ああ、本当に嫌になる。

こんなことが言いたいんじゃねえのに。

……素直に、なれない。



言えないコトバ




今、俺はまさに自己嫌悪に陥っていた。これほど、後悔したことなんて、あったか?いや、多分、ない。今俺に必要なものは、きっと時間を戻すことの出来る魔法とか、道具とか。あるいは、全てを忘れられる薬だろうと、思う。「だから、俺はのことなんか好きじゃねーんだよ!」なんてことを言ってしまったんだろう。いや、まあ、いつも言ってるっちゃー言ってるんだけど。だからそんなに気にすることじゃねーんだけど。今日は、今日は、違ったんだ。

「……マズったなあ……」

出るのはため息ばかり。そう言えば、誰かがこんなことを言ってたのを思い出す。"ため息ばかりついてると幸せが逃げる"もしそれが本当なんだったら、きっと俺は物凄い不幸せな人間になってると思う。いや、まさに今がその不幸せ真っ只中なんだけどさ。「……あ、あはは、ごめん、立ち聞きするつもりは…ほら、今日英語の宿題出てたでしょ?プリント忘れちゃってさあ」ガタン、と音がしたと思ってドアのほうを向いたら、其処にはが居た。それからぎこちない笑みを浮かべて、早口に捲くし立てると、そのまま回れ右して走っていった。本当は此処で、違う、って否定できたらよかったのだけど。情けねぇことに生憎俺は、いつもと違う態度のに放心状態に陥ったりしてて、弁解することも、急いで追いかけることも出来なかった。

「ったく、何処だよ……」

今こうやって校内を探し回って見てるものの、一向にが見当たらない。靴箱にはまだ外靴があると言うことは校内にはいるはずなのだ。大体にして、あいつは宿題のプリントを忘れたって言いながらそれを取らずに走って逃げ出したんだから。思わず溜息が漏れる。見つけられない苛立ちと、焦りが俺の頭を支配して、むしゃくしゃした。



ふと、話し声が聞こえて俺は何気なしに其処を覗き込んだ。其処は俺が毎日使っている部室。でも、今日はコート整備?だかで部活は中止となっているはずで。だから、人がいるのは不自然だった。俺は部室についている窓から中を覗き込む。そして、その中にを発見した。けど、直ぐにでも謝ろうとしなかったのは、が一人じゃなかったこと。それからの浮かない表情からだと思う。俺はその場でただボケーと立ち尽くす。
……大体、なんでアノ人といんだよ
一人じゃないと解かっただけなら良かったけど、相手が悪い。の隣にいて今話をしている相手を見て、俺は更にむしゃくしゃした。部活では良き先輩だけど、正直アノ先輩は苦手だ。一枚も二枚も上手で、俺の一回り以上上を行く頭脳の持ち主。……簡単に言えばズル賢いだけなんだけど(そう言ったらきっと怒られるから言わないけど)しかも、アノ先輩は女の扱いが上手いと思う。だから余計にむかつくんだろう。だんだん頭に血が上ってくるのが解かった。ヤバイ。そう思う。だけどこの怒りは押さえられそうに無い。そう思った瞬間。
……っヤベ!
ふと、先輩と目があってしまった。瞬時に俺の身体は反応し、窓の下にしゃがみこむ。これでもう顔を見られることは無い。だけど、きっと気付いただろう。バッチリ目があってしまったのを俺は知ってる。しかもアノ先輩は目ざといから絶対気付いてないわけがない。つまらない失態をしでかした俺は一人自己嫌悪に陥る。これでもし先輩がに俺のことを言おうものならきっとは逃げ出すだろう。そんなの嫌だ。せっかく見つけたのに……。ぼそぼそと声が聞こえる。かろうじて会話がわかるかその程度。俺は急に聞こえ始めた声に耳を寄せた。もしかしたら俺のことを話してる最中かもしれない。そんな不安が胸を過ぎる。
だけど俺の予想を反する会話だった。確かに俺の話をしていた。だけどそれは決して先輩が俺のことをチクったわけじゃない。俺はそのことにほっとして、これから始まるであろう会話に更に聞き耳を立てた。

「で、赤也のことじゃろ?」
「……ハイ」

先輩特有の口調と、の少し高い女声の声が聞こえる。

「あたし、赤也には嫌われてるなーって、薄々は感づいてたんです。でも、皆にわざわざ大声で否定するほど嫌われてたなんて……」

ポツポツと小さな声で喋る。そんなの言葉にチクリと胸が痛んだ。想像以上に傷つけていたんだと知って、自分がすげぇ最低人間のような気がする。

「初めは、嫌われててもいいや、って思ってたんです。だけど、時々赤也凄く優しくて。どんなに傷ついても、どんなに嫌われてるってショックを受けたときも、その優しさだけで、嬉しかったんです。……赤也にとってはただの気まぐれに過ぎないことだったんだろうけど……それでも、あたしは」

だんだんの声が鼻声に近くなってきた。泣きたいほど、苦しめていたんだろうか。……自分ではただの照れ隠しのつもりだったのに。自分の軽率な行動に嫌気が差した。決して傷つけたいわけじゃないんだ。それなのに、上手くいかない。

「好きなん?」

歯がゆさを感じてたとき、仁王先輩が決定的な言葉を口にした。俺は壁に寄っかかった体勢から思わずズルリと滑りそうになる。焦った。先輩は俺が聞いているのを解かっていったんだ。……訊きたいような、訊きたくないような……。正直訊きたいけど、俺の今までの態度から言って、嫌いって言われることまず間違いなしだろう。それがわかって先輩も聞くんだ。ほんと意地悪い。「あたし、は……」暫くして、の声がまた聞こえた。心なしか声が震えてるように感じる。ドキドキと胸が騒いだ。ついに、の本音がわかるんだ。やっぱり訊きたいほうが勝ったようで、俺の足は地に根っこが生えたみたいに動かなくなった。

「……好き、です……赤也のこと」

今、頭が真っ白になった気がした。今の俺の顔は本当間抜け面だったと思う。ぽかーんと口を開けて、何処を見てるのかわからない目、相当ヤバイ。

「でも、赤也は迷惑だと、思います」
「なんで?」
「だって、嫌ってる女に好かれて嬉しい人なんて……っ」

嗚咽が、聞こえた。喜んでる場合じゃないことを知る。急に我に返ってまた聞き耳を立てた。ひっく、ひっくとのしゃくりあげる声が聞こえる。

「なら、やめんしゃい」

先輩の言葉に驚いた。もう目が点だ。あまりにもアッサリとその言葉を口にした先輩の顔が見たくて、俺はもう一度窓から覗き込んだ。そうすれば、仁王先輩の真剣な表情。いつもの余裕のある詐欺師としての顔じゃない。も戸惑ってるみたいだった。と言っても俺から見たは後姿だけど。それから見えたのは、仁王先輩がを抱き締めるところ。の驚いた声が耳に届く。……もう、なんも考えれなかった。がむしゃらに俺は立ち上がって、ドアを乱暴に開ける。

「待てよ!!」

バーンと言う音とともに俺は部室へと入った。そうすればが更に驚いて、仁王先輩の身体を押しやる。その顔は真っ赤だ。そして、しどもどしながら俺の名前を呼んだ。俺は急いで二人の間に入り込むと、仁王先輩を睨んでの手首を掴む。

は俺のなんで」

そう言い放って、俺はをぐいぐい引っ張りながら部室を後にした。去り際に先輩の方を振り返ってみた。
―――……先輩は笑ってた。



「……ちょ、赤也!痛い!離して!!」

我に返ったのは、のその一言。俺は振り返ってを見た。そうすれば苦痛に眉を寄せるの顔。俺は握ってるの手首に目を落とした。それからパっと手を離す。すると、その辺が赤くなっていた。「わりぃ」素っ気無く謝ると、は赤くなった右手首を左手で覆う。痛いんだろうか。不安になる。だけど、心配しているような言葉が口から出てこない。本当にもどかしい。

「……いつから、あたしは赤也のモノになったの」

ポツリと呟かれたの声が俺の耳に入った。思わず素っ頓狂な声を上げる。

「ああ言わねーとお前どうなってたかわかんねーだろ!なんたって相手はアノ、仁王先輩なんだぜ?感謝しろよな」

ああ、言いたいことはそうじゃねぇのに。頭の中で否定するも、口にはでない。そうして、その言葉を聞いたの顔が見る見るうちに真っ赤になった。
照れてるんじゃない。これは……怒りで顔が真っ赤になってるんだって解かった。かあ、と一気に沸騰したやかんみたいだ。

「……何それ。何で感謝しなくちゃいけないの?あたし、助けてなんて言ってないよ!大体赤也なんかに先輩の悪口なんか言わせない!先輩は、凄く良い人だよ!」

それで、俺の言葉に言い返す。何で、あんな先輩庇うんだろう。どうしてあんな先輩を良い人だと言うんだろう。確かに良い人ではあるかもしんねぇけど、アノ人は詐欺師なのに。必死になって仁王先輩を庇うを見ていたら、だんだんと腹が立ってきた。どうしようもない怒りが湧き上がる。ダメだ、持ちこたえろ。頭で言うも、効果は無かった。

「なんだよ!は仁王先輩の何を知ってんだよ!俺よりも全然付き合いは短いくせに」
「少なくとも、赤也よりはわかってるつもり!それに先輩はあたしのこと理解してくれる!赤也とは違うんだから!」

そう言ったの目から、ポロっと、涙がこぼれた。
一度こぼれると連鎖反応があるらしく、次々と溢れ出てくる。

「もう放っておいてよ!あたしのこと嫌いなんでしょ?だったらもう近づかないで。あたしももう、赤也には極力近づかないようにするから!それで満足でしょ!?」

怒鳴り散らすように叫ぶ。ポロポロと、涙が地面に落ちる。胸が締め付けられた。ぎゅう、と。の涙を見ていたら、俺まで泣きそうになった。の言葉に、涙が出そうになったんだ。「黙れ!」気が付けば俺はそう叫んで、を抱き締めていた。は、とが息を呑む音が聞こえる。それでも俺はお構いなしに、きつくを抱き締めた。勝手に身体が動いた。ぎゅう、ともしかしたら、の身体が折れてしまうんじゃないかというくらい、きつく。時折、痛い、離して、との声が聞こえる。だけど、俺は決して腕の力を緩めなかったし、離しはしなかった。

「……お前なんか、嫌いだよ」
「だったら」
「俺はお前なんか大嫌いだよ!」
「だったら離して」

ああ、嫌いって言いたいんじゃない。大嫌いなんて問題外だ。
なのに、そんな言葉しか出ない俺は相当なひねくれもん。

「俺から離れるって言うお前なんか、世界で一番大嫌いだよ」

でも、こういう言い方しか出来ないんだよ。
だから、気付いてくれ。気付いてくれ。気付いてくれ。

「どうして赤也が泣くのよ」

気が付けば、俺は泣いていた。頬に伝った涙。気付かなかった。の言葉で、初めて俺は泣いているんだってわかった。人前で、しかも好きな女の前で泣くなんて思わなかった。格好わりぃ。それなのに、涙は止まってくれなかった。すると、の白い指が俺の頬に触れた。

「……泣きたいのは、あたしのほうなのに。傷ついてるのは、あたしのほうなのに。大嫌いって言われて、ショックなのはあたしなのに……」

言いながらの細い指が俺の涙を拭った。その言葉と触れる指先は酷く優しい。

「……でも、こんなに傷つけられても、好き。どうしようもないくらい、赤也が好きなの」

そう言って、は俺の胸に顔を埋めた。

「俺は、大嫌いだよ、なんか」

俺なりの愛情表現。少しは伝わっただろうか。





― Fin





あとがき>>大好きだからこそ、素直になれない。そんな恋愛に不器用な赤也が書きたかった。ちなみに、仁王先輩はヒロインのこと恋愛として好きで抱きしめたんじゃありません。ただ、そうすることで赤也が素直に出てくるんじゃないかと思ってやった行動ってことで「やめんしゃい」って言葉も然り。これはヒロインの気持ちも試してたんですよね。だから、ヒロインを掻っ攫って行った赤也を見て笑ったわけです。解り辛くてごめんなさい(汗)

2005/06/21