なんで寝ている彼女にあんな行動をしたのか、自分でもさっぱりわからなかった。 ただ、気付けば勝手にそうしていた。 王者の悩み 「………ん……」 激しい雨音と、背中に感じる暖かさに俺はうっすらと目を開けた。すると頭上から、起きた?と尋ねる声が聞こえる。俺は重い頭をゆっくりと上げて、声の主を見た。 「……さん?」 目を擦りながらぼーっと目を細めながら、見る。 声の主、さんは小さく笑った。 「暖かいコーヒーいれるね」 その言葉にこくりと頷いた。さんはそれを確認すると奥の部屋に入って行く。俺はそれを見ながら、自身の髪をくしゃくしゃと掻いた。そうして欠伸を一つ。 「なんで起こしてくんなかったんすか?」 「じゃあ聞くけどあなたもどうして起こしてくれなかったの?」 俺が聞くと逆に聞き返してきた。そんなの、幸せそうに寝てたからに決まってる。すやすやと寝ている奴を叩き起こすほど性格は曲がってないはずだ。 「何度も呼びましたよ」 「私も何度も呼んだわ」 「だからそこで叩き起こせば良かったじゃないっすか」 むすっとした声で、口を尖らせてみる。 すると、さんはひょこっと奥の部屋から顔を覗かせ、俺を見た。 「その言葉、そっくりそのまま返すわ。どうして叩き起こさないのよ?」 「女を叩き起こすなんて出来ません」 「私も、大事なお客様を叩き起こすことなんて出来ません」 ああ言えばこう言う。どうして彼女はこうなのだろうか……。実に可愛げがない。何故、あのときあんなことをしてしまったのか、自分でやったことなのだが、信じられなかった。その行動に、自分自身驚いた。 「さ、お待ちどうさま」 「……有難う御座います」 差し出されたコーヒーをじっと見ながら、ぽそりと呟いた。いつもアイスコーヒーを飲んでいたため、なんだか新鮮だ。湯気が上へ上へと上がっていくのをぼんやりと見る。すると、はくすっと笑って「飲まないの?」と聞いてきた。俺は「飲みますよ」と返す。 「そう、じゃあ猫舌?」 「馬鹿にしないでください」 こういう反応、いつものことじゃないか。 なのに、なんでこんなにもイライラするのだろう。……わからない。 「……今日は、機嫌が悪い?」 「別に……」 さんが、俺の顔を覗き込む。俺はふいっと顔を背けると、素っ気無く返した。まるで、ガキだ。思い通りにならなくて駄々をこねてる、子供だ。さんの余裕そうな顔を見ると、むかつく。馬鹿にされているんだと思う。今までは、その余裕顔を崩してやろうと思って近づいていた。だから、たとえ、からかわれた言葉を言われても、さほど気にならなかったのに。今日は、さんの言葉、行動、全てがイライラする。答えが出ないから、尚更むかつく。 「ふう……どうやら坊やはご機嫌斜めのようだ」 やれやれ、と肩を竦めて、椅子から立ち上がる。彼女からすれば、いつものことだった。しかし、その言葉で俺はきれた。押さえ切れなかった。 「なんっすか、それ!!ガキ扱いすんなよ!」 がっと、立ち上がってさんの肩を掴む。力が強すぎたのか、一瞬苦しそうな表情を浮かべた。でも、俺は離さない。反対にもっと力を込めてやった。 「そんなに年上って偉いんすか?馬鹿にして楽しいっすか!?」 「ちょ、ちょっと」 「からかって楽しいっすか?嬉しいっすか?」 「あの……」 「俺はそこまでガキじゃないっすよ!!」 言いたいことを叫んで、我に返る。ばっとさんを見ていると、顔をゆがめて、辛そうな表情を浮かべていた。そして、ごめんなさい、と何度も繰り返す。俯いて、何度も何度も。 嘘だった。 彼女が偉そうにしてるなんて、思ってなかった。馬鹿にしてるなんて思ってなかった。ガキじゃない、なんて良く言えたものだ。今、この態度こそガキじゃないか。からかわれて当然じゃないか。俺は、掴んでいたさんの肩から手を離して、一度謝ると、椅子に座った。さんは立ったまま、黙っている。俺は拳を作って、テーブルの上に置いた。その振動でカップに入ったコーヒーがゆらゆらと揺れる。見ると、初めと比べて湯気の出が少なかった。俺はそれを飲む気になれず、ゆっくりと立ち上がる。そうして次に鞄を持って。今日は帰ろうと、思った。 「……じゃあ、俺」 帰ります。と言いかけたとき、背中が暖かくなった。自分の腹のあたりには、自分より一回り小さい手と、白い肌。抱きしめられているんだと、わかったのは、それから少し経ってからだった。 「ごめんなさい。馬鹿にして。子ども扱いして。……もう、しない」 途切れ途切れに発せられる、落ち着いた声。でもそれとは裏腹に、腹に巻きついている腕は微かに震えていた。俺は震えている手に自分の手を重ねた。やっぱり、さんが自分とは違うのだと感じる。決して太っているわけではないのだが、自分の手とは違って、彼女の手は柔らかかった。 「……すんません」 重ねていた手に、思わず力が入って、さんの手を握った。 それにびくっと反応が加わる。可愛いと思った。 は?……可愛い? 自分で思ったことなのに、なんでそう思うのか、疑問に思った。何故。どうして。頭の中で疑問の言葉が飛び交う。俺は、ぶんぶんっと頭を左右に振って、後ろにいるさんを見た。そして目が合って俺は笑ってやった。 「あか……」 「なーんちゃって!驚きました?」 「……は?」 素っ頓狂な声を上げるさん。俺は可笑しくなって、ぷっと吹き出す。 「冗談っすよ〜!まさか、本気にしちゃいました?」 「はあ?」 「だーって、さんいっつもポーカーフェイスだったから、ちょっくらおどかしてやろうかと」 思いましてね、とにやりと意地悪く笑った。さんは状況が上手く整理されていないようで、ぽかんとしていた。しかし、すぐに整理がついたらしく、先ほどの悲しそうな顔とは打って変わって、怒ったような顔をした。そして、背中から勢い良く離れると、ばちんと背中を叩いた。じんじんと背中が痛む。 「痛いっすよ」 「年上をからかうな、馬鹿也」 「ば、ばかや?」 「あんたの名前は赤也じゃなくて馬鹿也で十分」 そういうと、さんはそっぽを向いて、奥の部屋へ入っていこうとする。 「うわわ!!す、すんません!!俺が悪かったっす!!だから、馬鹿也はやめてください!!マジ勘弁!!!」 「うるさいわよ、馬鹿也」 「だーーーー!!!」 暗い雰囲気になったから、誤魔化そうとしたのに、墓穴を掘ったみたいだった。 このままでは自分の名前が危ない。俺はそう考え、慌てて弁解する。 「……馬鹿ね」 「……さん?」 一気に言い訳を言っていると、くすくすと笑い声が聞こえた。俺は名前を呼んでみると、笑っているさんの姿。俺はそれを見て、言い訳の言葉を全部忘れてただ、彼女を見ていた。 なんで寝ている彼女にあんな行動をしたのか、さっぱりわからなかった。でも、今は、少しだけその答えに近づけたような気がする。笑っているさんを見ながら、そんなことをぼんやり考えていた。 ― Fin |