部活帰り、いつも通る道に、ポツリと佇む小さな喫茶店。 そこから見える、人形のように綺麗な、人。 Target〜それが出会い〜 初め、その喫茶店でその人形みたいな人を見たのは今からもう1年以上も前のこと。季節は梅雨…だったと思う。雨がザーザー降って、ウザイくらいの騒音を立てて、レギュラーに選ばれなかった俺はむしゃくしゃしてたときだった。 「まあ、あれだけ出来りゃすげえって!だって、あの3人マジつえーし!赤也も1年にしちゃ頑張ったよ!」 そう言ったのは俺と同じテニス部に入った新入部員。お前とは違うんだよ。下手な慰めなんて要らない。俺が欲しいのはそんな言葉じゃなくて、一番と言う自信。俺はあの立海大で、得意なテニスで1番になるのが夢だったんだ。なのに、その夢はあっさりと崩された。…ある3人の怪物達によって。考えが甘かったのか。すぐに1番になって有名になるはずだったのに。1年でレギュラーにも選ばれるはずだったのに。イライラした。そんなとき、ふと小さな喫茶店が目に付いた。 「なあ、あの店入んねえ?」 丁度雨は止まないし、歩くたびに足にかかる水にもうんざりしてた。何より真っ直ぐ家に帰るのもめんどくて。隣で一緒に帰ってたコイツに声をかけた。コイツは俺の指差した店を見て、ああ、と頷く。了解を得たことに、俺たちはいつもの道を真っ直ぐ行かずに右に曲がった。「初めて入るな」なんて声が聞こえて、俺は頷く。ドアを開けるとカラン、と音が鳴った。それと同時に聞こえる、透き通った声。高いわけでも低いわけでもないその声。 「いらっしゃいませ」 …感情のない、声。 見ればあの人形のような綺麗に整った顔をしたあいつ。 無愛想なやつ。 それが第一印象。綺麗だけど、笑顔も何もないそれは本当に人形が動き出したように見えた。感情がまるでない人形。ただ、言葉を喋れるようになった人形。そんな風に思った。俺たち二人は空いていたボックス席に座った。そうすればその女はやってくる。それから手にしていた水を俺たちの前に出した。 「ご注文が決まりましたらお呼びください」 へこ、と頭を下げて、まるでそれは教えられた事しか出来ないロボット。丁寧な言葉だけれどやっぱり感情のないそれ。俺はその態度が気に入らなかった。俺自身、バイト経験なんてものなかったけど、それでも客に対してそれはないんじゃないか、ってさ。だけど、そう思っているのは俺だけのようで。 「綺麗な人だなあ…」 対面するコイツなんて、もはや見惚れている。アホ面しているコイツを見て呆れてしまった。確かに俺も彼女のことは綺麗だとは思ったけど、なんか違う。あれじゃあただの作り物。人間じゃないみたいだった。 「ちっ」 思わず舌打ちをしつつ、俺はメニュー表に目を落とした。目に付いたのはアイスコーヒー。別に俺はコーヒーが好きなわけじゃなかった。だけど、この文字を見たとき、あの女を思い出した。 「…アイスコーヒーにするかな」 気付けばアイスコーヒーを頼んでいる自分がいた。 「お待たせ致しました。アイスコーヒーのお客様」 「あ、俺」 しばらくしてその女はやってくるとやっぱりマニュアルどおりの言葉。腑に落ちないところがあったけど、俺は左手を挙げて自分だとアピールした。すると女はチラ、と俺を見る。まるで品定めされてる気分。 「…はい。…ごゆっくりどうぞ」 それからふっと視線をずらされて、俺の目の前にアイスコーヒーが置かれた。ソーサーの上で汗をかくそれ。カランと氷の音がして涼しげだった。俺はそれにシロップとミルクを入れてかき混ぜた。それからコップを掴んでそれから出ているストローを口に含んで思いっきり吸う。シューと音がしながらストローを通ってコーヒーが口ン中に運ばれて行った。途端カラカラ口内がすっと潤う。何口か飲んで俺はストローを口から出した。そして目に行くのは、あの無愛想な女。 「なんだよ、赤也。結局お前もあの人のこと気になるんじゃん」 「は?」 何となくあの女を見ていたら目の前に座ってるコイツが言った。にやにやとした不気味な笑みが正直癇に触る。俺はそんなんじゃねぇよ。とまたコーヒーを飲んだ。 「じゃぁ赤也は綺麗だなとか思わないわけ?」 「…そりゃブスだとは思わねぇけど…ブアイソじゃん」 「そこが良いんだって!」 今までで一番大きな声を出した。それからあの女をちらっと見て顔を少し赤らめる。それからつらつらと並べられるほめ言葉。大人の女って感じじゃん、とかまあそんな感じ。ただの冷たい女にしか見えない。俺は呆れたようにふーん、と素っ気無く返事を返した。すると、 「おいおい、それが客に対する態度かよ?」 そんな声が聞こえた。声の聞こえたほうを見れば、カウンターのほうで何やら揉め事。客人の男とあの人形女。男は不機嫌をモロ顔に出して女を睨み付けていた。女はやっぱり変わらない冷たい表情のまま頭を下げる。謝っているのに、なんだか偉そうに俺は感じた。 「ですが、当店での私事は一切お答えできませんので」 さらりと言ってのけた。それが更に男性客を逆撫でする。わかってやっているのか、気づいてないのか。多分前者だろうと俺は思った。でも次の瞬間それは後者だったと気づく。 「のやろ…!」 そうすれば、男は案の定怒って、席を立つ。それからその女に殴りかかろうとした。女は一瞬だけ瞳を大きく開かせ、次の瞬間ぎゅっと目をつぶる。そして、男が腕を振り上げる。やばい、と思った。 「やめとけば?てか、アンタそれじゃあ営業妨害っしょ」 いつの間にか俺は走り出していたらしく、俺は男の腕を掴んでいた。別に俺に関係ないっつったらそれまでだけど、さすがに女に暴力振るうのは…。なんて少し紳士的に考えたり。そんなことを考えていると、掴んでいる手が急に、振り払われた。見れば、男の真っ赤になった顔。相当怒ってるな、ってのが解かる。それからちっと舌打ちをして、金を乱暴にテーブルに置くと、男は帰っていった。 「またのご来店、お待ちしておりません〜、ってね」 俺はひらひらと男が去っていったドアに手を振った。 ケラケラ笑ながら。それから、ウエイトレスの女のほうを見て。 「……有難う御座います」 酷く淡々と述べられた言葉に、少しむっとする。いや、礼を言ってるには変わりないんだけど。なんかこう、違うだろ。もっと感情を入れてほしいっつーか。だから、あの男も怒るんだ。頭の隅でそんなことを思った。すると女は男が乱暴に置いていったお金をレジへと持っていく。それからコーヒーの後片付けも。本当に何事もないように事を進めるから、俺は居心地が悪くなって元いた席に戻った。 「…興味ない振りして、まあ」 「…女が殴られそうになってんのに、ほっとけねぇだろ」 戻ると、ニヤニヤしたアイツの顔。俺は少しイラっとしながらも素っ気無く答え。 もう氷も溶けて薄くなったアイスコーヒーを飲み干した。 ― Next |