部活帰り、いつも通る道に、ポツリと佇む小さな喫茶店。
そこから見える、人形のように綺麗な、人。





Target〜それが出会い〜





「いらっしゃいませ…」

次の日、今度は一人で俺はあのサ店にきていた。そうすれば、やっぱり同じ声色の昨日と同じブアイソな表情の彼女。ちーす、と笑顔で挨拶するけど、まるでスルー。こっちを見向きもせずに奥の部屋へ入っていく。俺は一度小さなため息をついて、今度はボックスのほうじゃなくカウンターに座った。すると、暫くして女がトレーにコップを乗せ戻ってくる。そして、コップを俺の目の前に置くと、「ご注文が決まりましたらどうぞ」機械的な言葉。ありふれたそれ。またため息をつきたくなったけども、俺は笑顔を貼り付けて「アイスコーヒー」と答えた。伏し目がちの彼女の瞳がまた俺のほうをちらと向く。でも、やっぱり顔の変化はなく。

「少々お待ちください」

言って、また奥の部屋へと入っていった。客のいないこの店には俺しかいないものだから、ぶっちゃけすげー静か。その所為か、奥で氷のカラン、カランと言う小さな音が微かに聞こえた。多分、俺の注文したアイスコーヒーに入れる氷の音。俺は携帯を取り出す。暇つぶしにメールでも…と思った。けど、こんな日に限ってメールは1件もなし。かと言って送るのは面倒だった。俺は画面だけが表示されるディスプレイをしばし無言で見つめると、すぐにそれを閉じた。二つ折りのそれがカシャンと小さな音を立てる。

「お待たせ致しました」

すると、今度はアイスコーヒーをトレイに載せてやってきた。ソーサーの上にそれをカタンと乗せるとごゆっくりどうぞ。と一言。俺は、どうも、と頭を下げて、アイスコーヒーに刺さっているストローに口を近づけて飲んだ。少し苦くて、シロップを入れる。ちら、と女のほうを見ると、少し訝しげな表情を浮かべてることに気づいた。その顔からは「コーヒーをブラックで飲めないのに、大人ぶって頼むなよ、ガキ」とでも言いたそうな顔。…女は俺が見ていることなんて気づいてない様子で。

「何スか」

そう問えば、彼女はアイスコーヒーに向いていた顔を上げ、俺を見た。少し驚いた表情が俺の目に映る。それからまた普段と変わらない冷たい雰囲気を醸し出すと一言いえ、と述べた。それを聞いて、訝しげに見ていたあの表情の真意はどうやら俺の思ったとおりだと思う。俺はミルクを入れたいのを我慢して、それをもう一口飲んだ。なんだか物足りなさを感じるけど、我慢。

「ねえ、お姉サン」
「……何でしょうか」

さ、と紙とペンの用意をするその女。いやいや、注文じゃないから。と笑えば、彼女はそれをエプロンのポケットに戻した。それからさっきよりももっとブアイソな顔を作る。

「昨日のあの客、アレから来てない?」
「…ええ、おかげ様で」

言いたいことはそうじゃなかったけど、まあ初めはこんなもんで。俺は今思い出したあの男の話を持ち出すと、彼女は沈黙したあと、そう答えた。全然感謝してる風には見えない声で。拒絶してるってのが伝わってくる。

「お姉サン綺麗っすね」
「…有難う御座います」

何を言っても素っ気ない。何を褒めてもつまらなそう。

…おもしれ。

不意に俺の頭にそんな感情が浮かぶ。

「お姉さん、名前は?」
「…そう言ったご質問にはお答えできませんのであしからず」

吹き出したいの堪えて笑顔でいいじゃん、教えてくださいよ。と笑う。けども、完璧無視。それどころか、ウザイって表情を、剥き出して。これじゃあ昨日来てたあの男と一緒だ。しかもそれを聞いてくるのは昨日助けた男。ウザイと思うのも無理はないと思った。それがますます面白い。面白すぎて溜まらない。こんな女初めてで。目の前には感情を出さない人形のような女。全てを拒否してるような、ロボットのように決められたことしか答えられない奴。

決めた、絶対コイツ落とす。

…そんな興味本位で近づいた。





そんなこともあったな。今ではそれが凄く懐かしく感じた。そんな前のことじゃないはずなのに。俺は今日もさんの入れたアイスコーヒーを飲みながら、思った。目の前にはあの頃とは随分表情が柔らかくなった彼女。多分、初めの彼女を知ってる人から見れば別人!?って感じ。でも、こうなるまでには随分と険しい道があったわけで(そりゃあもう、ほんと)ゲーム感覚で近づいたのに、いつの間にか、本気になってた。惚れさせるつもりが、自分が惚れてしまっていた。初めはそんなことになるなんてマジで予想してなくて。いつから好きになったんだろう。名前を聞いたときに、好きだって言ったときは悪いけど本当はなんとも思ってなかった。そのことだけははっきりと覚えてる。あのときは本当にただ惚れさせる一心だったから。それなのにいつの日か、この人にガキ扱いされるたび、無性に悔しくてイライラするようになっていってた。多分、そのときには惚れてたんだと思う。

「…何よ、人の顔ジロジロみて」

考えごとをしていたら、不意にかかる声。さんの落ち着いた声。
俺をじっと見ているさんに気づくとにかっと笑った。

「いや、さんのこと好きだなーと思って」

そう言えば呆れたように大きなため息。わざとらしいそれ(いや、らしいじゃなくて多分わざと)ほんとっすよ?と言えばさんはわかったわかったとどうでもよさそうに答えた。でも、知ってる。本当はただの照れ隠しなんだってこと。

「…ところで…ブラックでも飲めるようになったのね」

ちら、とコーヒーを見つめて、彼女はポツリと落とすように言った。
呟く程度の音量だったけども、俺には十分聞こえる声で。

「やっぱあんとき、ガキくせぇとか思ってたんでしょ?」

あんとき、とは、初めてさんと話した次の日、アイスコーヒーを頼んでシロップを入れたときのこと。

「ええ、だって、赤也にコーヒーって似合わなかったもの」

そうすりゃ即答。けろっと悪びれもなく。
悪かったッスね、と返すと少しだけ、さんが笑った(ように思う)

「でも次から頼んだときはブラック飲んでたよね?」
「あんときはただ、シロップ入れてみたくなったんスよ」
「…うそつき。顔に苦いって書いてあったわよ。…それから暫くも、ずっと、ね。飲んだ後、苦そうにしてたでしょう?」

くすくすと、優雅に笑う。その姿は確かに大人っぽかった。落ち着いた仕草。さすが、自分よりも3つ長く生きてるだけのことはある。俺はなんだかそれが少し悔しく感じた。

「苦手だってすぐわかったけど、でもどうして?」
「別に」

ガキっぽく思われるのが嫌で無理してた、なんて。背伸びをしていた、少しでも大人っぽく見せたくて。…全ては惚れさせるためだった、なんて。でも、そんなこと、本人に言えるわけない。ゲーム感覚で近づいた、なんて。で、いつの間にかブラックで飲むのが癖になった。

「あ、俺もさんに聞きたいことあったんスけど…」

無理やりそれに終止符を打って次はこっちの質問。
そうすればどうぞ、と少し微笑むさん。

さん、なんであんなブアイソだったんスか?」

初めて来たときからずっと思ってた。
普通の客に対しても、どうして愛想のひとつも出さないのか。

「……それは……」
「それは?」

俺は彼女の言葉を繰り返す。
そうすれば眉根にしわを寄せて、ほんのちょっと顔を伏せた。

「…人見知り、なのよ…人付き合いが下手で…だから、こういう仕事、苦手なの。…だけど、ここは親の店だから…」

ほんのり赤く染まった頬。
ああ、照れてる。思わず笑顔になる。

「じゃあ、俺が毎日話しかけてもずっとブアイソだったのは人見知りが?」
「……ああ、それは違うわ。…私、軟派な人って嫌いだったし…それに」

ああ、じゃあ俺ってナンパだと思われてたんだ。まあ、あんな接し方だったらそうとられても仕方ないんだけど。頭の中でぼんやり思った。それからさんの続きの言葉を待つ。少し言いがたくする彼女に小首をかしげて見せた。すると、一度俺の顔を見て。

「赤也が遊びで私に近づいてきてること、わかったから」
「え…」

さんの言葉に戸惑った。気づいてないとでも思った?苦笑交じりで質問されて、更に困る。だって、まさか、全部気づいてたなんて。それじゃあ、さんはゲームだと、最初から。

「…すんません」

悪い、と本気で思った。頭を下げる。すると、上から俺を呼ぶ声が聞こえた。顔上げて。そう言われて、少しだけ顔を上げる。目に映るのはさんの少し笑みを見せる顔。

「だから、絶対惚れてやるもんか。って思ったんだけど…」
「う…」
「でも、無理だったわ。だけど、そんなそぶり見せたくなくて、無理に冷たい態度とってたんだけど」

俺はさんを見た。やっぱり赤くなってる頬。俺をわざと見ないように顔を背けてる仕草。でもそれは言葉が途切れたと同時に俺のほうを向いて。

「…今ももしかしてゲーム感覚だったりする?」

それから、小さく苦笑。…ゲーム感覚なんかじゃないってわかってるくせに。それでも聞いてくる。でも、答えないって選択肢は俺の中には無くて。

「なわけないじゃないっすか。だって、俺も本気でさんのこと好きになっちゃったんスから」

そう言って俺は少し椅子から腰を浮かして、右手をさんの首に回す。それからもう片方の手はテーブルについて。さんの顔に自分の顔を近づけて、キス。抱きしめたいと思ったけど、カウンターが邪魔で出来なかった。暫くして、顔を離すと、呆気にとられたさんの表情。でも見る見るうちに真っ赤になってくそれ。

「…不意打ちは卑怯」

そうポツリと抗議して顔を見られないように俯いた。そんな彼女が愛しい。ヤバイ、やっぱり抱きしめたい。そう強く思った。俺は俯くさんに対して小さく笑う。思ったら即行動が俺のポリシーで、次の瞬間よっと声を出しながらカウンターを飛び越えた。行儀が悪い。そんな声が聞こえたけど、完全シカト。ようやく顔をあげたさんににか、と笑うともう一度顔を寄せ、口付けを落とした。何度か口付けを交わしたあと、俺は彼女の腰に手を回して強く抱きしめた。



静かな室内にカウンターに置いてあるアイスコーヒーの氷がカランと小さく音を立てた。





― Fin