無駄に長い担任の話。
いつもいつもうんざりしながら聞いてたりする。



†† 隣人を愛せよ ††




「また始まったよ、田村の長話」

いい加減にしてくれ、と言いたくなるほどの担任の話。私ははあ、と溜息を吐いて頬杖をついた。周りを見渡せば真面目に聞いてる人なんて本当に数人で、私よりも酷い人なんて居眠りをしてる。そう考えると、頬杖でしてでも田村の話を聞いてる私は、とても良い生徒だと思う。

「良くこんなに話があるよな」

独り言で呟いた言葉に、返事が返ってきた。隣を見れば切原君の呆れたような顔。全くそのとおりだと思う。切原君とは、席が隣どおりと言っても、昨日からなのであまり親しくない。なので私は口には出さずに心の中でだけ同意して見せた。

「しかも楽しい話なら良いけど、どうでもいい話ばっかじゃん?昨日は自分の娘の話とかさ」

返事が無かったことはさほど気にならなかったみたいだ。切原君が、溜息交じりで言葉を続ける。それでもきちんと話を聞くらしい。切原君のイメージと言えば、こういう話のときは寝ていそうな感じだけれど。だから意外だと思った。あれ?でも確か、前は必ず机にうつ伏せになって寝てなかった?
前、と言うのは席替えをする前のこと。何故そんなことを知っているのかと言うと、前の私の席は廊下側の後ろの席で、担任を見ようとすれば切原君の後姿が良く見えたからだ。切原君は真ん中の一番前で担任と向かい合わせの不運な席だった。まあそれ以外でも別の理由があるんだけれど。私は隣の彼、切原赤也が好きだったのだ。だから、切原君には悪いけれど一番前の席になってくれて、気兼ねなしに彼の後姿を拝見できた今までは凄く幸せだった。……と言う感じで、毎日のように切原君を背中を見ていた私。(こういうとストーカーみたいだけど)あんなに先生の近くにいたにも関わらず爆睡をしていた彼だけど、もう居眠りはやめたのだろうか。席替えをしてから、彼が居眠りをしているところは見たことが無い。

「えー、今日、私が言いたいのは、隣人を愛せよ、と言う言葉があるとおり、隣の席の人と仲良くしてほしいと言うことです」

今日は少しまともらしい。私は頬杖をやめて、きちんと担任を見つめた。いつもは自分の妻の話や愛娘の話しかしないあの担任が。大進歩である。進歩どころではないかもしれない。人物が変わったとしか思えなかった。

「……隣人を愛せよ、ってさ」

隣から切原君の声が聞こえる。話し掛けられたことにドキっとしながら、私は切原君を一瞥してそうだね、って返した。そうすれば切原君が少し口を尖らせる。「それだけ?」意味がわからなかった。?と首を傾げてみれば切原君がわざとらしい溜息を吐いた。……しかもかなり大きい。急に不機嫌になってしまった彼をみて、ヤバイと思う。確か、彼を怒らせると怖い。そのような噂を耳にしたことがある。私は背中に何やら悪寒のようなものを感じて身震いした。

「まあ、だからなー」

そう言われてしまって、返す言葉が無い。いや、正確には言ってやりたいことが山ほどあるけれど、如何せん怖くて言いにくいのだ。本当なら、「何その言い方」とか「なんで私だからなの」とかまあ色々言いたい。 だけどやっぱり口が開くことはなくて。 彼を目の前にすると言えないのだ。怖いと言う気持ちと、好きだから言えないという気持ち。二つが交差する。

「隣人を愛せよってさ」

また、繰り返されるのは、担任の言葉。だからそれが、何だっていうのか。

「だからそれがなんなの、切原君?そうだね、て、言ったじゃん……」

なんでシカトしてないのに、こんなにも不機嫌になられるのか。意味不明だ。おずおずと、弱々しく反抗すれば、切原君が私をチラリと見た。鋭い目にビクッと怯えてしまう。彼のことは好きだけど、この目は嫌いだ。何度かテニス部を見学に行ったときに見て、ガクガクと足が震えたほど。それでも、基本的には明るくて人懐っこいタイプの彼。そんなところに惚れたんだと思う。惚れてしまってからはあの冷たい目も、苦手ではあるけれど前みたいに嫌いではなくなった。だけど、やっぱり他人に向けられるのと、自分に向けられるのは違う。今にも泣きそうだ。自分が何をしたって言うのだ。彼の言葉の裏がわからない。

「だから、隣人を愛せよって言われてんじゃん」

3度目の、その言葉。
はーっと息をついて、頭をがしがしと掻く切原君を私はぽかんとした顔で見つめた。

「……は俺のこと愛してる?」

心臓が、止まったかと思った。

「はっ!?」

思わず小声にするのも忘れるくらい普通に声を出してしまった。素っ頓狂な私の声がクラス中に響く。周りの視線は私に釘付けだ。自意識過剰なんかでも、なんでもない。嫌と言うほどキツイ視線に私はただただ顔を伏せた。

「な、あ、愛してる…って……意味がわかんないんだけど」

確かに私は切原君のことが好きだった。だけど、だからと言って今告白するわけも行くまい。それにそれなら「切原君はどうなの、よ」言ってしまって後悔。これで別に好きじゃないって言われたらショックだ。早々立ち直れそうに無い。隣同士になってまだ2日。最悪なスタートを切るのは嫌だ。次の席替えまで登校拒否でもしそうな勢いになりながら、自分の言ってしまった発言を恨んだ。

「ごめ」
「俺は愛してるつもりですけど?」

ごめん、今の取り消し。そう言おうとしたのに。その言葉は切原君の言葉によって打ち消された。私の次の言葉は出てくる事は無い。きっと今私は世界中の誰よりも間抜け面をしてるに違いない。ぽかんと半開きになった口。驚きの余り見開いた瞳。動かない体。

「……変な顔」

一言私に向かって言った切原君。そんな切原君の顔を見れば、笑顔。私の好きになったあの笑顔だ。ううん、それよりも、もっと素敵な……。かあ、と顔が赤くなる。見られたくなくてパっと顔を背ければ切原君が小さく声を出して笑った。クックと堪えながらの笑い声が私の耳に届く。「は?」一通り笑い終えて、また聞こえたのは切原君が私を呼ぶ声。答えを待ってる。自分は言ったのだから、と。私は恐る恐る切原君の方を見向いて、素っ気無く答えた。

「わ、私も隣人を愛してるつもりですけど?」

マネをしたように言えば、切原君がきょとんと目を丸くさせ、そして次の瞬間また笑顔になった。

隣人を愛せよ。
とてもいい言葉だなーと単純にそう思った。
これからの学校生活は今よりも楽しくなりそうです。





― Fin





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2005/07/07