今日の彼は、いつにもまして上機嫌だった。 fragile 今日はとてつもなく、赤也の機嫌がよかった。鼻歌まで歌い出す始末。受け取ったアイスコーヒーを右手に持つと、ストローに口を付け、ごくごくと飲んでいる。は、そんな赤也をじぃっと、穴が開くほど見つめていた。 「ん?なんすか、さん」 の視線に気付くと、赤也はそのままのテンションで、にかっと笑う。は、隠すことでもないか……、と思い少し間を開けて、赤也の質問に答えた。「やけに上機嫌だと思って」すると、そうっすか?と言う返事が返ってきた。ポリポリと頬をかいて、やっぱり笑っている。は、そりゃあもう、と力強く頷くと、頬杖を着いた。 「さては、彼女でも出来た?」 にやりと、意地悪く笑うと、赤也が、きょとんとした瞳で、を捉える。 「そんなわけないじゃないっすか、俺はさん一筋なのに」 「隠さなくってもいいわよ?」 は、赤也の言葉を聞いて、手を口元にやって笑んだ。すると、赤也の表情があからさまに不機嫌になる。それに気づくとは、やば……、と思いながら冷や汗を流した。 「さんは、何もわかってない」 ガタンと静かに立ち上がって、彼女を睨みつける。は、あまりの恐ろしさに生唾を飲み込んだ。……こんな彼を一度だけ、見たことがある。それは、あの大会のときだ。氷のように冷たい目で睨まれた。見下されているみたいだった。あのときの感覚がよみがえると、身の毛がよだつ。は、目を見開いて何も言わずに赤也を見ると、冷めた目で、今も彼女を見ていた。 謝らなくては…… そう思ったけれども 「どうせ、私は何もわかってないわよ。あなたのことなんて。わかりたいとも思わない」 言葉にして、出るのは、ひねくれた言葉。小さな安っぽいプライドが邪魔する。違う、こんなことが言いたいんじゃない。 「……そう、っすか」 「そうだよ」 素直に、なれない。本当は、わかりたいと思っているのに。誰よりも、知っていたいと思うのに。そんな我侭を言えるほど、自分は子どもじゃない。「年上」なんだから、と自分に言い聞かせる。赤也はそれ以上何も言わなかった。ただ、ストン、と力が抜けたように座りこむ。それから、アイスコーヒーを黙って見つめた。カラン、と氷が音を立てる。赤也はじっとそれを見ていた。 「……誕生日、なんですよ……」 しばらく経って、赤也がポツリと落とすように言った。その余りにも小さく呟かれた言葉。弱々しい声色。無表情の顔。は、俯いていた顔をあげて、赤也を見やった。赤也は、尚もアイスコーヒーを見つめたままだ。と目が合うことは、ない。 「……ガキだって、言われるかもしれないけど……」 それでも、今日って日、楽しみにしてたんっすよ。ポツ、ポツ、と。だんだん声が掠れていくのがわかった。は、なんていっていいのかわからずに、黙っている。 「さんに、祝ってもらいたかったんです……」 「……赤」 「ただ、一言、おめでとうって、言って欲しかったんです」 が名前を呼ぼうとした瞬間、赤也が遮るように言葉を続けた。そこで、ようやく顔をに向ける。その瞳は今にも泣き出しそうで、淋しそうで、哀しそうで。笑っているが、無理してるのがわかった。痛々しくて、は胸が締め付けられる感覚がする。 「馬鹿みたいだって、思ってるかもしれないけど、でも、俺は……」 そこまで言って、言葉を区切った。その後の言葉を言おうかどうか迷っているように見えた。は黙ったまま、赤也を抱きしめる。 「ごめんね」 ……気が付けば、勝手に、そうしていた。は背後から抱きしめると、背中に顔を埋める。そうして、小さく言葉を吐いた。変な意地、張ってごめんね。気づいてあげられなくて、ごめんね。二つの意味を込めて。 「さんは、何もわかってない」 さっき、言われた赤也の言葉が、の頭に過ぎる。……そのとおりだった。全く、気づいてあげられなかった。そう思うと、悔しくて、悲しくて、涙が溢れ出そうになった。肩が微かに震える。ポタンと、涙が赤也の服に落ちた。一回出ると、止め処なく溢れてきて、それを悟られぬように、乱暴に服で拭う。 「さん」 すると、赤也が名前を呼びながら、振り返った。は泣いていた顔を見られないように、俯いたままだ。しかし、泣いていたことは、ばれていたらしい。 「……泣きたいのは、俺なんですけど」 そうして、赤也は優しくの頬に指で触れると、伝っている涙を拭う。いきなりのことに、はビクッと体を強張らせた。そんな反応に赤也は苦笑すると、ぎゅっと彼女を抱きしめる。 「ちょ、離して」 「自分から最初抱きしめてきたくせに」 「そうだけど……」 だが、自分は後ろから抱きしめたのだ。でもだからといって、前からと後ろからじゃ全然違う。なんだかわけのわからない理屈を並べたてて、は文句を言うと、赤也が笑った。そうして、更に力を込めて抱きしめる。 「じゃあ、誕生日おめでとう、赤也って、言ってくれたら離す。勿論ハート付で」 クック、と笑いながら言う言葉は、面白がっている、と一目でわかる。先ほどの元気のなさはどうしたのか、は今の状況をつくった、自分を叱り付けた。 しかも、ハート付って…… 赤也の発言に、呆れながらため息をつくと、恥を忍んで、彼の言葉をリピートしてみた。 「誕生日、おめでとう………赤、也……」 「はい、駄目ー!不合格っ!」 「はっ!?なんでよ!!?」 「心がこもってなかった」 自身ではかなり頑張って、勇気をだしていった言葉だった。しかし、その言葉は、サラリと却下される。はそんなこと言ったって……、とブツブツ呟いた。心がこもってない、なんて言われても、どうしようもない話だ。自分なりに、こめたつもりなのに。少なからず、は赤也にそういわれて、ショックを受けた。 「……誕生日おめでとう、赤也」 「んー……ハートがついてない」 二度目の言葉も、却下される。は、それを聞いて、「ハート」とつっけんどんな言い方で付け加えた。すると、赤也が吹きだす。面白い!との肩に顔を埋めながら、爆笑し始め、は恥ずかしくなった。 「じ、自分がハートがついてないって、いったんじゃない!?だからつけたのに……、ど、どうしろって言うのよ!?」 「い、いや……すんません!あまりに反応が可愛かったもので……ププッ!」 可愛い、と言ったわりには、大爆笑している。は不快に思い、ぶっすーと不機嫌になる。すると、赤也がそれを見て、謝る。……笑ったままだったのだが。それがますます気に入らない。 「……もう、良いわよ。笑いなさいよ、思い切り。それで、明日お腹が筋肉痛になって苦しめば良いのよ」 投げやりに言うと、ふいっと顔を背けた。 すると、また赤也が謝る。今度は、笑っていなかった。 「もっかいだけ言ってもらえますか?」 笑わないから、と付け加えると、赤也はの瞳を覗き込んだ。は少々渋ったが、小さくため息をつくと、口を開いた。 「誕生日……おめでとう、赤也……」 三度目のお祝いの言葉。赤也は満足そうに微笑むと、今度はお礼を言葉を述べる。それから、の額に軽く口付けると、腕の力を弱めた。そして、の顔を覗き込む。彼女の顔は真っ赤に染まっていった。 「……さん、顔真っ赤」 「うっさい。年上をからかうな、馬鹿」 それから、赤也の機嫌は、更によくなったような気がした。 そんな今年の誕生日。 ― Fin あとがき>>ヒロインと赤也の微妙な関係を書きたかった |