「誕生日おめでとう、切原君」
部活が始まる大分前、見学にきていた一人の女の子が、彼に向かって笑顔でそういった。
キミがいる、それだけで
ふわり、ととても穏やかな笑みを浮かべる女の子。今日のために念入りにオシャレをしてるって感じだ。髪の毛なんかもこのときのために!と言う感じで可愛くセットしてあって・・・気合が入っている、気がする。赤色の包みは渡す相手が好きだと言っていた色。それと同じくらい顔を赤らめながら、少女は相手である切原赤也その人にプレゼントを差し出した。
「青春だのう」
「・・・仁王」
そんな初々しい後輩達の姿をフェンスの向こう側で見ていると、いつの間にやってきたんだろうか。私の隣にいつの間にか居て、先ほどの言葉を口にした。そいつの名は仁王雅治。同学年の、何かと食えない奴。ふっと不敵な笑みを浮かべている仁王に対し、冷たい目つきで見上げると彼はにぃ、と悪戯っぽく笑った。「な、?」と含みのある台詞は、私の気持ちを知っていてのことだ。本当に性格が悪い。
「若いな〜っ!」
そして、これまたいつの間にやってきたのだろう。仁王の反対側にやってきてそう言い放つのはまた同学年の丸井ブン太。お気に入りのガムを噛みながら、にひひ、とどこか不気味な笑みを浮かべている丸井に八つ当たり的なものがこみ上げてきて、私は素っ気無く「親父臭いよ」と言い放った。冷たく言ったけれどもきっと丸井の顔を見ればそんなの怖くないって言われてるようなものだ。私の言葉に「おー怖」と一応言ってみるものの、笑顔のそれを見ればそんなの嘘だと言うことはバレバレである。
「はやらねぇの?」
それから聞こえてくるのは丸井のそんな一言。私はその言葉に小さく反応した。けれどもそんなのこの二人に悟られたくはなかったから、「どうして?」と何でもナシに言いやると、丸井の膨らませていたガムがパァンと割れた。それをチラリと一瞥して、丸井の方を見ると私は彼に質問をぶつける。それからまた赤也と女の子の方を、さり気なく見た。
「気になっとるくせに、素直じゃないのう」
すると今度は私の目線に気づいた仁王が言葉を紡ぐ。クックックと、笑いを堪えながら言った台詞に眉根が寄るのが解った。私はそんなことない!と力強く言うと、部活の準備をしようと振り返った。・・・本当は、あれから赤也とあの子がどうなるのか見ていたかったが、これ以上ここにいれば、絶対仁王と丸井にからかわれると思ったからだ。私の気持ちをこいつらの暇つぶしにされて溜まるか・・・!
★ ★ ★
「あっれ?先輩もう準備してんスか?」
ダンボールいっぱいに詰め込まれたテニスボールを持っていると、前から声がかかった。おっきなダンボール2つだったため、前が良く見えない。しかし、私は声色だけでわかったのでその人物に、そうよ、と素っ気無く返すと、さらに進もうとした。すると、ふわっと腕が軽くなる。視界もはっきりと前が見えるようになった。あ、ダンボール、1個持ってくれたんだ・・・。と気づく。
「ちょっ・・・赤也?」
「半分持ちますよ!ふらふら〜っとしてこけちゃ大変っしょ?」
へへん、と屈託の無い笑顔でそういうと、赤也は私の前を歩き始める。私は「悪いな・・・」と考えながらも、その優しさに甘えることにした。たったった、と走って、赤也の隣まで追いつけば、私よりも少し背の高い赤也は、にっと笑う。どうやら切原少年はとってもご機嫌のようだった。「ご機嫌だね」と思ったことを、口にしてみると赤也は「まあねー」と笑う。今にも口笛でも吹きそうな勢いだ。
まあ・・・気持ちは分からぬでもない。
誕生日は、嬉しいもの。しかもそれが、誰かに祝ってもらえるのならば、尚更だろう。でもわかってはいるけれど、悲しくなるものである。私の脳裏に過ぎるのはさっきの女の子と赤也が喋っている姿。ツン、と痛む胸を押さえて、私は「そうそう、」と話を始めた。
「赤也、誕生日だってね、今日」
「えっ!先輩、知っててくれてたんスか!?」
わざとらしく、なかっただろうか?多分コレが幸村とか、柳当たりだったらわざとだとバレていたに違いない。だけど隣に居る後輩はそうは思っていないようでただただ赤也は驚いたように声を上げた。・・・知ってるに決まってるじゃないか。そんな赤也に心の中で抗議。好きな人の誕生日くらい、私だって知ってる。
「だって、さっきプレゼント貰ってたじゃない」
でも、口から出てくる言葉は、可愛げのない台詞。つっけんどんな言い方。私は前を見ながら、赤也に言った。可愛くいえないのは今に始まったことじゃない。私のコレは赤也とであったときから既にコウなのだ。
「・・・あ、そう、っスよね」
すると、急に赤也のテンションが下がった。それは誰が見ても明らかだろう。私は突然のそれに赤也のほうを向いた。そうすればやっぱり誰がどうみても落ち込んでいます。といったような雰囲気を醸し出している。それでもその原因がわからず私はとりあえず赤也の名前を呼んでみる。「どうしたの?」と言えば、赤也がダンボールを持ちながらのまま私の方をやる気の無い目で見つめた。
「ちょっとさっきの言葉はへこんだっす……」
さっきの言葉、とはなんの言葉のことだろう?私は尚も首を傾げる。赤也は、そんな私をじとりと睨むように見ると、それはもう、あからさまに大きなため息をついたのだ。バカにしてる、って言う感じのため息だと気づいて、私はペシンと赤也の頭を軽く叩いた。
「なっ!何!その態度!可愛げがないっ!!」
「別に、可愛げなんか求めてないからいいっスよーだ」
ぶっすーと、さっきまでの上機嫌はどこへ消えてしまったのか、今や超のつくほどの不機嫌になってしまっていた。いや・・・これは怒っている、というよりも・・・もしかして?
「ねえ、・・・拗ねてる?」
私がそうポツリと呟くと、赤也は更にキッと私を睨んだ。そして、声を上げる。「違います!!」そう言うや否や赤也は、大股で歩き始めた。私はそれを追いかけるように小走りでついていく。すると、赤也は、ついてこないでください、とぶっきらぼうに言い放った。ついてくるなって、目的地一緒なんだから仕方ないでしょうに。ちょっと前を大股で歩く赤也の台詞を心の中でつっこんで、私は赤也にバレないように小さくため息をついた。
「ねえ、なんで怒ってるのよ?さっきの言葉って何?」
ねえねえねえ、とうるさいほどに疑問をぶつける。すると、赤也の足がピタリと止まった。急に止まったので、私は赤也の背中にぶつかって、見事、持っていたダンボールが腕から落ちた。ドサッという音とともに、コロコロと転がっていくボールたち。私は、「ああぁ・・・」と頼りの無い声を呟くと、ボールを取るためにしゃがんだ。すると、頭上からかかる台詞は―――「ドジ」って声。
「・・・むっ!赤也が悪いんでしょ!いきなり立ち止まるから!」
はっきり言って八つ当たりである。自分の不注意なのはわかるけど、どうも癪だった。私はブツブツと文句を言いながら、横になってしまったダンボールを起こす。それから、とりあえず近くにあるボールを手当たり次第掴んだ。すると「しょうがないな・・」って赤也がまたぽつりと呟いて、私の目の前にしゃがみこんだ。はあ・・・、とため息が聞こえたかと思うと、赤也が自分の持っていたダンボールを土の上に置いて自分も転がったボールを拾い出す。
「半分は、俺のせいってことにしといてあげますよ。ったく、頼りない先輩持つと後輩は苦労しますね」
にやっと、意地の悪い笑みを浮かべると、次々にボールを箱の中に入れ込む。私は当たっているため、何も言えなかった。とりあえず、ボールを掴んで、乱暴に箱に入れる。どうせ、どうせねえ。心の中でぼやきながらもこうした優しさにきゅんとしてしまう自分。でも、先輩としてこんな調子だと言うのもな・・・ちょっと悲しい話である。トホホと肩を落していると続けて聞こえてくる赤也の言葉。
「でも、そんな先輩が、好きなんですけどね」
でも、なんていわれたのか初め良くわからなかった。「好き」とは、「先輩として」なのだろうか?じっと赤也のほうに目を向けると、赤也がにっと笑う。「えっと・・・赤也?」困ったぞ、困ったぞこれは。と自分の中で結論を出そうとするけれど、赤也の気持ちがいつもとは違って読み取り辛い。きっと今凄く困った顔をしていたんだろう。赤也が「凄い眉間の皺」とクっと可笑しそうに吹き出したのを見て、そんなことを思った。
「だから、先輩が、俺の誕生日知っててくれたんだって思ったときは嬉しかったんですけどね」
どういう意味?と言葉を続けようとしたのに、赤也はそれを無視して私の言葉を遮った。
「まあ、所詮、俺は先輩の『可愛い後輩』でしかないですし?だから、今日って日楽しみにしてたのに」
「先輩と同い年になれるこの日を・・・さ」と呟いた。そう、私の誕生日は、赤也の誕生日1ヶ月後。つまり、来月の10月が私の誕生日なのである。だから、この1ヶ月間だけ、赤也と同い年になれるのだ。そう考えて、ようやく赤也のご機嫌と不機嫌の意味がわかった気がした。
「そ、それって・・・」
声が震える。心臓が高鳴る。脈打つ音が、耳に響く。
「・・・まだ、わかんないんスか?鈍感ですよね」
そういうと、赤也は苦笑して、私を見た。それから、ゆっくりと顔が近づいて、頬に赤也の唇が当たる。
「先輩、俺、今日誕生日なんですよ」
「し、知ってる・・・ってば」
「じゃなくって、なんか言うことは?」
すぐに頬から離れると、今度は顔を覗かれる。ドアップの赤也の顔が私の瞳に映って、私は、動揺した。それを悟られないように、素っ気無く答えると、赤也がため息をつく。鈍感って言われたけれど此処まで来たら、・・・何を待ってるのか、わかる。
「・・・誕生日、おめでとう・・・あ、の・・・大好き」
「さんきゅ」
そうして、今度は口にキスを落とされて、私は慌てて瞳を閉じた。
―――それは部活の始まるちょっと前の話。
― Fin
あとがき>>ご要望があったので復元。例にも漏れず加筆修正してあります。見るに耐えなかった。耐えれるわけがなかった・・くっ。
2004/09/25→2007/04/16(書き直し日)