男の友達がいる。
いつも一緒に笑って。いつも一緒にバカ話して。
買い物だって、ゲーセンだって、カラオケだって行く。
恋には絶対発展しない関係。そんな彼は、私の一番の、……男友達。
CRY CRY CRY
「、俺、さ」
夏も過ぎて、ようやく秋らしくなった季節。少し肌寒い空気に、少しだけ身震いすると、下から真面目な声が聞こえた。見下ろせばいつものアホな話する顔とは裏腹に、"男"の顔をしている彼の姿。私は何事かと彼の隣に腰掛けた。
「どうしたの?赤也」
私は赤也の名前を呼んで、とりあえず顔を覗き込んだ。そうすれば、チラ、と赤也が私のほうを見て、また真っ直ぐ視線を戻す。それから少し言いにくそうに、あーとか、うーとか言葉にならない声を上げる。くしゃくしゃと自分の髪の毛を掻いて。……私はそんな赤也の態度を黙ってみていた。本当なら、「何よ、気持ち悪いなぁ!」とか冗談を言うところだけど、今日は言わなかった。ううん、言えなかった。いつもとは違う赤也の顔を見たからだと思う。ほんのちょっとだけ、顔が赤いのは、この寒い風の所為なのか、それとも全然別のことなのか。そのときの私には良く解からなかった。でも次の瞬間、それが別の何かのほうだということを知る。私が黙り、赤也の声だけが聞こえること、数秒。また、赤也が私の表情を伺うようにちらと見て。
「俺さ、実は…彼女が出来そう、なんだよな…!」
と、一言。すぐには、理解が出来なかった。思わず、ぽかん、と赤也をただただ、見る。嬉しそうな、でも恥ずかしそうな照れた様子の表情。頭の中で、え、何、何だって?と疑問符ばかりが浮かぶ。赤也は私の顔をじっと見ていた。その目が凄く真剣なのが解かる。
おめでとう、って言わなくちゃ。
頭の中でそう結論が出るものの、口をついて出ることが出来なかった。何でなのか。どうしてなのか。簡単な台詞なのに。暫く唖然と赤也を見つめて、赤也も私をじっと見ているから、見つめ合ってる状態。見つめ合ってるって言っても、そんないい雰囲気になるとか、そんなことはないけれど。
「…おい、ー何もコメントなし、かよー」
初めにこの沈黙を破ったのは、やっぱり赤也のほうだった。痺れを切らしたらしい。顔を見れば、少しぶう垂れた顔。拗ねた赤也の表情が私の視界に飛び込む。そこでようやく私は口を開くことが出来て。
「あ、ああ…ごめん、突然、の、ことで…吃驚…。へ、え…部活ばっか、やってる、って思ってたのに、彼女…へえ」
なんとも、歯切れの悪い台詞。赤也はそんな私の言葉に少しだけ怪訝そうな顔をした。多分、言ってほしいことはそうじゃないんだろう。そんなこと、容易に想像できた。赤也の考えなんてお見通しだ。
「そんだけ?」
「あは、おめでとう。…まあ、まだ確定じゃないからわかんないですけど?」
「うっわ!それ言うなって!」
急かされたように紡ぐ赤也の言葉に、私は意地悪く返した。勿論、笑顔で。そうすれば赤也はぐ、と言葉に詰まって髪をがしゃがしゃと掻く。その顔はやっぱりまだ、少しだけ赤い。
「…ま、ガンバレ」
私は未だ髪をがしがしと掻いている赤也の肩にポンと自分の手のひらを乗せた。そうすれば、赤也は顔を上げて、ついでに頭を掻くのもやめて、私を見て、おお、とにかりと笑った。…私もそんな風に、笑えてるだろうか。
暫く経って、部活の時間になって、赤也は行ってしまった。タッタッタ、と聞こえる音からして、凄く軽快な足取り。その彼女候補はマネージャーをやっているらしい。……だから、なんだろう、と、思う。さっき聞いた情報をぼーっと考えながら、私はフェンスに凭れかかった。そして、ぼうっとした頭で考えるのは、少し前の出来事。
すごく、悲しいことがあった。他愛もないことだったけど、そんときはすっごい凹んじゃって。その日ずっと部屋の中、うずくまって一人で泣いた。沢山、沢山泣いた。でも、それでも、すっきりしなくって。そのとき、ふと携帯に目がいって、携帯を手にとって、メモリを見て。真っ先に思い浮かんだのが、赤也だった。赤也のメモリを開いて、ぼう、と見ていたけど、いつの間にか、私は無意識に通話ボタンを押して。耳に携帯を押し付けて、聞こえるのはトゥルルと言う呼び出し音。二,三度鳴ったかと思うと、次の瞬間、どうした、って言う赤也の声。その声を聞いた途端さっきも泣いたって言うのに、また涙が出そうになったことを覚えてる。
「あか、や?何、してた…?」
「あ?…ゲームだけど」
元気な、能天気な声。そのときの私とは対照的な明るい、声。凄く心地よかった。良く耳を澄ませば、ゲームのBGMだろうか?小さく途切れ途切れに耳に届く音楽。…戦闘シーンっぽい曲調。それを耳にして、ふ、とバカにしたように笑う。
「ゲーム?大丈夫なの?確か、明日の英語、当たるよね?」
そう言えば、げ、と今度は嫌そうな声。思わず赤也の今の顔が容易に想像できて、少しだけ笑みがこぼれる。それと一緒に、溜まっていた涙が少しだけ引く。それから少し沈黙があって。次の赤也の言葉は「見せて」って声。どうしようかな、って意地悪く言ったら、頼む!って。そんな何気ない会話が続いたとき。
「ところで、、何かあったんじゃねーの?」
確信をつく、一言。その言葉に私の言葉が途切れる。
開けかけた口は見事に閉まって。
「、言うかなーと思って聞いてたけど、言わなそうだったから、こっちから聞く」
少しだけ、トーンの落ちた声が、さっきまでの想いを思い出させて。折角引いた涙がぶわ、と目に浮かんできた。視界がぼやけて、自分の部屋なのに、何処なのかわからないくらいで。ここに赤也が居たら、多分何泣きそうな顔してんだよ、ってからかうに決まってる。電話で良かった、泣きそうなのがバレないから。私は今にも落ちそうな涙を手の甲で拭った。
「何もないよ!バーカ」
「へーへー。泣きそうな声で言われても、説得力ねーよ、バーカ」
強がりだった私の台詞。それなのに、同じように返される強気の言葉。頑張って、声も元気に見せかけたのに……どうしてバレるんだろう。頭の中で考えて。フル回転させて、次の言葉を捜す。でも、上手いことが見つからなくて。
「んだよ、。早く言えよ。愚痴りたいんだろ?」
赤也特有の、優しさ。一見冷たいような物言いには優しさが含まれてること。本当は照れ隠しでそういう風に言ってること、ちゃんとわかってる。その言葉を聞いた瞬間、涙が、零れた。頬に伝う涙が少しだけ、温かい。ひっく、としゃくり声が上がって、それが嫌で私は嗚咽を殺した。それから、拙いながらに喋った、愚痴。赤也はただ何にも言わずにそれを聞いてくれた。時々あー、とかうん、とか相槌を入れながら。多分、そう言うことでちゃんと聞いてるんだぞ、って私に知らせたかったのかもしれない。…いつの間にか、ゲームのBGMの音も聞こえなくなっていた。その小さな、解かりづらい優しさ。不器用な、気づきにくい思いやり。そんな気遣いをしてくれる、奴。切原赤也は、私の、一番の男友達だった。
そんな少し前の出来事を思い出して、私はふう、と息を吐いた。そう言えば、いつも赤也は傍に居てくれた。愚痴るときも、何か感動を伝えたいときも、普通は嫌がるウィンドーショッピングも。ストレス発散したくて行ったカラオケやゲーセン。誰も付いて来てくれなくて、でも絶対観たかった映画。……いつでも、赤也は付き合ってくれた。しょーがねーな!って笑いながらも、いつだって絶対に。
「…なんで、そんなこと今、思うかな」
ほんと、わけわからない。だって、私と赤也は純粋な友達で。何があっても絶対に恋愛には発展しない仲。それなのに、どうして、こうも胸が苦しくなるんだろう。
「ソイツ、さ、テニス部のマネで、俺らより1コ下なんだよ。すげー可愛いやつで」
完全にノロケていた赤也のさっきの顔が思い浮かぶ。凄く嬉しそうで。私と一緒に喋ってたときには絶対に見せてくれない、笑顔。それは、とても大切な、大事な宝物の話でもするかのように。へへ、と鼻を掻いて。ほんのりと赤く染まった赤也の頬が私の目に映った。私はそれに対して、へえ、と素っ気無く返す。そうすればまたむくれる赤也。
「、冷めてんなあ」
「悪かったね。だってなんで私が幸せ・青春してます的な赤也のノロケを聞かなきゃならないのよ」
「言うと思った。まあ、だからなー」
呆れたように、でも可笑しそうに笑った赤也の顔を思い出す。そのときは何も言わなかったけど。違う。違うんだよ。そんな風に思ってたんじゃない。
ただ、私は…。赤也の口から、その人の話を聞きたくなかっただけ…?幸せそうな赤也の顔を、見たくなかった。彼女が出来そうって言った瞬間に、言葉が出てこなかったのは。胸が、ぎゅっと締め付けられるような感覚がしたのは。その感覚に気づいて、思わず泣き出しそうに、なって、しまったのは。
「違う」
否定する。認めたくない。でもそれとは裏腹に可愛いんだよ、と嬉しそうに彼女を褒めた赤也の顔が頭の中をちらついて。イライラする。やめて、やめて、そんな顔、しないで。いつでも、私の隣にいてくれた君。辛いときに、話を聞いてくれた君。楽しいときに、一緒に笑ってくれた君。そうだ。幸せそうな赤也の顔が見たくなかったのは、まるで赤也が知らないヤツみたいだったから。彼女が出来そうって言った瞬間に、言葉が出てこなかったのは、置いてけぼりをくらったみたいに思って寂しかったから。胸が、ぎゅっと締め付けられるような感覚がしたのは、その感覚に思わず泣き出しそうになってしまったのは。
決して、恋なんかじゃない。
いつも一緒に笑って。いつも一緒にバカ話して。買い物だって、ゲーセンだって、カラオケだって行く。でもそれは友達だから。恋には絶対発展しない関係。私の一番の男友達。だから、決してこれは恋なんかじゃない。いつでも傍に居てくれたから、だから、赤也が離れていっちゃうのが、少し寂しいだけ。いつでも隣に居てくれたから、だから、赤也がいなくなっちゃうのが、少し悲しいだけ。だから、絶対これは恋なんかじゃない。
「って、ほんっといい奴だよな。一番の女友達だよ」
さっき、部活に行く前に言った最後の赤也の台詞。多分、赤也はにかっと笑ってたと思う。嬉しいはずなのに。悲しかった。はいはい、って俯いたまま赤也の顔を見ずに手を振ったけど、本当は。本当は。
すごく、辛かった…?
泣きたくなってる自分が居た。赤也の口から"女友達"って言われて、胸が張り裂けそうになってる自分が居た。本当は、その子に赤也を取られたくない。一コ下で、赤也のこと、まだ、何にもわかってないそんな子に。私のほうが、ずっと、ずっと。そうまで考えて、は、と我に返った。それから頭を強く振る。違う、違うと何度も。
「…ま、ガンバレ」
自分の言った言葉を思い出す。あのとき、泣きたいのを我慢して言った、言葉。強がりだった?なんで泣きたくなった?本当は、ガンバレなんて言いたくなかったのは、おめでとうって言いたくなかったのは…。男友達としてじゃなく、一人の男として。一人の異性として、赤也を見てたから?あの泣きたくなった日、どうして初めに赤也の顔が浮かんだんだろう。それは、私が。
「違うよ、そんなんじゃない」
ぶわ、と視界が滲む。ぎゅっと下唇を噛むことで、それを食い止める。ゆらゆらと揺れる視界の先。見えなくなった、周りの景色。なんで、泣きそうになってるんだろう?
そ れ は 、 私 が 、 赤 也 の こ と を 。
「と切原ってすっごい仲良いよね。付き合ったりしないの?」
「やめてよ、赤也とは純粋な友達!今更付き合うとか有り得ないって!」
女友達との会話。否定をしながらもチクリと胸が痛んだのは何で?それは、私が、赤也のことを、好き、だったから…?本当は、ずっと、ずっとずっと前から。好きだったからなのか。
「違う!」
違う、違う、違う。
気づかないで、気づかないで、気づかないで。
そう、こんな想い、嘘だよ。だから、消えろ。消えろ。消えろ。
「消えろ…っ…!」
私の頬に、温かい"何か"が伝ったけれども、私は気づかないフリをして、無理やり拭い去った。
― Fin
あとがき>>BGMありバージョン。とても素敵な曲ですが、小説のほうが拙いため、うまくかみ合ってないのが残念。
2005/09/18
BGM by / 片思い
Blue Moon Rain / LUNA様