を染めて、至極小さい声で呟かれる言葉。 それに切原は耳を傾ける。 「……3学年も離れた年下少年に恋をして、ここまで来ました」 「…っ…さん」 「…沢山傷つけてごめんね?」 次に見せたの笑顔は、切原にはとても輝いて見えた。 沢山傷つけ、傷ついた。 不器用すぎる言葉の数々。 素直になれなくて、吐いた暴言。 それでも、貴方といる時間はいつも落ち着くものだった。 「大好き」 これからも沢山ケンカするかもしれない。これからも沢山傷つけてしまうかもしれない。 でも、その後は仲直りをしよう。すぐに素直になるのは難しいけれど。 落ち着ける貴方との時間、これからもずっとずっと大切にしていきたいから。 ― Fin あとがき>>無事完結!これにて【落ち着ける貴方との時間】は完結いたしました。今まで読んで下さって有難う御座いました。 詳しい後書きが読みたい人は、落ち着けないあとがきにてお会いしましょう♪ |