それを見ていると、とても儚くて。

すっごく悲しい気持ちになるんだ。



HANABI




「さっぶ!やっぱ寒いって!」
「大丈夫大丈夫!」

私達は、今近くの海岸に来ていた。季節は冬。しかも二月と言う寒冷真っ只中。冷たく突き刺さるような、身体に沁みるような風が吹き付けた。頬が痛い。ひゅうと厳しい風が吹いてはそれに合わせて海水が踊る、ゆらゆらと。それだけの行為だけれど、私の中で寒さが増したような気がした。まるで風が海水の冷たさを、私達に主張しているようだった。自然が、一体となってそれを表現してるように見えた。

―――――入ったら、寒いぞ。と。

でも生憎私達が来た理由は泳ぐためじゃない。誰もこんな寒い中、泳いだりなんかするわけない。今日私達がここに来たのは、海に入るためじゃないのだ。問われてもいないのに、私は心の中で自然に対して言葉を返す。そんな中、季節はずれの"あるモノ"を持って、赤也君を手招きする。「赤也君」って呼んだら白い息が自分の口から出てきて目の前に出た。赤也君は寒そうに眉を顰めて、コートのポケットに手を突っ込んだままだった。その状態で、一足遅れて私のところへ来ると、行き成り屈んでしまった。屈み込んだ所為で、赤也君を見下ろせば、彼のつむじが見える。赤也君のつむじなんて滅多に見れないから、ちょっと得した気分になった。私は無意識のうちに口元が緩んでしまうのを感じながら、私はまた名前を呼ぶ。

「赤也君?」
「つーかさー、なんで今?」

そう言っては、寒い寒いと、寒いを連発してマフラーに顔を埋める。私は苦笑を零して、赤也君の隣に同じようにして屈みこんだ。これで、私と赤也君の差は殆どなくなって、対等になる。それから、赤也君に目をやる。赤也君は本当に寒そうだった。そんな姿を見たら、私の中でだんだんと、ある感情が大きくなる。
―――――罪悪感。
それが膨れ上がってくるのを感じる。初めからあったけれども、それよりももっと。比べられないくらいに、私の中を占領していく。

「ごめんね?やっぱり、駄目だった、かな……」

捨てるには、ちょっと勿体無いかなって思って。それに、前に赤也君が好きだって言ってたのを思い出して。だから良いかもって思って、今日ここに赤也君を誘ったのだけど。もしかしたら、赤也君にとっては迷惑だったかもしれない。ううん、迷惑にしか過ぎなかったかもしれない。ちょっと自分でも思うから。だっていくらなんでも冬に花火をするなんて……。そりゃあ冬に花火をするのが悪いわけじゃないと思うけど。でも冬に花火をするなんて、殆ど聞かない。寒いし、何より季節はずれ。だけど、押入れを整理したら出てきたから、駄目かなと思いつつも持ってきたんだ。私は、ごめん、ってもう一回赤也君に謝って、また赤也君の顔を覗き込む。赤也君の顔は赤くなっていた。違う。良く見てみれば、顔だけじゃない。耳もだ。それだけこの外が、海が寒いってことを意味してて。私はぎゅっと自分の掌を握った。

「やっぱり、帰ろっ?」
「は?でも、やりたいんだろ?」

そりゃあやりたくないって言ったら嘘になる。せっかく見つけたんだ。何かの縁だって思う。それに、赤也君とはまだ花火をしたことがない。だから、やりたいって言うのが本音だったりするけど。でも私の我が侭でせっかくの赤也君の休日を、無下に潰すわけにはいかない訳で。そんな休日くらいは赤也君には、ゆっくりしてもらいたい、って言うのが一番だから。テニス部二年エースで皆に期待されてて。しかもうちは全国制覇を狙ってる学校。だから半端な練習じゃない。休日なんて数えるくらいしかなく、休める時が無い。こうして、休日を貰えた時くらいは、赤也君が楽しめることをしたいって思うから。

「ううん、良いよ。だから、赤也君の行きたいとこ、行こうよ」

そう言って私は笑った。そうすれば赤也君は怪訝そうな顔で私を見つめて、立ち上がる。それから私のほうを見下ろして、ん、と手を出してきた。でも差し出された手は、掴まれって意味じゃない。意図がわからなくて、唖然としてしまう。?と赤也君を見上げる。

「それ、貸せよ」
「それ?」
「花火!やりたいんだろ?」

そう言って、私の手から花火セットを取った。それから袋を開ける。

「にしてもでっけーな。全部今日中にやれっかな?」

赤也君は言葉とは裏腹に嬉しそうに口角をあげた。その仕種に喜んでくれたんだな、って思うと、私も嬉しくなる。私はようやく立ち上がって、赤也君の持っている花火セットを指差した。

「これね、打ち上げ花火が最高らしいのっ」

だからやろ?って言ったら、赤也君も頷いた。それから袋を開けて、打ち上げ花火を一つ取り出す。
それを地面に置いて、予め用意していたライターを取り出した。

はあぶねーから離れてろよ!」
「え、う、うん」

彼の元気の良い声が、聞こえる。赤也君はびしっとあっちの方向を指差す。それから花火に火を着けるためにしゃがみこんだ。すぐにライターに火が着く。それを花火の着火点に近づけた。チッと音を立てて、火が引火する。と、素早く赤也君がこっちに駆けって来た。「くるぞ、くるぞー!」じっと、二人でそれ―打ち上がった花火―を凝視する。と、暫く経って、ヒュっと音を立てて花火が上がった。パァンと、音がなって花火が夜空に散らばる。すっげーなーって赤也君の声が聞こえた。

「ほんとだね」

夜空に広がった大きな花火は、キラキラと輝いて。……まるで、宝石を散りばめたみたいに、敷きつめられる。ダイアモンドとかサファイアとか、色々な宝石が交じり合ったよう。はたまた、花火って言うくらいだから、やっぱり向日葵とか紫陽花の花。とにかく、綺麗だった。綺麗って言葉じゃ言い表せないくらい、立派になる花火。

「ま、冬の花火もそれなりにいいもんだな。さんきゅな、

そう言って赤也君は私の手を握った。私はうん、と頷いてまた花火を見る。だけど、本当に感謝するのは、赤也君じゃなくて、私の方。こんなことにわざわざ付き合ってくれて有難うって。優しさが嬉しくて、思わずまた顔が緩む。花火は最大まで広がって形作ると、呆気なく落ちてきた。私は瞬時に赤也君の手をきつく握る。不安に、なったんだ。

?」
「……離れていっちゃわないように。……赤也君が」

不思議そうに見てくる赤也君を見て、私は小さくポツリと呟いた。自分でも、本当に馬鹿馬鹿しいことだと思うけど。……呆れてしまうほど、自分でも思うけど。でも、ああやって落ちて消えてゆく花火を見ていると。まるで赤也君が私の前からいつか消えていっちゃうんじゃないかって、不安に思う。

「大丈夫に決まってんじゃん」

でも私の心とは裏腹に、赤也君が私の手をきつく握り返してくれて。安心するような言葉を紡いでくれた。全く根拠の無い言葉。だけど、それが凄く嬉しくて。泣きたいほど、幸せで。私はふっと顔を上げて赤也君を見る。「だろ?」にっと、子どもっぽく笑って。少年っぽい笑顔を作って。それから私にキスを落とした。私は慌てて目をつむる。きつく、ぎゅっと。この感触が消えてしまわないように。この手のぬくもりが失くなってしまう事がないように。きつく、ぎゅっと。握ぎりしめて。……握り返して。じゃないと、駄目になりそうで。何故かは解からないけど。落ちてくる打ち上げ花火を見ると、とても儚くて。すごく、すっごく悲しい気持ちになるんだ。この手をいつか失くしてしまいそうで。

「大好き」

小さく、赤也君に聞こえるか聞こえないか解からないくらいの音量で呟いて。私は赤也君に抱きついた。いつもなら、絶対恥ずかしくて出来ないその行為。だけど、今日だけは特別。私は赤也君の背中に手を回して、ぎゅっとしがみ付く。赤也君の私を呼んでいる声が聞こえた後、赤也君の手が同じように私の背中に回った。回された彼の手が暖かくて、優しくて。そんな小さな、何気ない反応が嬉しくて。でも、それと同時にまた哀しい気持ちになる。

この手が、私を放してしまうのは……いつだろう。そんな日なんてやってこなくて、良い。絶対いらない。それでも、不安は消えなくて。震えだす手が止まらない。だけど、今あるこの温もりは幻なんかじゃない。今、聞こえる彼の早い鼓動は幻聴なんかじゃない。この、鼻をくすぐる彼特有の優しい香りは嘘じゃない。
だから、今は。今だけは、この大きな手を離さないで欲しい。そんなの勝手なことだって、十分すぎるくらいにわかってはいるけど。それでも、この瞬間は。この瞬間だけは、突き放さないでいて欲しい。そんなのは私の一方的過ぎる考えだって、十二分にわかってはいるけれど。もう少し、このままで。夢に、幸せに、包まれていたい。もう暫くは、この優しさに、包まれていたい。

、次の花火しようぜ?」

赤也君の私を呼ぶ声が、鼓膜にまで到達する。心地良い。聞こえているのに。今の私には返すことは出来なくて。私は黙って赤也君にしがみ付く。そしたら、赤也君はそれ以上何も言わなかった。ただ優しく笑って、そして私の横髪に自分の顔を摺り寄せた。
私は、地面に落ちていく花火を見ることのないように。――――――――――きつく、きつく瞳を閉じていた。





― Fin





2005/02/20